見出し画像

都市の欲求を可視化する〜(番外編)「きもちいい」は「おかね」になる?

■まちの快適性の図り方

まちに緑が多い、文化度が高い、よいコミュニティがある、歩いて楽しい…。まちづくりでは、基本的にこのようなことを目指しているし、そんなまちがよいという想いは基本的にみんな共通だとは思うのだが、実際にオシゴトとしてつくろうとすると、色々な壁にぶつかるわけです。「それは君の個人的趣味でしょ」、「管理コストは誰が負担するの?」…要は「それって儲かるの?」問題

たぶん、言っている人も、まちの方向性としては賛成しているのだが、事業者や管理者として対外的に、また、組織内に(往々にしてこちらの方がハードルが高い)説明できないフラストレーションを提案者にぶつけている気も、しなくもない(まったくこの「説明」文化ってやつは…)。

シティラボ東京で2022年9月6日に開催されたトークイベント『”スロー”を実感できる場所〜都市の欲求を可視化し、デザインする〜』では、LIFULL HOME’S総研 所長の島原万丈さんが登壇し、建築家の西田司さんとの対談を行った。トークの中で、緑の豊かさが実際に土地や建物の価格に影響を与えているという研究成果も出ているようなので、軽く調べてメモっておく番外編(あまり厳密に調べた訳ではなくググったレポートを見て「こんな感じかな〜」レベルの理解です)。

なお、イベントのレポートは別途公開しているので、全体像は是非そちらでご覧ください(宣伝:会員になると録画アーカイブも見ることができますよ〜)

■Sensuous City[官能都市]の試み

話のイントロダクションとして、本イベントで取り上げたSensuous City[官能都市]についてごく簡単に紹介。2015年に発表されたレポートなので、もう7年前になる。

まちの持つ「官能」(テッパンネタだがエロい意味ではない、五感の意味)の価値を「数値」として指標化する。それにより今までは個人の感覚でしか語られてこなかった色々なまちの価値を比較できることが画期的で、当時かなりの話題になった。

島原さんはこれを「共通のモノサシ」と呼ぶが、大きくは他者との関係に関する「関係性指標」と五感で感じる「身体性指標」に分かれており、各々4項目の評価指標がある。

  • 関係性指標:①共同体に帰属している/②匿名性がある/③ロマンスがある/④機会がある

  • 身体性指標:⑤食文化があること/⑥街を感じられること/⑦自然を感じること/⑧歩けること

閑話休題:各指標に対するの質問項目も「●●したことがあるか?」と、「感じる」ことに対して「動詞」で回答することで、評価のブレがなくなるということで、これもすごい面白い手法論なのだが、脱線するので興味ある人は原典を参照してください(ちなみに「路上でキスした」という項目もあり…やっぱりちょっとエロい?!)。

今回は、「身体性指標」の中でも、「⑦自然を感じること」「⑧歩けること」に話を絞る。Sensuous Cityは感覚(官能)を数値的な指標で評価するという点で画期的だったのだが「価格」という形で定量化したものではない。一方、官能ではないが関係しそうな物理的な指標と価格の関係を調べた研究もあるので、双方の視点から見てみることが必要だろうという趣旨だ。

なお、「価格」はあまりにも強い指標で独り歩きする怖さもある。そもそも家やまちが全て(短期的な)経済合理性で測るものなのかという議論もある。個人的には、Sensuous Cityのように、皆が「このまちってなんかいいよね」という価値を明らかにすることの方が大事で、どうしても「お金が…」という話になる時に必要に応じて補完的に使うくらいが良いスタンスかなとも思っている(これも個人的感覚なので水掛け論になる危険があるが…)。

■みどりは本当にまちの価値を上げているのか

一口に「みどり」と言っても、まずそれは何を対象とするのかという問題がある。緑の量?、量が多ければどんな緑でもOK?、量は地図上で測るの?人の目線で測る?…等々。さらに、「まちの価値」を測るにしても、どんなまちを対象にするのか(都心部と山の中では「みどり」の価値はだいぶ変わるだろう)、なにで価値を測るのか(地価?分譲価格?賃料?)…等々、色々な要素があるのだが、まずは幾つか見てみよう。

①視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響(ニッセイ基礎研究所/LIFEL)

江東区内の賃貸マンションとアパートを対象に、「緑視率」を用いて、賃料への影響を分析。2020年9月の公表なので、背景にはコロナ禍において住居選択に「みどり」がどう働いているかという問題意識がある。

  • マンションについては、緑視率10%に対して賃料が1,326円(平均賃料が98,000円なので約1.3%)高くなるという分析結果。

  • ただし、アパート賃料への影響はなし。まだ仮暮らしで家賃の方が優先ということか…。

  • 江東区が進める政策 CITY IN THE GREEN が今後どう影響してくるかも気になるところ。

②緑景観が不動産価格に及ぼす影響 に関する調査(都市再生機構)

都心から郊外まで3つのエリアに立地するUR団地を対象に、各々のアプローチで分析を行っている。UR都市機構として、社会的に良好な町並みをつくると共に、緑の経済的価値を明らかにすることで緑の保全や活用(ひいては都市再生)を推進しようという目的がある。リンク先には年代が書いていないのだが、たぶん2006年前後の研究成果。

②−1:「緑景観」と「賃貸価格」との相関

  • 武蔵野緑町パークタウンと周辺40団地を対象に、「緑の量」と「緑の質」を用いて「家賃」への影響を分析。

  • 「緑被率」10%に対して×家賃0.3〜0.4%が増減

  • 「緑の質」の変化により、1.78〜3.92%家賃が増減

  • 人の目(緑視率)ではなく図面的な計測(緑被率)を用いていることに留意。

  • 緑の質をどう測定しているのかは不明。

②−2:「緑景観」と「分譲価格」との相関

  • 都心3エリアの分譲マンションを対象に、「緑景観」(詳細不明)を用いて分析。

  • 「緑景観」が最も良い場合はエリアによるが0〜13%の増加、最も悪い場合は0〜-11%の減少という結果。

  • ※下記③の研究の一部と推測される

②−3:浜見平団地におけるモデル検証

  • 茅ヶ崎駅南口の分譲マンションと、隣接する浜見平団地を対象に、「緑視率」「緑視域の緑視率(250m圏で、対象地から街路を通して見える緑被率と対象の街路から対象地を見る時の緑被率)」「街路構成比(街路樹の高さが道路幅員または歩道福音に占める割合)」「印象評価(SD法)を用いて「販売価格」への効果を検証。

  • 不動産鑑定項目(59項目)+緑景観項目で検証を行った結果、販売価格への最大効果は緑視率で2.3%、緑視域の緑視域で1.6%、印象評価の各景観因子は3.7%、3.9%、1.8%、2.1%となった。

  • また、理想値(総合点)の場合の最大効果は19.7%としている(上記の合計値と異なるし、緑の質量感と緑視率はダブルカウントにも思えるが、原典までは検証していないので不明)

  • さらに、緑化計画によるシミュレーションでは、不動産価格に対し、標準規格の街路樹の場合、街路順がない場合(-9.3%)と街路樹+接道緑化(3.8%)で13.1%の差、高規格の街路樹の場合、-9.3%と7.4%で16.7%の差があると計算。

③緑景観の評価に関する研究 1 ~緑景観が不動産取引におよぼす効果に関する考察(UR都市機構)

2006年と多少古いが、2004年公布の景観法が背景にある。上記の「②−2」の詳細版。都心3エリア(湾岸方面、川の手方面、山の手方面)の分譲マンションの分譲価格を対象とし、緑景観が価格に与える変化率を解析している。

  • 湾岸エリアでは、最も悪い/良い景観パターンの変化率は各々-11%/+13%で24%の差となった。山の手エリアでは、-4%/9%で13%の差、川の手エリアでは両方とも0%で変化が見られず、緑景観の影響はエリアによる影響があることが示唆された(川の手ならかならずしも影響がない…かは言い切れない)。

  • なお、本レポートでは、上記をふまえ、緑景観形成の効果的な方法として、景観重要樹木、見通し景の確保(建築高さや壁面線の位置等の制限)、街路沿いの緑化の誘導(街路樹、式内緑化)を挙げている。

④建物緑化 / 日経BP(東洋法務総合事務所)

 緑のカーテンの節電効果:2011年のウエブ記事で、国土交通省の調査や日経BPの記事のダイジェストなので、軽目にピックアップ。

  • 住宅の開口部周辺でニガウリを育てる成功事例は、失敗事例より2割電力使用量が削減されていた(2009〜2010年、建築研究所、浜松市)

  • 商業施設での集客・広告効果:なんばパークスの屋上緑化は、約92億円の売上高に寄与し、約2億円の営業利益をもたらしたと試算(建築研究所、2010年、日経アーキテクチュア記事より)

  • 敷地周辺の緑化と賃料の関係:鹿島による東京23区内の緑地被度と賃料の関係では、緑地(半径100m以内の緑地被度)が賃料を押し上げる効果が得られた。グラフでざっとみると、やはり緑地被度10%あたり1200円程度の賃料増加になっているようだ。

  • 土地価格の下落の防止:積水ハウスが福岡市で住宅地の地価推移を比べたところ、緑化を積極的に取り入れた分譲地の方が、バブル経済の崩壊後も土地の価値が下落しにくかったことが判明とのこと。

思ったより長くなってしまったのだが、ひとまずの結論はこんなところだろうか。特に分譲の事業では「説明」に結構使えそうな気もする。

  • 「自然を感じること(良好な緑化)」は一般的に建築物ひいてはまちの不動産価格を高めるとは言えそう。

  • 賃貸マンションでは、緑視率10%について0.3〜1.3%程度は賃料が上がりそう(URの調査は緑被率なので、緑被率よりも緑視率の方が緑の量は多くなるだろうから、一応安全側に言っています)。さらに、緑の質がよければさらに1.8〜3.9%は増加が見込まれそうだ(家賃10万円なら300円〜最大5,000円程度か)。

  • 緑の質(なにをもって言っているかは要確認)がよければさらに1.8〜3.9%は増加が見込まれそうだ(家賃10万円なら300円〜4,000円程度か)。

  • 分譲マンションでは、賃貸よりも差が大きくなる傾向がある。エリアによる特性もあるが5〜20%程度の差も考えられる。

  • 残念ながら賃貸アパートでは一般的に緑化が家賃を押し上げるとはまだ言えなそう(良好な賃貸住宅の供給に期待)。

上記の結果は、あくまでも首都圏(都心〜武蔵野市や茅ヶ崎エリア)の結果。都市部でも地方都市で同じ傾向が言えるかは不明(そこそこの規模の都市であれば言えるのではないかという気もするが…)。あと、価格の増加率も独り歩きしないよう注意が必要。「これくらいしか増加しないならもっと儲かる別の手立て考える」とかならないよう…。まちを気持ちよくしていくために一定の経済的合理性は求められるが、(短期的な)経済的合理性を追求するためにまちを気持ちよくしていくのではないのだから。

■ウォーカブルが「お金」に与える影響

最後にもう一つ、「⑧歩けること」は建物やまちの価値にどう影響を与えるか。コロナの流行と時を同じくして国土交通省から「ストリートデザインガイドライン(2020.3)」が公表され、「歩行者利便増進道路(ほこみち)」制度も始動した。コロナ禍で屋内で人が集まりづらくなる中、オープンエアでの飲食、それに伴う路上活用が急速に注目を浴びるという皮肉な結果となった。

とは言え、まだまだ商店街で歩行者空間化を提案すると「自動車の客が来なくなって売上が落ちる」などという商店街の反対に合うのが大半だろう。もちろん、「ある日ゲリラ的に道路を封鎖してしまったが売上は上がった」という伝説的なストーリー(元ネタ思い出し中!)とか、ブロードウェイの歩行者専用化の事例などもあるのだが…。

そんな中、街路の歩行者空間化による沿道店舗の経済効果を「売り上げ」という端的な数値で検証したのがこちらの論文。2021年10月のリリースなのでまだ新しい…というか、歩行者空間化による周辺環境への影響を定量的に検証した研究としては世界初。

⑤街路の歩行者空間化は小売店・飲食店の売り上げを上げるのか、下げるのか?~ビッグデータを用いた経済効果の検証~(東京大学吉村有司ほか)

  • オープンストリートマップ(OSM)による用途変更情報と銀行の取引情報をビッグデータ化。

  • スペイン内の複数都市を対象(日本国内ではないが特定都市ではなく一般的傾向としての結論)。

  • 歩行者空間に立地している小売店・飲食店の売り上げは、非歩行者空間に立地しているそれらよりも、売り上げが高くなる傾向。

  • 特に、ランチやディナー、コーヒーなどの飲食の売り上げについては歩行者中心化によりポジティブな影響。

  • お手軽にもう少し詳細を知りたい人は日経XTECH記事がおすすめ。

まちづくり関係者であれば誰もが疑問を抱かない結論。だが、自動車信仰真っ只中に育った人には通じない、また、現状から悪化するのではという漠然とした商店主の不安を拭い去れなかった現状があった中、とても貴重な検証。

■まちの価値を測ることとデザインすること

という訳で、Sensuous City[官能都市で挙げられている身体性指標のうち、「⑦自然を感じること」と「⑧歩けること」に関して、少なくとも「みどり」と「歩行者空間」という部分については一定の「説明」はできそうということになったし、「⑧歩けること」化は「⑤食文化があること」とも関連しそうという余録もついてきた。

あとは、このような「測定」をどう「デザイン」に活かしていくか(また、デザインの結果をどう測定していくかというフィードバック)が大事。冒頭のトークセッションでは、身体性指標が持つ設計への可能性、関係性指標が持つエリアマネジメントへの可能性まで話が展開してすごく楽しかったのだが…、まだ言葉にしきれないのでとりあえず本稿終了。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?