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大英帝国EU離脱を考えてみる

UKのEU離脱のアレ。

いろんな議論が出てますが、まず事実として、

・52%vs48%の僅差であったこと

・田舎が反対票を投じていること

・スコットランドは残留派、北アイルランドはほぼ残留支持

の三点は下記の統計上クリアだと思います。

その他の視点として、移民がUK経済にストレスかけ続けている、老害が跋扈している、という点については議論の余地があるところでしょうね。シンプルに考えると、人口的にも多いイングランドの保守層がこの結果を作ったのだろうと読めます。

下記の地図は6月24日のNew York Timesのオンライン版から拝借して、主要都市をプロットしたものです。赤が離脱派、青が維持派を表しています。反対層が集中しているのはミッドランドと呼ばれる、中世大英帝国の繁栄を支えた農工業の主力地域です。東のヨークシャーは毛織り物、西のマンチェスターやリヴァプールは工業や貿易の拠点です。平たく言うと労働者の地域です。そして、UKの面積と人口の半分くらいをミッドランドが占めているようです。

Source: A.Gregor, P. Adam, and R. Karl (2016), New York Times,
"How Britain Voted in the E.U. Referendum"

上記はUKの人口トップ15くらいまでを表していますが、基本的に大都市圏はEU維持派に回っていることがわかります。一方で反対に回った、バーミンガム、シェフィールド、レスター、ブラッドフォード、ハルとはどんな街か、ちょっと調べてみました。(概算人口は2001年国勢調査のものなので、今はもっと増えてるでしょう)

1. バーミンガム(約100万人)
英国第二の都市で、1998年にサミットも開催された国際都市。ロンドンとリヴァプールの中間にあり、産業革命時に工業都市として栄える。蒸気期間を発明したジェームズ・ワットもここを拠点としていた。自動車や航空機などの重工業の拠点であった(今もジャガーなどがある)が、現在はキャドバリーなどの食品工場拠点であり、IT系などに主力産業をシフトしている。ウェストミッド・ランズと呼ばれる工業地帯の中心都市。オジー・オズボーンやデュラン・デュラン、ジューダス・プリースト、ブラック・サバスなどがここ出身。ロバート・プラントとジョン・ボーナムはツェッペリン立ち上げ前はここでバンドをしていたとか。サッカーチームはバーミンガム・シティFCアストン・ヴィラFCバーミンガム大学は超名門で、オックスフォード、ケンブリッジとともにラッセル・グループと呼ばれる大規模研究型大学24校の一つとされている。イングランド最古のビジネススクールであり、MBAでは世界ランク一桁常連の難関校。医学や工学も超一流。ノーベル賞受賞者8人。

2.シェフィールド(約52万人)

マンチェスターやリーズと並ぶ工業都市で、産業革命の中心地。銀メッキの発祥地。鉄鋼業を発端に現在は金属加工業で有名。ドイツのゾーリンゲン、岐阜の関市とともに、「刃物の3S」と言われているとか。有名ナイフブランドのリチャードソン・シェフィールド社は「キング・オブ・ナイフ」と言われている。「愛と青春の旅立ち」のテーマで有名なジョー・コッカー、メタルの大御所、デフ・レパードもこの街出身。最古のサッカーチーム、シェフィールド・ユナイテッドと、ヘディングを発明した(!)とされるシェフィールド・ウェンズデイFCがある。ラッセル・クラブの一員であるシェフィールド大学は難関校。上記バーミンガム大学と共に、イングリッシュ・アイビーと称される上位12校に位置する(テレグラフ社の独自定義らしい)。

3. レスター(約33万人)

イギリス屈指の歴史ある都市で、2000年前のローマ時代にローマ人によって作られたという。靴、靴下、ニット、印刷などの軽工業が主力産業だったがアジア産業の台頭で衰退。今は商業都市。日本代表の岡崎選手が所属する奇跡のプレミア優勝チーム、レスター・シティがある。あと、ちなみにエレファント・マンと呼ばれたジョン・メリックはここ出身。眞子内親王(眞子さま)が留学していたレスター大学がある。名門校だが、最上位クラスではないらしい。ラッセル・グループに対抗してできた1994グループと言われる小規模研究型大学12校の一つ。

4.ブラッドフォード (約29万人)

産業革命時、羊毛業、毛織物業で栄えた。ヴィクトリア朝に作られた世界遺産の「ソルテア」(繊維工場を集合させ、労働力の確保と労働環境の保全を目指した労働者コミュニティとも言える区画)がある。ウェスト・ヨークシャー州と呼ばれる行政区画ニアり、16世紀ごろのエンクロージャー(富裕層が畑を羊毛牧場に転換するために一斉に柵で囲って、小作農を追い出した)からのマニュファクチュア(工場制手工業の事:追い出された小作農が工場労働者になった)を経て、19世紀ごろに、リーズと並んでこのエリアの中心地となる。1988年、サルマン・ラシュディ著「悪魔の詩」の焚書事件発生。ブラッドフォード大学は平和学とMBAで有名。サッカーチームはブラッドフォード・シティAFCがあるが、プレミアリーグではない。

5.ハル(約24万人)

正式呼称はキングストン・アポン・ハル。大型船舶が航行可能な巨大な河口域、ハンバー川に面している。北海漁業の根拠地にして、ヨークシャー州生産品(産業革命時代は毛織物。今は軽工業や加工食品。)の移出港。サッカーチームのハル・シティAFCは2015年にプレミア最下位で降格となる。ハル大学は留学生の満足度が非常に高いらしいが、ガーディアン紙によると、英国内のランクとしては中ぐらい。

とまあ、ざっとこんなところですが、共通項を探してみると、下記のような感じでしょうか。

大英帝国の繁栄を担った、古き良き英国の背骨

東のブラッドフォードやシェフィールドからハルにかけては毛織物のエリアです。16世紀ごろの主力商品だった毛織物産業はハルあたりから欧州本土(事実上、問屋を通すのでロンドンを経由することが多かったらしいが)との貿易で東岸地域が栄えた。今回真っ赤っかの地域ですね。17世紀後半のバーミンガム運河と18世紀の蒸気機関車による鉄道が開通すると、炭田を擁するバーミンガムは西岸の輸出港リヴァプールと南の輸出港ロンドンと接続し、飛躍的発展を遂げる。この2つの地域は、産業革命を担った地域であり、その時に移民を大きく受け入れた地域でもあります。17世紀代はヨーロッパ本土での戦争から逃れた移民(オランダやベルギーなど)が中心でしたが、後半になると英国連邦の移民(インド、パキスタン、西インド諸島など)が増加。幾つかGoogle Scholer経由で文献を読んだりしてみましたが、これらの街は中世から移民の街のようです。(ハルだけ見つからなかったが、漁業つながりでノルマン移民が多かったようなことが少し見つかった)また、バーミンガム留学中の「かしゃりほさん」のnoteによると40%ぐらいが移民らしく、バーミンガムには強いエスニック・カルチャーがあるようです。なんにせよ、そういう地域が今回のEU離脱票を引っ張ったという結果ですね。

移民問題と関係があるのか?

EU離脱票に回った大都市の共通点は、産業革命時代から続く工業都市かその関連都市という点ですね。そして、これらの街の多くは古くから移民を受け入れてきています。中世におけるヨーロッパ本土の度重なる紛争と、産業革命による雇用促進がうまくはまった結果のようです。なので、比較的に移民慣れしてるとも言えます。

一方で、元国連職員で英国在住「めいろま」こと谷本真由美さんの説明によると、直近のEUシステムによる移民問題は切実な様子。異文化拒否とかそういのではなく、予想よりも異常に移民が増えすぎたということのようです。たとえ税金を払わなくても移民は医療などの社会サービスを受けることができ、それが故のパンク状態というところみたいですね。今日本でも多く議論されている難民問題とEU離脱は本当に紐付いてるのでしょうか。僕は2012年の秋にお仕事でロンドンとセビリア(スペイン)とソフィア(ブルガリア)に行きましたが、飲食に関して、セビリアはロンドンの8掛けぐらいで、ソフィアは半値という感覚です。タクシーの相場も同じ様な感じです。要はイギリスが確実に物価が高く、それに応じて収入も高いわけですから、移民がなだれ込むことは察しがつきます。それでも、ロンドン、リヴァプールやマンチェスターなどの大都市圏も維持派。一方で、移民も多く、人口2位のバーミンガムは反対にまわりました。

参考:netgeekまとめ「イギリス国民が世界恐慌を起こしてでもEU離脱を希望した理由

大都市だから移民に寛容というわけでもなく

上述のように、反対に回ったバーミンガムはUK第二の人口を誇ります。そして古くから移民も多い。長い歴史の中で移民文化とも融和して、近年では産業シフトもうまくいって、人口2位の座を維持しています(実質はマンチェスターが上だというソースもあるが)。決して貧しい都市ではない。しかし、EU離脱推しにまわりました。同様に産業革命を支えた大都市、リヴァプールとマンチェスターは維持なのに。さて、ここでもう一度先ほどの地図の色を見て欲しいのですが、バーミンガムの色が薄いですね。薄い方が僅差です。実際、バーミンガムは50.4% vs 49.6%で決着がつきました。超僅差決着なんです。他の地域も見てみましょう。シェフィールド、レスター、ブラッドフォード、ハルは比較的濃い赤色をしています。維持派が勝ったリヴァプールもマンチェスターもリーズも、かなり薄い青色です。ビートルズや負の世界遺産を逆手にとって観光都市として再建していリヴァプールと違い、マンチェスターは生活保護受給者が英国平均の2倍だそうで、低所得者の街であるとも言えます。雇用やシティサービスなど「めいろま」さんの移民流入による実害を強く食らっている可能性があり、下手をするとこちらも離脱派に回る可能性があったかもしれない。比較的移民慣れしているはずのこれらのイングランド主要都市ですら、総じてEU離脱に回る可能性があったと思われます。

ハイリテラシーだとEU維持票が強くなるのか?

ピンポイントで濃い青のところはオックスフォードとケンブリッジ。そしてロンドン大学があるロンドン中心部。こう見るとそれっぽいですが、離脱に転じたバーミンガムもラッセル・クラブに入るほどの名門バーミンガム大学を有しています。ただ、オックスブリッジ両者は学園都市でアカデミック人口比率が高い。ロンドンシティもホワイトカラーが多いでしょうね。一方、ミッドランド地区は労働者人口比率が極めて高い。リテラシーの高い人たちはEU維持をを推したと推察できるかもしれません。

なぜにスコットランドは真っ青なのか?

不思議なのはスコットランドがみんな維持派ということ
スコットランドの歴史を見てみると、近代は造船業を中心に栄え、世界恐慌と二度の大戦で凋落。その後1960年代の北海油田開発から復活を遂げる。その後独立機運が高まる一方で、スコットランド自体は人口減少傾向にあった。そこで、アサイラム・シーカーと呼ばれる難民受け入れに「スコットランド議会として」積極肯定の方向に向かっているようです。つまり、フレッシュな労働力調達したいけど決断権があるのは連合王国政府、という状態への反抗と、スコットランドはイングランドではない、という独立機運の象徴の一つとして移民に寛容な政策があるようです。実利だけではなく、イングランドに対する当てこすりも含めて、ハイランダーの皆さんは移民推奨、EU維持派な訳ですね。首都エディンバラ、経済中心のグラスゴーだけでなく、全面青というのがすごい。

参考:山口 覚(2010), 主権無きネイションと移民政策---スコットランドのアサイラム・シーカーを事例に---

いわゆる老害なのか?

ここについてはちょっと調べきれませんが、ミッドランドを真っ赤っかにしているエリアは、この写真のようなところです。

上記の写真はヨークシャー東岸の真っ赤なエリアの1ポイントです。まるで僕の田舎の北海道のような。まあ、若者はいないでしょうな。老害といわれる可能性はありますね。ただし、UK全体の65歳以上の高齢者人口比率17.76%でして、田舎だからもう少し多いとはいえ、20%ぐらいでしょう(日本平均は26%ぐらいある)。彼らだけで票はひっくり返りませんから、ボリュームゾーンである20-40歳前後にもEU反対派が多いということでしょう。つまり、老害とは言い切れないと思います。それよりも、田舎特有の「余り深く考えない」「基本的に保守思考」。平たく言うとヤンキー的な価値観ですな。この歳で実家に帰ると、昔の友人たちとの間にある情報解釈のギャップをものすごく感じます。テレビ、ネットなんでも目立つトピを受け売りコピーして丸呑みする一方で、妙な愛国心を持ってしまっている。複雑で多様な解釈より、シンプルで勧善懲悪な構図を好む故の、攘夷っぽい思想というか。誤解を恐れずに言うと扇動に乗りやすい。イングランドも似た感じなんじゃないかな。田舎の人たちは、そういう人たちが多い。もしかしたら、アンチ移民キャンペーンが展開されていたのかもしれない。
ここに限らずですが、UKは田舎が多い。人口第二位の都市が100万程度なんです。6,500万人弱の人口のうち、10万以上の都市に住んでる人の合計が2,000万程度ですから、人口の70%が田舎なわけです(スコットランドも入ってます)。そして、イングランドの主要都市圏以外の大半がEU離脱に回った。ちなみに移民が多く住むのは都市圏です。田舎にはそれほどいません。ということは、先述の、移民のなだれ込みによる実害を受けていない人たちが、テレビやネットのメジャーな論調を見て、EU離脱を推したと言えるでしょう。

サッカーとの関連について考えて見る

上記EU離脱推し主要都市を鑑みてみましょう。現在、プレミアリーグにあるチームを持っているのはバーミンガムとレスターのみ。シェフィールドもブラッドフォードも長年低迷中で、ハルは昨年プレミア落ちしました。レスターは1990年代にトップ10に入る勢いでしたが2000年ごろには降格して低迷。タイの資本家に買収されてから息を位を盛り返し、2015-2016シーズンに岡崎の活躍で(バイアス入れてますw)奇跡の初優勝。バーミンガムのアストンヴィラは古豪として有名ですが、優勝争いに絡めていない。一方、ロンドンにはチェルシーとアーセナルという二大メジャーチームがあり、マンチェスターはユナイテッドとシティという両雄が、財政破綻して低迷中ですがリーズにはリーズ・ユナイテッドというチームがあって2000年にはチャンピオンズリーグでbスト4まで行ってます。何を言いたいのかというと、サッカーを通じた欧州全体との繋がり感というのがあるのではないかなと。EU枠でおらがチームにいい選手が来て、EUROでおらがチームが活躍する。この体験が一般市民に与える影響はかなり大きいんじゃないかと。特に田舎に住んでると、スポーツチームに魂乗せたくなるんですよ。地元愛てのもありますけど、自分はこの街から出られない。今更世界を相手にできない、でもお前らはできるだろ、やってくれ、的な。田舎に暮らす青年たちのマインドセットはアメリカ映画ですが、「ギルバート・グレイプ」がよく表現していると思います。

国民投票がもたらした結末

まとめると、田舎の人たちの総意が大事な国政決めちゃったんだと思うんです。移民の実害を被る大都市が票を引っ張ったわけではなく、それ以外の、おそらく実害は薄い田舎です。そこはおそらく労働者層が多く、老人というかおっさん・おばちゃんが多いと言うのが実態でしょうかね。なんとなくの不安。国外における移民関連のネガティブなニュース。ISILを発端としたフランスの移民問題やシリア難民問題。農工業依存の田舎は経済的に停滞。移民があることでイギリスは若年労働人口を維持できているし、EU加入で輸出入の恩恵も少なからず受けているのですが、田舎暮らしの人にとってはそういう恩恵の直接的な手応えがない。なので、なんとなく離脱に票を入れた、というところなんじゃないでしょうか。

ともあれ、なんで国民投票しちゃったのかね。
オアシスのノエル・ギャラガー曰く、

「なんで国民なんかに決めさせようとするんだよ? 国民なんてのは99パーセントが豚のうんこくらい頭悪いんだぜ」

RO69: ノエル・ギャラガー、EU離脱の国民投票について「投票するかは当日の朝決める」と語る

インターネットの世界になって、テレビだけじゃなくていろんな言論が可視化できる昨今ですが、大多数の人はそんなに思慮深くもない。これから起こることへの漠然とした恐怖が先行して、自分が体験する前に誰かが体験した「恐怖」の情報を拾うんですな。情報集めの始まりが、自分の思っている恐怖を裏付けるものを探すこと。これが最初にソーシャルメディア上でトレンドになり、キュレーションはそのトラフィック欲しさに恐怖情報を掻き集め、さらにそれに乗るために二次創作の新バージョンの恐怖(大抵デマ)が作成され、これをマスメディアが拾う。テレビから流された瞬間、先述のような田舎の住民は「やはりそうであったか」と思うわけです。そんな思考回路が大半なのに国民投票で天下国家の重大事項決めるのってどうなの?とシンプルに思うわけです。キャメロン首相、相当ダメな人ですね。そういう中で、サッカーなど地域を代表する何かが、ローカル市民を代表して世界で戦うってことは未知の恐怖を挫く数少ない要素の一つかもしれません。他の世界とつながりを持つ何かがその街にあるかないかで民衆のマインドセットは大きく変わります。

一方で、移民問題も基本的には紙一重であり、戦争をなくすために始まった(という建前)のEUも、貧国が先進国にぶら下がりやすくなるだけの仕組みになっていたわけで、少なくとも人間の流動性フリーの定義や移民の権利と義務については考え直さねばならんでしょう。

結論から言うと、いくら集合知がもてはやされる今のご時世でも、意思決定はリーダーがやるもんである。市民が声を上げることは大事だが、思い上っちゃいかん。市民は所詮、目の前の利害に引っ張られているんだから。国民投票って聞こえはいいけど、ポピュリズムの極みでリーダーの職務放棄なんだとすごく感じました。完全民主主義の限界点が綺麗に見えたんじゃないかな。移民問題に関しては英国のこのケースから各国とも学ぶべき。アメリカでのトランプ劇場同様、自由と多様性、国際協調という美しい大義名分の裏では、実際に傷んでいる人たちの本音がある。事業拡張のときならまだしも、ビジネスが踊り場に来たとき職安から毎年100人採用せよと迫られた場合、経営者はどうするか。そういう意味でトランプは経営者ぽい正論を謳っているのですよね。それでも、閉じるより開くべきというのが世界の流れであって、リーダーはそこにある利害矛盾をどう折り合いつけるかに腐心する必要がある。

今時、ドアを閉めたっていいことないぜ、ということを世界の反応が証明しましたね。日本もTPPや移民受け入れ問題などのドアの開け閉めを問われていますが、ここから学ぶところはいっぱいあると思います。

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