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いつも行かないお店へ [缶詰54日目]

 3月の卒業発表からだから、かれこれ3ヶ月ほど散髪しなかった。「耳にかからない程度で、上はすいてください」がいつも口上。たいてい暇な時間にふらっと髪切るものだから、予約しないといけない美容院は行かない。多少待つことはあっても駅前にある1500円ぐらいの理髪店がベストだ。

 そんな自分でも、かっこよく見られたい欲ってものはある。3ヶ月も伸ばしに伸ばした前髪や襟足で電車通学するのは憚られる。しかも、今は平日の日中に時間を作ることは容易なので、初めて美容院を予約した。


 そして今日。緊張の汗を強い日差しのせいにしてガラス扉を開けた。お、いかにも美容院。スタッフの男女比が半々で、シャンプー、リンス、ワックスがインテリアとして飾りつけられ、そしてラックに飾られた雑誌たち。椅子と受付の中間に立ってどんな行動でも瞬時に動ける。そして予約時間と名前をいう。

 パッと周りを見渡してみると、母ぐらいの年代の女性と、30前後の男性客。あ、当たりのお店。こじゃれたお店というよりも少し田舎感のある温かみを感じた。

 それでも、絵画のような大鏡の前に座らされるときはぞわぞわっとした。アシスタントの方が持ってきた雑誌の表紙を凝視する。読む用で置いてくれているのだが、これまで座ってから数分で終わる理髪店しか行ったことないから手に取ろうとは一切思わなかった。2020年、注目のガジェットたちの一枚絵だけが記憶にとどまる。


 切ってくれた男性の方とは、最初に伸ばした髪について多少お話したあとは話さなかった。自分にとってはそれでいい。むしろ察してそうしてくれていたのかもしれない。

 そのあとのシャンプーの場面では、先ほど雑誌を持ってきた女性アシスタントの方が担当した。洗面台の隣の方がいなくなってから急に話しかけられた。見た目に反して低い声だったので一瞬考えこんで返答した。あれ、いま聞かれたけどこの人じゃないよな、いやこの人かな。こういう場でする話なって慣れたもんじゃないから相手主導だったが、思っていたより内情をひけらかすようなことはなく和やかに終了し、お金を払って外に出た。

 行く前までは緊張して汗びっしょりだった額や背中も、帰りにはTシャツの中を風が通り抜けていた。他人にとっては普通のことでも、初めてやることは困難に見える。また一つ知見を増やせた、また数か月後に予約していってみたい。


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