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秘密はオーガニックのイチゴ味


私の夢の中にいるもうひとりの私。ちーぼーというおっさん。ショーコさんって彼女と同棲中。今はその夢の中で朝の光景を見せられているところ。
目の前にはガリっとやいたトースト。
ちーぼーはひくほどいちごジャムをのせた。
「おっさんかけすぎじゃね?パンの味わかんの?」ショーコさんのあきれた声。
ちーぼーは
「パンの味とかどうでもいいっす」
と言っている。
おーおー。朝は米粒っていってたお前さんが彼女ができたら好みまで変えるんだな。イチゴジャムも好きになったのかよ。
「…。好みは変わらんけど。」
どういうことだ。
「夜にわかるよ。それにパンもなれたら悪くない。」ちーぼーはイチゴジャムのトーストをガリっと噛んだ。

暗くて狭い夜の台所。
誰かが冷蔵庫の前に座って何かごそごそしている。そこは、ちーぼーのアパート。
あの小さい背中はショーコさんだな。

ちーぼーは彼女に声もかけず後ろ姿をみている。あれなにやってんだと思う?私はちーぼーに聞いてみた。ちーぼーは私にしか聞こえない声で答える。
「あれね。たぶんいちごジャムなめてんのよ。」
は?夜中にこっそり?堂々なめりゃーいいじゃねぇの。何かあるんかな。
「いやいや。わかってないねあんた。」
ちーぼーは少しため息をつく。
「あの人はね。あんたみたいなデブスと違って標準の人なのよ。で、看護師さんなのね。」
それがなにか??
「日頃さ。食いすぎどうとか何とか、病気の人に健康とか言ってる人なわけよ。だから色々気をつけたくて日中色々やってるけど時々。ああいうことしたくなっちゃうんだと思うんだ。」
でも隠れてすることないんでない?
なめてていいんだよ、って言えばいいじゃん。
「それじゃあダメだわ。」
ショーコさんはジャムをなめたスプーンを洗い始めた。
ちーぼーはそっと布団に戻る。
「俺が見てるってわかったらさ。あのひとすごく気まずいと思うよ。もっと自分に厳しくなっちゃって、夜中のジャムも我慢するかもしれんのよ。そんなことになったらダメでしょ。」
台所からはスプーン洗い終わって歯磨きに向かう小さい足音。
「ショーコさんみたいな日頃自他に厳しいヤンキーが夜中にジャムこっそりなめるって。かわいいが過ぎるだろ。」
ちーぼーはショーコさんに顔が見えないような姿勢で寝たふりの体制。
「ヒトってばさ。ちっさいひみつはいくつかある方が面白くね?あなたも夫の全てを知ってると思っていないし、夫に全てを知られてる、とも思いたくないでしょ。小さい秘密を持つ様子が可愛いと思える人としか暮らしたくないよね。」
どう?とちーぼーに聞かれたら頷くしかなかった。
隣の布団に戻ってきたショーコさん。
寝たふりに気付かずちーぼーの布団を半分奪い身体にぐるっと巻き付ける。
ちーぼーはされるがまま横を向いている。
やつはかわいいひとの為に、明日補充するジャムのことを一瞬考えてた。
オーガニックのやつにしろよ、少し高いけどそっちの方が満足感爆上がりですごく美味しいからな。
「わかった。そうする。」
ちーぼーはそれだけ言って本気眠モードに移行していく。
私にはもう少しで朝が来ようとしている。

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