本島漁師大石一仁

年齢26歳 ・瀬戸内海【本島】の漁師 ・本島さかな部 部長 ・潜水士

本島漁師大石一仁

年齢26歳 ・瀬戸内海【本島】の漁師 ・本島さかな部 部長 ・潜水士

最近の記事

おはようございます🐟️

10月14日 本日もいい天気ですね~ 朝から本島の自然に癒されました。 瀬戸芸真っ最中の本島 僕は「DAIFUKU丸」という名前の お店を出店してます。 今日も1日がんばるぞー❗

    • 本島漁師のゆるい日常vol.1

      am6:30 起床 いつも通り目覚めの早い長女に頭を叩かれ目が冷めた。 am.6:40 コーヒーを飲み気合を入れる。 am7:00 今日は、週に1回のゴミ収集の日なので出勤前にゴミ捨て (本島は離島のため週に1回丸亀市役所職員の方がフェリーに乗りゴミを収集に来てくれる) am7:30 出勤。 10月〜11月は「瀬戸内国際芸術祭」のためお店を出店してます。 (漁で獲れた海産物などを提供してます。) am9:00 朝ごはん 今日の賄い料理は、おかんが作ってくれた ・カツと

      • タコの人生

        皆さんタコの寿命は何年だと思いますか?個体差はありますが平均 ・オスダコ 2年 ・メスダコ 1年タコは意外と長生き出来ないんですね。 メスだこに関して言えば「1年」ととても短い生涯を遂げます。 なぜ、メスダコは寿命が短いのか。 この理由は子育てと大きく関係があります。 先ず、交尾を済ませその後は幸せな結婚生活とはならず オスダコはより多くの子孫を残す為に、次のペアを探しに行きます。 メスダコはというと これから赤ちゃんが卵から産まれてくるまで1人きりで生活をいていき

        • 本島の伝統漁法【タコ壺漁】

          皆さんタコ壺漁はご存知でしょうか? 先ず、こちらがタコ壺です。 タコ壺漁とは、タコが海底に巣穴を掘り住処を創るのを参考にして 開発された漁法です。 ここでク〜イズ!!!Qタコ壺漁が生まれた時代は何時代でしょう? 。。。。。。。。。。。。。。。。。 正解は....................... 。。。。。。。。。。。。。。。。。 A.   縄文時代 すごくないですか(笑) 縄文時代といえば今から1万年以上前の時代。 タコ壺漁の歴史は「1万年」ということ。

        おはようございます🐟️

          本島の名産品【タコ】

          いつも迷ってしまう。。。 タコをひらがなで書くべきかカタカナで書くべきか。。。 迷いつつ、いつもカタカナで書いてしまう。 皆さんはどちら派ですか? 笑それでは本題に移ります。 今日は本島の名産品の1つ【タコ】についてご紹介していきます。 本島近海で獲れる天然タコは主に【マダコ】と呼ばれる種類になります。 本島産マダコの特徴をあげるとするならば「良質なご飯を食べています。」 主なご飯 ・タイラギ貝 ・本ミル貝 ・マテ貝 これらの二枚貝、あまり馴染みがない方もおられ

          本島の名産品【タコ】

          マナガツオ(真名鰹)

          マナガツオ。皆さんご存知でしょうか?                                                          「なに?このマンボウみたいな見た目。」                                                        「かつおじゃないのに鰹?」                                                                          皆

          マナガツオ(真名鰹)

          【なつなつなつなつココナッツ🌴】

          あっついですね~。 船の甲板は熱した鉄板のように なっております。 焼肉出来そう(笑)🍖 なんてつまらない冗談はさておき。 「こんな暑い中海の上で仕事を していて熱中症にならないの?」と よく聞かれます。 正直すごく暑いです。 太陽の光が海から反射するので ダブルで暑い☀️😵💦 熱中症で倒れられた 方も数人聞いたことがあります。 そんな中みんなある 工夫をして夏を乗りきります。 僕たちが行っている工夫は 使わない生け簀に真水を入れ 「簡易プール」を作ります。 こ

          【なつなつなつなつココナッツ🌴】

          風物詩が消えつつある日本

          僕は今、日本から風物詩が無くなって きている現状に警鐘を唱えます。 今回お話したいのは 【日本のお魚】 近年、水産業界は目覚ましい進歩を 遂げています。 「養殖技術」 「加工技術」 「冷凍技術」 特にこの3分野。 先ずは「養殖技術」を説明します。 皆さま海に筏が浮かんでいるのを 見たことがありませんか? 基本、養殖とは海に全方位網で 囲まれた筏を作りこの中で魚を育てる漁法。 ですが近年、陸上でも養殖が出来ることを 皆さんご存じですか? 「へー、陸上の水槽で魚を育てるん

          風物詩が消えつつある日本

          【本島】の夏休みはこんな感じ

          幼少期の夏休みを思い出し 懐かしむ今日この頃。 「はい、では明日から夏休みと言うことで ちゃんと宿題するようにー」 担任の先生の号令で僕の夏休みは 始まった。 学校から徒歩30分先の自宅まで 弟たち同級生の女の子と 炎天下の中重たい荷物を 両手にぶら下げ帰路につく。 辛さを紛らわす為に お互いの夏休みの予定を話ながら 帰っていると たまたま、母親の車が通りかかった。 僕たちはこの暑さから逃れる為に 必死に母親に「乗せてー!!!」 とお願いする。 交渉成立。 冷房キンキンの

          【本島】の夏休みはこんな感じ

          これが僕の夏休み【本島】

          大人になり夏になると よく幼い頃の夏休みを思い出します。  僕は、基本過去に戻りたいとか そういった願望はありませんが 幼い頃の夏休みにだけは 願いが叶うのであれば戻りたい。 今回はたくさんの思い出の中から 厳選してお話します。 あー、今ねぇ、思い出していますが 頭の中がめっちゃ楽しい(笑) それでは話していきますね。 【夏祭り】というイベントが 昔、本島では行われておりました。 (まぁどこでもありますよね(笑)) お店はこんな感じ。 「くじ引き屋さん」 「焼き鳥屋

          これが僕の夏休み【本島】

          【海の栄養不足は人災?】

          今、瀬戸内海は泣いています。 今から30年程前に 海を綺麗にしようと「生活排水対策」が 実施されました。 生活排水を海に流すと「植物プランクトン」 が大量に産まれ そして、プランクトンの死骸が 原因で「赤潮」が発生します。 赤潮が発生すると、大変困るのが 「養殖漁業」。 養殖のお魚は回りが網に囲まれた 筏で生活します。 赤潮が海流に乗って筏の中に入ってしまうと お魚達にある変化が起きます それは、プランクトンの死骸が お魚達が呼吸する「エラ」に 詰まってしまいエラ呼吸が出

          【海の栄養不足は人災?】

          いつかまた会おう

          瀬戸内海が誇る 最高級2枚貝【本ミル貝】を ご存知でしょうか? 今、瀬戸内海では大変深刻な 問題が発生しております。 僕は、冬になると「本島」という 離島で潜水漁をしております。 狙う獲物は、高級2枚貝として 知られる「タイラギ貝」 そして、今回のお話の主役     【本ミル貝】 「本島」近海はあまり知られて いませんが 全国的にも【本ミル貝】が多数生息する好漁場。 本ミル貝を獲りにわざわざ 九州地方の潜水士さんも 出稼ぎに来られる程有名な漁場でした。 実は今、この本

          いつかまた会おう

          【師匠との出会い】

          18歳で、夢であった潜水士デビューを果たしました。 「潜水士」 本島の漁業の花形的存在。 たくさん、貝を獲る潜水士は 子供から大人まで皆の憧れの存在。 「僕もたくさん貝を獲るんだ!」と 意気込んでデビューしたものの あまりの過酷さに ビビりました。(笑)💧 総重量「50キロ」の装備を身に付け 水深10~30mの海底を タイラギ貝を求めて 飲ます食わず休憩無しの状態で 他の潜水士と競い合いながら 6時間ひたすら貝を獲り続ける。 そして、浮上後は「減圧症対策」をしなければなら

          【師匠との出会い】

          【人生山越え山越え】

            皆さんこんにちは。 かずひとです!!!  僕の人生で最初に訪れた大きな山は 18歳。  前途でもお話した夏のマナガツオ漁から始まり そして、次の試練は冬の潜水漁。  17歳当時僕は父親が船長を勤める 「潜水漁」の船に綱持ち(船長・潜水士のサポート役)をつとめておりました。 潜水漁シーズンが終わった春に 潜水士さんが家庭の事情で潜水士を引退すると伝えられました。 父親達は「来年の潜水漁どうしようか。」と 大変頭を悩ませていましたが。 僕は心の中で「こんなチャンスはな

          【人生山越え山越え】

          自己紹介VOI.1(幼少期~18歳まで)

          はじめましてー! 潜水士のかずひとです!!!  今日は初投稿ということで 自己紹介させてもらいます!  生まれも育ちも本島で 中学を卒業して漁師の道に進みました。 昨年、結婚し子宝にも恵まれ 今は妻と娘3人で本島で暮らしております🏝️  では、本題に移りましょう。  今日は 僕が、漁師になった経緯や 漁師になって感じたことをお話します。 漁師になると決めたキッカケは 幼少期でした。 祖父と父が漁師をしていて 幼い頃お手伝いに(遊びにかな。笑) ちょくちょく漁に付いて行

          自己紹介VOI.1(幼少期~18歳まで)