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andymoriとの出会い

今日は、だいすきなandymoriについて書こうと思う。

わたしがandymoriに出会ったのは、今からわずか2か月ほど前。付き合いたての彼氏が紹介してくれて、はじめて彼らのことを知った。

初めて聴いた曲は、『ネオンライト』。そこで電撃を受けて、その日のうちに公式チャンネルに載っていた彼らのライブ映像を見漁った。

その中で私は、andymoriに惹き込まれる最大の原因となった2つの動画に出会う。

1つ目は、スピッツの『恋のうた』をカバーしたこの動画だ。愛おしそうに、真っすぐに、恋する気持ちに酔いしれているような小山田さんの姿に目が釘付けになった。


そして2つ目は『teen's』。この動画で完全にやられた。怒りや諦め、絶望の中で、必死に魂を燃やしながら叫び声をあげている彼の姿は、訳が分からないくらい美しくて、儚かった。燃え盛る炎のように歌い叫ぶ彼の姿を前に、身体が動かなくなって、涙が溢れてとまらなかったのを覚えている。この曲は、今でも聴くときに相当なエネルギーを使う。


こうしてandymoriの歌を聴くようになってから2ヶ月が経つ。彼らの楽曲には、無常観を感じさせる歌詞が多い。

例えば、『光』の「砂に書いた文字も石に刻んだ名前も 波と風に消えていくから今君の手に触れたいんだ」、『Life is Party』の「10年たったらおもちゃもマンガも捨ててしまうよ」といった歌詞がそうだ。

変わらないものなんて、この世の中にひとつもない。この年齢になると、その事実が嫌というほど分かるようになる。宝物だったはずのストラップは、気づいた頃には失くしてしまっていたし、大事にしていたはずの歌はいつからか胡散臭く感じるようになってしまった。大切な思い出をたくさん残した叔母の家にはもう赤の他人が住んでいて、永遠の愛を誓ったはずの両親は離婚した。私は、変わってゆくことに怯えていた。今自分が見ている景色や、置かれている環境、大切な人、信じている歌…どんなに愛おしいと思っても、いつかは消えてなくなってしまうのなら、最初から何も信じない方が楽だと感じた。どうせいつかは消えて無くなるのだからと、目の前に映る景色すべてが偽物に感じる日もあった。

けれどandymoriに出会ってから、最近は「ま、そんなもんだよな」と諦めがつくようになった。彼らの『Peace』という歌が、私を救ってくれたのだ。

「こんな儚い世界の中に信じた歌がある こんな儚い世界の中に信じた人がいる」

いま、わたしがandymoriの歌を、小山田壮平という人物のことを、たまらなく愛おしく感じるこの気持ちは、嘘偽りのない本当の気持ちだ。時が経って、私が彼らの歌を聴かなくなる日がやって来たとしても、19歳の今、私が彼らの歌を心から信じ、愛した事実は、一生消えて無くならない。きっと人生はそんなことの繰り返しなんだと思う。だから私は、変わり続ける日々の中で、今という一瞬を力の限りに愛したい。それが儚いこの世界の中で私ができる唯一のことなのだと、彼らに教えてもらった。




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