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混沌の落胤は水とともに地に満ちて(改稿版)

渋谷の交差点。

カップル、親子連れ、ジャージの無頼漢、誘導する警官、ゴムでできた仮面の狼男。ポリエステルの黒い尖った帽子を被る魔女。血糊で汚れたナース。

手には缶酒、杖などの小道具。フードサービスの袋。口を歪め歯を剥き出して、喜怒哀楽を吐き出して、混沌とした音声を産み出していた。


久方ぶりの渋谷ハロウィンに湧く人々の中に、鎧を纏うものがいた。

車のヘッドライトを照り返す鈍い光沢。風に吹かれた草のような、曲がりくねった装飾。出来合いの衣服とは異なる質感は、否応なしに衆目を集める。

一人、二人。
人々の好奇の視線と声。

三人、四人。
よくできた鎧姿に対する羨望。

十人、二十人。
不安と猜疑の視線。

百人……。
無頼漢からの怒声と警官の静止。

鎧姿の騎士たちの手には、手持ちの鐘。幾何学的紋様を刻まれたそれは、済んだ音色ではなく、金属と金属をぶつかり合わせた、耳障りな雑音を響かせる。

騎士たちは夜空を見上げる。汚染物質と暗い雲のヴェールの彼方、煌々と空をめぐる星々。蒙昧という眠りにつく人々を嘲笑う光は巡り、黒い夜空に円形の軌跡を描く。

星は定められた位置に着き、彼岸と此岸の眼があった。

そして、騎士らが剣を抜き──

空が、落ちてきた。


□□□□□□■


曇天の隙間から差す光芒が、冠水した渋谷を、苔むしたコンクリートの廃墟を、断裂し、汚水により水没した道を照らしていた。苔と水垢まみれの道を行く『狩人』。

草臥れた外套、艶の失せた革鎧、背中に剣を背負い、カンテラの蒼い炎は、時折心臓の鼓動のように揺らめいた。

狩人の目の前にあるビルが、砂の城のようになだらかに崩落する。粉塵の彼方から、粘液を纏う、背から触手を生やした四足獣と、鎧を纏う『騎士』が駆けてくる。

『狩人』は剣を振り抜いた。『獣』は両断され、狩人の両脇を断面図と、ゲル状の黒血が通りすぎてゆく。『狩人』は剣を構える騎士へ、切先を突き付ける。


「弟と義妹はどこだ」



【つづく】

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