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サッカー(世界的スポーツ)が持つ「社会的責任」について無視できないこと

3月21日は、2012年に国連が定めた「世界ダウン症の日(World Down Syndrome Day)」でした(ほとんどのダウン症がある人たちには“21”番目の染色体が“3”本あることから)。私は今日の今日まで、そのことを全く知りませんでした。

私がそれを知ることが出来たのは、メッシ選手の投稿からでした。

これについて最近思っていたことがあったので、ここに自分の意見を書きたいと思います。


■世界と、日本。

日本にいる時と、海外にいる時(もちろん一概には言えませんが)の違いとして一つ感じることは、「スポーツが社会に与える影響の大きさ」です。特にヨーロッパを回ったとき、アメリカに行ったとき、そして今はアルゼンチンに住んでいますが、スポーツそのものや、スポーツクラブ、プロスポーツ選手が社会に与える影響の大きさは、良くも悪くも日本以上であると感じます。海外に行った経験がある人は、みなさん同じような意見をお持ちではないでしょうか?

これを今まで私は「国民性」として捉えていたところがありましたが(諦めのような感覚でしょうか)、でも、実は、私たち日本人はスポーツが持つ他のものにはない「大きな力」を、最大限有効に使う努力を怠っているのではないか?と、最近そう思わずにはいられないのです。私が好きなサッカーというスポーツは、恐らくその中でも、最も世界的に大きな力を持っているスポーツです。


■世界ダウン症の日

もちろん、海外と言えど、全てのクラブや選手が「世界ダウン症の日」について言及、または啓蒙アクションを起こしている訳ではありませんが、この日SNSには、World Down Syndrome Day(Día internacional de las personas con síndrome de down)の文字が並びました(少なくとも私のSNSには)。先に載せたメッシ選手の投稿もそうですが、彼らのおかげで、私は、この国際的に定められた日のことを知ることが出来ました。

海外に住んでいると、世界のサッカー界が(スポーツ界が)、国際的に定められている「国際〇〇デー」に物凄く敏感であることに気が付きます。私のように無知な人間でも、サッカーが好きというだけで、それらの情報を耳に入れることが出来ます。日本にいた時は、そのような経験はあまりなかったように感じますし、今回の「世界ダウン症の日」についても、日本のサッカー界から情報は私にはあまり入ってきませんでした。もちろん時間をかけて調べた訳ではないので、もし間違っていたら教えてください。


■国際女性デー

先日3月8日は、「国際女性デー」でした。この日も同じように、というより、この問題は今世界的にも活動が活発なこともあり、本当に様々な国の様々なサッカー(スポーツ)関係者が、SNSを使って啓蒙を行ったり、実際にそれに関するアクションを行っていました(この日をきっかけにしてアクションをすることも含めて)。

アルゼンチンは(まだまだこれらに関して問題意識が高い社会とは言えないようですが)、この日をきっかけに様々なアクションが見られました。BOCAの聖地「ボンボネーラ」(ホームスタジアム)で、史上初めて女子チームの試合が行われたり、先日は女子サッカーリーグのプロ化をアルゼンチンサッカー協会が発表しました。

ジェンダーに関連する問題は、今世界的にも物凄く大きな動きを感じます。同国では、この日様々なところで女性が大きなデモ活動や集会を行っていて、大きなエネルギーを感じました(アルゼンチンでは現在中絶合法化に向けての動きが強くなっていることもあります)。

かくゆう私も、正直に言うと、ジェンダー問題に関して、多くの日本人と同じように、特別関心を持っているような人間はありませんでした。ただ最近は、自分が好きな劇団が男女をテーマに公演を行ったり、その劇団『贅沢貧乏』の主宰である山田由梨さんと雑誌の企画で対談をさせて頂いたりした中で、少しずつ意識が向き始め、最近は世界のサッカー界が女子サッカーを多く取り上げていること、アルゼンチンで感じる女性が持つパワーを感じていることなど、様々なきっかけが重なって、関心を持てるようになりました。


■ずっと意識することは初めは難しい

私は約2年前、女性の社会問題に関する記事を書きました。しかし、恥ずかしながら、そのことを書いても尚、それらの問題に敏感になることはあまりなかったのです。書いている時は様々なことを感じるものの、それっきりでした。

何が言いたいのかと言いますと、人間は、やはり社会にある全ての問題に対して、常に意識を持つことは難しいということです。これは明らかに仕方のないことだと思います。ただ、だからこそ、このような「国際〇〇デー」を世界的に設けることによって、せめてその日だけでも、この社会問題に対して意識を向けることが出来る、そういった目的があるのではないでしょうか?その日をきっかけに、少しでも関心を持ち始めることや、実際に何か動き始める人も少ないくないはずです。私のように、ある劇団を通して意識を強めることが出来たように、サッカーが好きなだというだけで、これらの社会問題に少しでも意識が向くきっかけを作ることが出来ます。

このように、それに関連する各団体が啓蒙をするよりも、さらに大きな力を持ってそれを行うことが出来るのは、サッカー界であり、スポーツ界です。


■世界への影響力

その点で言えば、日本のサッカー界は、サッカーという大きな力を使って、社会をよくしていこう、社会問題に取り組んでいこうという意識が、世界的に活発化している状況と比較すると、あまりにも薄いのではないかと思うのです。大きな企業が社会的責任を果たさなければならないのと同じように、サッカーという、世界で最も大きな影響力を持つスポーツには、その「責任」があると思います。100%は難しかったとしても、世界的に定められた国際デーにSNSで言及をすることや、何かしらのアクションを起こすことは、Jクラブや日本サッカー協会は「出来れば…」ではなく、マストだと思います。仮に日本にはない社会問題だとしてもです。クラブのカレンダーで日にちを把握し、共有し、発信をすることくらいは、怠ってはならないのではないでしょうか?それが、個人では出来ないことを成し遂げる、組織というものではないでしょうか?


■日本は世界にある国の一つ

おそらく(おそらくなので怒らないでください)、日本という国は、世界的な社会問題に対して非常に関心が薄いと思います(私も含めてです)。外から日本を見てみて、改めて感じてしまいます。それは、日本という国が「単体で存在している」かのような意識が強いことが原因なのかもしれません。

日本は、世界に多くある国のうちの一つであり、その境界線はどんどん消えつつあります。サッカー界も同じように、Jリーグは世界に多くあるプロリーグのうちの一つであり、Jクラブは世界中にあるサッカークラブのうちの一つです。同じ土俵に乗っています。

『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』著 望月優大(圧倒的にお勧めします)を読めばわかるように、今の日本が単体で存在することは不可能です。

すでに日本は、外国人との間に様々な問題を抱えています。多くの日本人が知らないところで、です。これからはサッカー界も同じように、外国人選手や外国人スタッフが増えていきます。ただでさえイニエスタ選手や、世界でも有数の選手がJリーグに所属していますし、これから世界的な注目も高まります。

「私たちは世界のサッカークラブの1つである」

という意識を持ち、またそれを表明するためにも、このような「国際〇〇デー」には、影響力を持つ組織だからこそ、ぜひ積極的にアクションを起こしてほしいなと、そう思います。


■日本人が恐れていること

私は先日国際女性デーの際、それについてTwitterで言及しました。そうすると、あらゆるところから批判が飛んできます(私の書き方も悪かったと思うので、それは本当に反省しています)。

日本人がこれらに関してリスクを感じているのは、例えば「国際〇〇デー」について言及することによって、誰かから批判をされることではないでしょうか?

「いいやつぶっている」「この日だけ」「普段は何もしてないのに」「偽善者」「何にもわかっていない」「意識高い」「強制するな」etc.

御多分に洩れず、私にもたくさん飛んできました。この記事にもそういう反応は必ずあると思います。だからこそ日本人は「自戒を込めて」とか「わたしも含めて」とか「私もわかっていないんですが」とか「恥ずかしながら」などの言葉を添えて発信しなければならなくなります(気付きましたか私もです)。

これらの批判は、もしかしたら正しいのかもしれません。正しくないのかもしれません。私にはわかりません。しかし、いいやつぶってても、この日だけでも、普段は何もしてなくても、偽善者でも、何にもわかってなくても、何かが社会が良い方向へ向かうのであれば、それはそれで良いのではないかと思うのです。人によって出来ることは変わりますし、すべての社会問題に目を向けるのは不可能です。だからこそ、こうして世界的に啓蒙を同じ日に行っているのではないでしょうか?

3月11日、東日本大震災について、日本のSNSではその日を忘れてはならまいと、多くの人が言及をしました。現実の世界でも、同様だった思います。それと同じように(表現が正しくなければ申し訳ございません)、日本はこれから先起こり得てしまうかもしれない悲劇や、今現在起こっている社会問題について、同じような行動が出来ればより素晴らしいなと、そう思うのです。自戒を込めて…


■サッカーは本当にこの程度なのか?

日本のサッカー界について、スポーツ観戦自体が文化ではないとか、スポーツの影響力が薄いとか、体育文化だからダメなんだとか、他にも娯楽が色々とあるからね…とか、様々なことを聞きます。ただ、まだまだ私は、サッカーはこんなもんじゃないと、そう信じています。もっと社会に影響を様々な与えられるはずです。

“アメリカに来て、メジャーリーグに来て……外国人になったこと。アメリカでは僕は外国人ですから。このことは……外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れたんですよね。この体験というのは、本を読んだり、情報を取ることはできたとしても、体験しないと自分の中からは生まれないので。孤独を感じて苦しんだことは多々ありました。ありましたけど、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるんだろうと、今は思います。”

ただでさえ日本人は、「外国人」を経験できる機会が少ないのが現実です。イチロー選手も言っているように、それが人の痛みを想像することが出来なくなったり、社会問題に対しての関心の薄さに繋がっているのかもしれません。しかし、これから先は、そうは言ってられなくなると思います。もう、その段階に入っているのかもしれません。

そんな状況だからこそ、サッカー界がリーダーとなって、日本の社会を変えていってほしいなと、そのように思います。

私も、頑張ります。


河内一馬



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最後に、具体的な活動として、現在所属しているNPO法人「love.fútbol Japan」では、「世界中にいるサッカーしたくてもできない子供たちの環境を変える」べく、サッカーグラウンドづくりを世界のあらゆる地域で行なっています。危険に晒されながらサッカーをする子供達に安全なグラウンドをつくるだけでなく、現地人と協力をしながら、街が抱えるあらゆる問題解決を目的として、活動を行なっています。

また、現在love.fútbol Japanでは、マンスリーサポーター(¥500から)を募集しております。ぜひご協力してくださる方がいらっしゃいましたら、下記からご登録のほどよろしくお願い致します。

心より、お待ちしております。


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