「朝の心と光の影」 - オリジナル小説⑥
ある決断
ダーツナイトやワークショップが続き、聡の心は少しずつ満たされていたが、ふとした瞬間に昔の記憶が蘇ることがあった。彼は忙しさに紛れて、ずっと避けてきた過去の問題に向き合うことを決意する。
ある日、聡はカフェで彩香に話しかけた。「彩香さん、少し相談したいことがあるんですが…」
彩香は驚いた表情を浮かべ、「もちろん、何でも話してください」と言った。
「最近、実家から連絡があって、久しぶりに帰ろうかと考えているんです。でも、昔のことを思い出すと少し怖くて…」聡は言葉を選びながら話した。
彩香は静かにうなずき、「過去に向き合うのは勇気がいることですね。でも、今の聡さんならきっと大丈夫だと思います」と優しく励ました。
その言葉に背中を押され、聡は実家に帰る決心を固めた。
実家への帰郷
聡は久しぶりに実家へ向かうことを決意したが、その足取りは重かった。電車の窓から見える景色はどこか色あせて見え、幼い頃の思い出が、次々と暗い影を落としながら彼の心に浮かび上がってきた。
実家の扉を開けると、母親がいつものように笑顔で迎えてくれたが、その笑顔の奥にはどこかよそよそしさがあった。「聡、帰ってきたのね。久しぶりね」と、形式的な言葉が返ってきた。
「母さん、ただいま…」聡は小さな声で返事をしたが、言葉がうまく出てこなかった。
家の中は昔と変わらない。しかし、その変わらなさが、むしろ彼の心に重くのしかかってきた。時間だけが進み、自分はここに戻ることができないという現実が、強烈に突き刺さった。
家族との再会
リビングに入ると、父親が無表情で座っていた。「聡、久しぶりだな」と言ったが、その声には温かみが感じられなかった。
「久しぶりだね、父さん…」聡もまた、ぎこちない言葉を返したが、心の中には重苦しい沈黙が広がっていた。
夕食が始まったが、食卓に並んだ料理も、どこか無機質に見えた。母親は言葉少なに料理を運び、父親は無言で食事を取っていた。家族で囲むはずの食卓が、かえって聡に孤独感を募らせた。
「…最近、仕事はどうだ?」父親がふいに尋ねた。
「まあ、順調かな」と聡は曖昧に答えたが、その答えも空虚だった。仕事のことを話す気にはなれなかった。
「そうか…」父親はそれだけ言うと、再び黙り込んだ。
夕食は静寂の中で終わり、聡は食後もリビングに残ることなく、自分の部屋に閉じこもった。昔の部屋はほとんど変わっていないが、その変わらなさが、今の自分と過去の自分の違いを浮き彫りにしていた。
過去との対峙
夜が深まるにつれて、聡は過去の記憶に囚われていった。父親との確執、家族との不和、そして自分がここを出ることになったきっかけ…。
「なんであんなに怒鳴られたんだろう…」聡はベッドの上で一人、呟いた。頭の中には、父親から受けた厳しい言葉が何度もリフレインしていた。
ふいに、聡は部屋を飛び出し、父親がいるリビングへと向かった。今まで避けてきた問題に、正面から向き合うしかないと感じたのだ。
「父さん、ちょっと話があるんだ」と聡が言うと、父親は無言でうなずき、椅子に座り直した。
「…昔、僕が仕事で失敗した時、父さんにひどく怒られたことがあった。そのことがずっと心に引っかかってるんだ」と聡は切り出した。
父親はしばらくの間、言葉を発することなく、ただ聡を見つめていた。そして、重い口調で言った。「あの時、お前にはもっとしっかりしてもらいたかったんだ。だけど、それが正しかったとは思ってない。お前を追い詰めてしまったのかもしれないな…」
聡は父親の言葉を聞き、期待していたような安堵感は得られなかった。むしろ、父親との溝がさらに深まったように感じた。
「もういいよ、父さん…」聡はそれ以上言葉を続けることができず、再び自分の部屋に戻った。
苦い再会の後
翌朝、聡は家族に別れを告げると、早々に実家を後にした。何かが解決されたわけではなかったが、それでも自分の過去と向き合ったという事実だけが残った。
電車の中で、聡は窓の外を見つめながら考えた。家族との再会は思っていたよりも苦く、過去の痛みが再び蘇ってきた。しかし、その痛みと共に生きていくことが、今の自分にとって必要なのかもしれないと感じていた。
カフェに戻った聡は、いつもの席に座り、深く息をついた。彩香に何を話せばいいのか、今はまだわからなかった。ただ、彼の中にある苦い思いが、少しずつ消化されていくのを感じた。
続く
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