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混沌の落胤は水とともに地に満ちて(7)後編

擦りきれた外套を、翼の如くはためかせ飛来する二人に反応し、『獣』らが中央部へと集結する。

『女狩人』の斧槍から、着地と同時に放たれた石突の一撃によりまず一匹が頭を地に縫い止められ、口を開いた二匹目は、『狩人』の剣閃により開きにされた。

乾いた瓦礫を濡らす、粘度の高い黒い血。大挙する『獣』たち。

『狩人』が剣を振るう。暴風のごとき剣の軌跡は、止むことなく『獣』の群れを行き交い、鈍い銀の閃光が瞬く度に、『獣』の肉が、血が、攪拌されては地面に落ちて、汚らわしいあだ花を咲かせていた。

『女狩人』の斧槍が一度に複数の『獣』を引き裂いた。振るえば嵐。突けば津波。引けば落盤。とにもかくにも、刃の血は渇かず、凶刃に外れあらまし。一撃振るえば『獣』は挽き肉と化し、余波により石畳は砕け散る。

やがて通常の『獣』とは違う個体が現れた。いわゆる群れを統率するアルファ個体か、上半身は胸筋が膨張し、両腕は霊長類のごとく長く、発達した骨が手甲のごとく腕を守る。下半身は偶蹄目のごとき四肢。肉は厚く、骨は堅い。背中には粘液にまみれた触手が花開く。

声なき咆哮のごとき威圧が、細切れにされた死骸を、『狩人』らを吹き飛ばす。『狩人』らは『獣溜まり』の外壁に着地、そのまま二手に別れ、外壁を疾走した。

右から『狩人』が、左から『女狩人』が同時に切り結ぶ。斧槍は腕の骨にヒビを入れ、剣は前足に生えた剥き出しの腱を断つ。

膝をついたアルファ個体。轟音と地響きのなか、舞った粉塵を切り裂いて、銀の閃光が幾重にも走る。触手を、肉を切り裂かれるアルファ個体。

しかしすぐに切られた腱は再生し、アルファ個体が戦車のごとく、『獣溜まり』を疾駆する。中央に着地する『狩人』ら。

遠心力を利用した、長い腕の一撃が二人目掛けて振るわれる。しかし『女狩人』は回避せず、己の肉体の力を引き出した。

膨張する筋肉、体の奥から込み上げた力に呼応するようにカンテラの炎が爆発するように膨張する。激しい圧を伴ったアルファ個体の一撃は、派手に土煙をあげ、『獣溜まり』周辺のアスファルトや、脆いビルを衝撃でかち割り、あるいは派手に破壊した。

しかし──

『女狩人』は健在。筋繊維は切れた途端に回復、より強靭に膨張し、地に足を食い込ませながらも一撃を受け止めていた。

アルファ個体は、なけなしの知性を以て驚愕した。それゆえに「隙」を作ってしまった。

『狩人』の存在に気づくと同時に、『狩人』が放った剣閃で肘から先を切り飛ばされるアルファ個体。

上げられぬ悲鳴を表すように身悶えした瞬間、振り上げられた『狩人』の剣が、肉体を半ばまで切り裂く。マグマのように粘度の高い黒血が吹き出す。『狩人』は躊躇いなく、アルファ個体の体内へ侵入した。

『女狩人』と同じく、肉体は膨張し魂の炎は燃え盛る。通常の生物とはだいぶ異なる様相を呈した器官を見つけては、握りつぶし、引き裂く。握りつぶし、引き裂く。握りつぶし、引き裂く──。

無惨に引き裂かれたアルファ個体の体が内側から破壊される。時折、皮から『狩人』の手が突き出てくる。こぶのようにアルファ個体の表皮が膨張しては収縮し、骨の破片が内側から肉を切り裂いて出現し、腕は付け根から捻れて、血を吹き出しながら千切れてゆく。

そして、背部の触手、その付け根が持ち上がり──血を噴出し、砕けた背骨とミンチになった臓器を伴って破壊され、おびただしい黒血と肉片と共に『狩人』が飛び出してきた。

最早肉塊と呼ぶに相応しいアルファ個体は、再生能力を超過したダメージにより、すでに息絶えていた。

鈍い音と共に、肉塊が地に臥す。『獣溜まり』には、『獣』の屍が散乱し、黒血が外壁にまで飛び散っていた。

『女狩人』は周囲を見渡す。そして──

「居たよ」

まだ硬質化していない、軟性の外壁内部に囚われた『子孫送り』の少女を見つけた。

『狩人』は素手で外壁を千切り、粘液にまみれた少女を救出する。痩せた胸は微かに上下していた。外套の隙間から見える『狩人』の目が、穏やかに歪む。

その間、『女狩人』は外壁をみて回る。硬質化した外壁に埋まるのは、『獣』や『子孫送り』。まるで琥珀に埋まる化石のごとくあるそれらに目配せし、『女狩人』はついに見つけてしまった。

「──おい」

『狩人』は少女を背負い、『女狩人』へと近寄る。そして、『女狩人』が指し示すものを見た。

「…………!」

硬質化した粘液におおわれた一組の『子孫送り』と、その腹から伸びた臍の緒に繋がれた、蠢く"それ"。

「『子孫送り』同士の、子か」

『女狩人』は呟いた。『うみ』で元々地球にいた種を自分たちと同じ位階に至る種になるまで改造するのではなく、改造した個体同士に、より近しい種が生まれるまで繁殖させる。

荒い呼気。『狩人』の呼気に動揺と恐怖が入り交じるのを、『女狩人』は聞き逃さなかった。

「──どうしたね?」

『狩人』は答えた。

「……あの時、渋谷ハロウィンの時──」





「義妹は、妊娠していたんだ」


【つづく】

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