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IBM THINKブログ:Qiskit Runtimeで動的回路を最大限に活用する(2022/12/09、ニュースリリース)

※IBMからIBM(R) THINKブログに掲載しま内容のお知らせを受けました。

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IBM THINKブログ:Qiskit Runtimeで動的回路を最大限に活用する
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公開先: https://www.ibm.com/blogs/think/jp-ja/quantum-dynamic-circuits/

私たちは、有用な量子コンピューティングのための重要なマイルストーンを達成しました: IBM Quantum System One上で動的回路を実行できるようになったのです。

動的回路は、近い将来、量子優位性を実現するための新しい道を拓く強力な機能です。リアルタイム古典通信を量子回路にシームレスに組み込むことで、この機能は近未来の量子ハードウェアで実行可能な回路の種類を大幅に増やすと同時に、わずかなゲート数で必要なワークロードを実行する方法を提供します。動的回路は、将来多くの量子アプリケーションで重要な役割を果たすことになるでしょう。

動的回路とは何でしょうか。量子回路は、ゲート、観測、リセットなどの量子ビットに作用する量子演算の一連の流れを指します。静的回路では、実行中に生成されるデータに依存した量子演算を含みません。たとえば、静的回路では観測用の演算は回路の最後に実行され、他の演算に影響を与えません。一方動的回路では、量子ビットのコヒーレンス時間内に古典的な処理を組み込めます。量子回路の途中に観測を配置することができ、観測によって得られた値から次に適用するゲートを決定するフィードフォワード演算を行えるのです。

実験的な制約がなければ、数学的な意味で静的回路と動的回路は同じ計算能力を持っています。つまり、動的回路で表現可能な問題は、静的回路でも表現可能です。しかし動的回路は、実際のハードウェア上の制限克服に役立ちます。特に、動的回路によって、回路の深さと幅をトレードオフできるようになります。これは、動作する回路の出力がノイズによるものなのか区別のつかない場合に効果的です。

■動的回路の威力を探る

量子研究コミュニティでは、すでに多くの動的回路の応用例が知られています。量子誤り訂正、量子シミュレーション、量子機械学習など、その応用例は多岐にわたります。

誤り訂正を例にとってみましょう。誤り訂正では、量子情報を多数の物理量子ビットに跨りエンコードし、いわゆるシンドローム測定を繰り返し行うことでエラーの存在を検出します。シンドローム・データからエラー箇所を特定するには、リアルタイムに古典的演算であるデコード処理をする必要があります。誤り訂正を実現する上で大きな課題となるのが、誤り訂正後のプロセッサで論理ゲートを実行することです。これらのゲートを実現する方法として、ゲート・テレポーテーションとゲージ固定という2つの方法がよく知られていますが、いずれも実現には回路途中での観測によるデコーダーからのフィードフォワードが必要です。

また、トポロジカル量子秩序や量子相転移などの量子シミュレーションのために、動的回路は静的回路よりも、複雑にもつれた量子状態を実現するのに優れていることが証明されています。トポロジカル量子秩序では、格子状に交わる量子スピンをシミュレートしています。そのシステムを極低温まで冷やすと、量子スピンはとても複雑にもつれあった状態になります。動的回路を用いない場合、このシミュレーションは格子の大きさに比例してスケールします。つまり、格子の大きさが2倍になれば、対応する回路の大きさも2倍になります。しかし動的回路を用いれば、格子のサイズが大きくなっても対応する量子回路はほとんど大きくなりません。このため、量子回路の深さの面で、指数関数的に高速化できるのです。

このようなトポロジカル量子秩序のシミュレーションができれば、量子機械学習で学習することにより、どの量子位相に属するかを理解することができます。なお、量子位相とは、固体、液体、気体などの物質相を量子化したようなものを意味します。

最近、ハーバード大学のミハイル・ルキンが率いるグループが、この分類分析を行う量子ニューラル・ネットワーク1を考案しました。量子ニューラル・ネットワークは、2種類のゲート層を交互に繰り返す回路です;初めに畳み込みのステップを実行し、重要な情報だけが残るようにフィルタリングします。次にその情報を強めるプーリング・ステップを実行します。これらのステップを実行するには、状態を位相に分類しながら層を切り替えるため、観測とフィードフォワードが必要となります。

以上、3つの例を挙げましたが、これらは動的回路がユーザーに提供できる可能性のほんの一部に過ぎません。

■IBM Quantumハードウェアに動的回路を搭載する

IBM では、数年前から動的回路を研究しています。最近では、多くのアルゴリズムにとって重要な基本技術となる位相推定について、静的回路と動的回路の性能を比較しました。そのためには、弊社のハードウェア・エンジニアと二人三脚で必要なフィードフォワード演算を実現する必要がありました。

この機能をより広く利用できるようにするためには、膨大な労力が必要でした。例えば、データをリアルタイムで移動できるように制御ハードウェアを再設計するなど、基盤となるインフラのかなりの部分を作り直さなければなりませんでした。OpenQASMをアップデートして、フィードフォワードおよびフィードバックの制御フローを持つ回路を記述できるようにする必要がありました。また、コンパイル・ツールチェーンを再構築して、これらの回路をシステムが実際に動作するように変換する必要がありました。

そして2022年、18のIBM Quantumシステム(高速読み出しのために設計されたQPU)で動的回路を展開します。ユーザーはQiskitか、直接OpenQASM3を使ってこれらの回路を作成できます。backend.run()インタフェースを通じて、どちらの形式でも実行できます。来年早々には、Qiskit RuntimeのSamplerやEstimatorプリミティブで、動的回路を持つペイロードも実行できるようになると期待しています。

究極的には、動的回路は、ハイ・パフォーマンス・コンピューティングの次の波である量子中心型のスーパー・コンピューティングを推進するための、私たちの様々な活動の一部となっています。私たちは開発ロードマップに沿って、量子リンクと古典リンクのいずれでも拡張可能なモジュール型量子プロセッサーを設計しています。私たちのチームは、大規模な量子回路を小さな回路に分割し、複数の小さなプロセッサーで並列実行する方法を研究しています。この手法にはコストがかかりますが、nをカットするゲートの数としてオーバーヘッドはおおよそO(9n)でスケールします。しかし、複数のQPUにまたがる動的回路を用いれば、そのオーバーヘッドをO(4n)にまで削減できます。

この実行モデルをLocal Operations with Classical Communication(LOCC)と呼んでいます。

動的回路は、最新のプロセッサのための新しいツールというだけでなく、我々の使命である有用な量子コンピューティングの実現に向けての一歩です。ぜひいち早く試してみてください。

フィードバックとフィードフォワード演算を用いた回路実行の探求は、量子回路の可能性を広げます。チュートリアルを体験してください。

1.Cong, I., Choi, S. & Lukin, M.D. Quantum convolutional neural networks. Nat. Phys. 15, 1273–1278 (2019).https://doi.org/10.1038/s41567-019-0648-8

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本記事は「Bringing the full power of dynamic circuits to Qiskit Runtime」を抄訳し、日本向けに加筆したものです。

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