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ルールはマジックの歴史の地層だ

今年5月、私はレベル1ジャッジの資格を取得した。
前々からマジックのルールについては多少自信があり、仲間内でも「ルールに詳しいおじさん」的な立ち位置を確立していたのだが、それを客観的な証としてジャッジ資格という形で持ちたいと思ったのが経緯である。

私は『マジック・オリジン』の頃にマジックを始めた。
2015年のことだから、私のマジック歴は7年と5ヶ月程ということになる。
最初はスタンダードに触れ、組んだのはエスパードラゴンだった。《龍王オジュタイ》は最高のフィニッシャーだった。現在連載中の『カードゲームうさぎ エピソード・ライ太』のブルードラゴンのイメージはこれだ。置物破壊能力ないけど。

思い出深いので今も統率者デッキを組んでいる。

その後、ローテーションでオジュタイが使用不能になると、特に使いたいデッキがある訳でもない私は、私生活が忙しくなっていたこともあり、一旦マジックを離れた。

カラデシュ期にマジックに戻ることになるが、オジュタイが忘れられず「ローテーションのないフォーマットなら使えるのでは?」とモダンに参入。モダンでオジュタイがほとんど通用しないという現実に脳を壊され、握ったのはジェスカイナヒリエムラシュートだった。

割とこの時のデッキ選択が意味不明なのだが、「ジェスカイカラーが使いたい」と思って、当時成績の良いリストが確かこれだった気がする。
その後、トリコトラフトと心中することを決めたり、統率者もカイカで組むなどして、ジェスカイカラーをひたすら擦り続けている。

私がモダンを始めてすぐに、2つの洗礼を受けた。
1つ目は「2/3の《タルモゴイフ》に《稲妻》を撃つ」という、モダン初心者あるあるである。ここで私は状況起因処理という形でマジックのルールの奥深さを知るとともに、「ルールを知らないとプレイを誤る」という教訓を得た。

2つ目は「親和相手に《石のような静寂》を置くも、対戦相手が《頭蓋囲い》の装備能力を使い、結果殴り負ける」という、対戦相手のルールミスによる敗北である。本来《石のような静寂》下では装備能力の起動も行えないが、装備がキーワード能力であったため、テキストから起動能力と分からず、相手が起動しても指摘できなかった。

対戦後にジャッジに確認して不正な処理であったことは分かったが、既に結果が確定しているため、私の敗北となった。ここで私は「ルールを知らないと勝敗が入れ替わる」「ジャッジはすぐに呼ぶ」という教訓を得た。
かくして、モダンを始めてわずか1カ月足らずで「モダンで生き残るには、ジャッジに相当するルールの熟知が必要である」という、今になって思えば割と異常な結論に至った。

ルールを勉強していく中で、私はモダン範囲外のものも含めて非常に多くのカードや能力を知ることにもなった。
《謙虚》は特に有名であるが、《虚空の大口》や《ヴェズーヴァの多相の戦士》といった、一度もプレイしたことのないカードの能力や関連するルールを知ることになった。待機やフェイズ・アウトなど(当時は)そこまで使われていなかった能力も、ルールの中に出てくるので覚えることになった。
モダンで生き残るために始めたはずのルールの勉強は、「ルール的にややこしいのはむしろ、ルールが未整備だった頃」という至極当然な理由で、ほぼ常にモダン範囲外に脱線し続け、気づいたら「モダン範囲もエターナル範囲も大体ルール知ってるおじさん」が爆誕した。
「その時間使ってモダンの練習してた方がいくらかマシだったんじゃ……」と言われたら返す言葉もない。

結局のところ、エターナル環境までルールを知っていることは統率者をプレイする上で有用だったし、マジックというゲームの理解が深まったので、ルールの勉強をして良かったと今になっては思う。
そして今、私はタイトルのように「ルールはマジックの歴史の地層だ」と思うようになっている。
マジックのルールの変遷は、マジックの歴史の一側面だ。ルールを勉強していると、かつての私のように数々の(多くはルール的にクセのあるものではあるが)カードや能力と触れあうことになる。
また、「フェイズ・ゼロ」のようなルールの悪用デッキとそれを防ぐためのルールの変更や、授与や《イクサランの束縛》の登場によって呪文を唱えられる条件が変更になったりという、まさに当時の出来事も含めてマジックの歴史を学ぶことに繋がった。
私自身、冒頭の通り7年と5ヶ月程しかマジックをやっていないが、ルールを通してマジックの30年間と触れ合うことができた。思うに、マジックの歴史を振り返る最も手近な題材は実はルールなのではないかと思う。

マジックのルールを学ぶことは一種の考古学に似た営為であるが、考古学であるならばそれを通して未来を想うことも可能だ。
最近あった事例に、「《セラの模範》が登場当時の総合ルールでは、厳密には意図した挙動をしなかった」というものがある。この例のように、マジックは今もなお既存のルールで扱えないような挑戦的なカードを印刷し続けている。
マジックのルールを学ぶことは、マジックがこれまで30年で積み上げてきたものを学ぶことだ。ルールを学んで30年の積み重ねの上に立つことで、マジックが新たな地平を切り拓く瞬間を生で実感できる。未知の能力が発表される度に、「これはルール的にはどういう作用をするのだろう?」と考える楽しみが生まれると私は思う。


マジックのルールは複雑だ。これはマジックのルールに少し興味を持った方なら、ちょっとルールを調べて感じることだろう。
しかしそれを、マジックのこれまでの30年間の積み重ね、歴史の地層だと思うと、人によっては興味を持って頂けるのではないかと私は思う。
そこで今回、「あなたとマジック30周年」というテーマでこの記事を書いた次第である。

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