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逆噴射小説大賞応募作(2020版)

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・「ジャック・バーンズ」 ・「V・チューヴァー」 ・「グリター・イズ・ノット・ゴールド」 ・「黒糖」 ・「急急如律令ノ如ク遂行(オコナ)フベシ」
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急急如律令ノ如ク遂行(オコナ)フベシ

使役霊(ドローン)の景色を共有したわたしは、関西軍の敷地を駆ける。麻の三つ揃えと黒の外套は式神の保護をうけ、わたしを支える鎧と化して、風のよう疾(はや)く、忍び寄る闇のように閑(しず)まり、歩みをすすめる。 歩哨の視界を避けて、心斎橋の路地裏を抜けるとけばけばしいネオンに彩られた街並がわたしを出迎えた。山高帽を深く被り、誰とも目を合わせぬよう、人混みにまぎれる。ポン引きの煩わしい声かけや、酔漢やパンパンの破廉恥な嬌声が耳を苛む。 毒々しい光彩に目が慣れてきたころ、わたしの

黒糖

ナイフで純白の粉末が詰まったパックをほんの少し突き刺す。先端に残る白い粉末を舐めると、豊かな風味が口内を満たして、微かな酩酊感が血管を駆け巡り脳へと至る。 弛んだ頬を吊り上げたブローカーが中空をスワイプし、画面を呼び出す。送金した。画面に透けて見える金額は6000万クレジット。黄ばんだ歯を剥き出しに笑う男達が、箱詰めされた粉末を二度叩く。 「取引成立だ。ブツ20箱、巧く捌けばアガリは億までいくぜ」 「ありがとよ、ラザルスキ」 おれは音声ログにやり取りを記録し、拳銃を取り

グリター・イズ・ノット・ゴールド

ネイビーのベントレー・ベンツ、革張りの後部座席に座る「フランシス・ライリー」は緊張をほぐすため、天井を見上げると長い息を吐いた。 助手席からテイラーがケースを渡してくる。受け取り、キーコードを打ち込み開封すると、中には保護液で満たされたシリンダー。中央にはコンタクトレンズらしきもの。 『はめろ』 血中ナノマシンから耳小骨を通じて、聴神経に声が伝わる。神経質な響きをもつ声に従い、コンタクトレンズをはめる。 グリット、自身のバイタルサイン、スーツの脇に吊り下げた銃の残弾数

≪V・チューヴァー≫

「美那事まもる」は、Vチューバーだ。 週末になるとガワを被って、リスナーからのスパチャを貰い、「美那事まもる」として活動している。 新規でVチューバーをやろうとするやつは、基本的には個人で、非営利としてやる人間が多い。 Vチューバーの歴史は深く、古参の活動者と比べると新規参入者は知名度も低く、話題性もないので利益につながりにくい。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆ かつては「東京」と名前がつけられていたこの猥雑な都市は、いまや外資の参入がありすぎてどんな名前かもわからない。 入

ジャック・バーンズ

『正義は必ず勝つ!この勝利を妻のアマンダと娘のヴィクトリカに捧げます』 車内テレビから、アメリカン・ヒーローのインタビューを見る。マスクの下からでも判る歓喜の表情が、次には凍りつく可能性がある。 『目標を発見しました』 ベントレー・コンチネンタルに搭載された戦術支援AI『A.I.G.I.S』が慇懃に告げる。わたしはサングラスをかけて、ギアを入れる。 輸送機の後部ハッチが開放され、減圧が開始される。バックミラーに映る美しい蒼穹。ここは天と地の狭間、ロサンゼルス上空200