ヒューマンライツ・ポリス
序
アリピプラゾールを1錠、口に含んでからミネラルウォーターで胃へ流し込む。一時間もすれば、抗うつ作用として、ドーパミンが分泌され、その炎がわたしの神経を焼き尽くすだろう。
ネクタイを締め直し、やや乱れた髪を手ぐしで整え、車のミラーで顔を見る。こけた頬に鋭い眼差し、神経質そうな男──いわゆる、わたし──が映し出された。ペルソナのようなその面が歪む。何を怒っているのか、このやせっぽちは。
車外は生憎の雨であり、霧けぶる摩天楼は、まるでわれわれの墓標のように、灰色に揺らめいている。これでも晴れの日は、白亜の外壁と晴天が、モダン・アートの様に映えるのだが、ここ数日の雨による水煙によって、その芸術的価値は認められないでいる。
ビニール式の座席にもたれ掛かり、天井を見て息を吐く。まだだ、まだドーパミンは燻りはじめたばかりで、わたしのニューロンを焼き払うには至らない。再び外を見る。水煙のヴェールに揺らめく墓標のひとつに、今回の標的≪ターゲット≫がいる。
墓石の下、シックス・アンダーフィートの柔らかな土と、腐肉をはむウジ虫のような輩だ。わたし──人権警察──が取り締まるような、情け容赦ない人権侵害者がそこにいるのだ。
人権警察は、人の権利に踏み込むならず者を許さない。当たり前だ。右の翼をくだき、左の翼を切り裂くのがわれわれの仕事だ。老若男女のいずれにも偏るものは、この新世界に相応しくない。
焦燥感が宿る。アリピプラゾールが作用してきた。身震いをし、拳銃を片手に社外へと飛び出す。弾は込めた。セイフティも外した。何をすべきかも理解している。雨が当たるが、燃え盛るドーパミンの炎を鎮めるには至らない。
ケブラー繊維のコートの右手側に、人権警察のデジタル・アートが蛍光色で表示された。さあ、仕事だ。わたしは、この世界の権利を侵害する不穏分子を処罰する!
≫≫続く
#逆噴射プラクティス
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