バージョンアップ

今日はずっと体の一部だった血管腫を切除します。
小さい時にしていたら良かったのにとか、若い頃にしときゃ良かったのにとか言われますが、出来なかったこともあったし、化粧で隠せばどうにかなると思ってたし… でも、やっぱり顔にあるもんだからどうしても人の目には晒されるもので、小中学生の時はからかわれたりしたものです。
幸いなのは、からかう程度でいじめには至らなかったということくらいかな。
それでも瞼にあるそれは、目につくので、「かっぱえびせん」とあだ名を男子につけられたっけ。
ただ、それで内心は傷ついていたけど泣いたり弱気な態度は見せてこなかったからからかい程度で済んだのかな。
小さい頃や若い頃はまだ平らで赤いだけだったので、ほんとにコンシーラーやファンデで隠せばなんとかなっていたけれど、大人になるにつれて膨らんで来た。
ずっと子供の頃から嫌で、中学生頃からは前髪で隠すようなヘアスタイルになった。常に鬼太郎ヘアだった。
大人になってもワンレンか、前髪長めに作ってた。いつもワンパターンなヘアスタイル。そして根付いた自己肯定感の低さだった。
親のことを憎む日もあった。何故こんなふうに産んだの?なんて。
でもずっと親からは外見より内面を磨きなさいって言われ育って来たので、こんなふうに思う自分もダメなやつだとどんどん自己肯定感は低くなっていった。
恋愛するとこんな自分、こんな見た目の自分とどんどん臆病になる。
痣を隠す自分。これさえなければという自分。かなりひねくれていく。
それでもそれは関係ないと言ってくれる人に出会ってきたし、結婚も出来たし子供も授かった。
人は内面って言うけれど、それは外見が良い人が思うことじゃないの?と、いつもどこかで思っていた自分。いや、内面が良くないとダメだと思う自分。いつもその自分が共存していた。
どんどん大人になって、自分の痣所の騒ぎじゃないよと言う日々だった。
結婚してからはドラマのような展開の日々だったから。
私は2度離婚している。所謂バツ2だ。
1度目の結婚でもドラマが作れるくらいだ。ドロドロ愛憎劇的な。
二度と結婚なんてと思って離婚した。
2度目の結婚もなんともドラマな日々だった。なんだったら1度目よりドラマチックか?(悪い方)私のそれまでのことはほんとにドラマで見るような世界のオンパレードだったし、2度目の結婚で自己肯定感はより低くなった。モラハラがあったせいもあるが、洗脳というのかな。自分は出来損ないで生まれてきたのが罪みたいに思わされてきた。このふたつの結婚生活のエピソードは文章にしたらどれだけ長くなるだろう。
でも離婚して自分らしさを取り戻していこうって前向きになった。2度目の離婚からは自分の趣味や生き甲斐を持てるようになり、日々楽しく過ごせるようになった。
そんな自分と人生を共にしてきたこの血管腫。
もう私は半世紀生きた。それならばもう最後まで一緒でいいじゃないかと思われるかもしれないが、歳を重ねるにつれ膨らみを増しトラブルが起きるようになって、さらに邪魔だなあと思うように。
皮膚がひきつるせいか痒くなったり、見た目も明らかに悪い。それに子供も下の子でもう高一。上二人はもう社会人。だからというか、今だと思った。
自分で今だって思った。
そして今日やっとこの50年連れ添った血管腫と別れる日が来たのです。
血管腫は血管奇形に変異してしまったので、盛り上がり大きくなってしまった。
死ぬ頃にまでこれと仲良くなるとは思えないし死ぬ頃やっぱり後悔したくはないので切除するのだ。
それが本日。私がバージョンアップする日。半世紀でやっとかよ!って感じですが本日やっとです。
悩んで来た日々も愛しいと思えるように今なのです。
そう思える自分になったと思ったから今なのです。
全身麻酔でする手術になるのでドキドキですが、切除してもデメリットもあるんですが、頑張ってきます。
続きはまた…そのうち。

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