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質的研究のためのリサーチ・アプリ活用法   Obsidianの思考 Ⅰ-1 Obsidian とは何か

人間の脳は非線形です。私たちは常にアイデアからアイデアへと飛び移ります。
あなたの第二の脳も同じように機能するはずです。
Obsidian Homepage

はじめに

大変ご無沙汰しましたが,新しいnoteを公開します。
当初の予定では,前回のアウトラインの議論を踏まえて,アイデア・プロセッサを紹介しながら,ダイアグラムの利用について考える予定でした。
ただし,かなり時間が経ってしまったので,この連載noteの主眼であるObsidianにテーマを変更することにしました。
(アイデア・プロセッサについては,教育現場でのダイアグラムの活用法というトピックを考えているので,のちに改めて書くことにします)。

この間,Obsidianの開発は急速に進み,日本での認知度も高まり,Obsidianを紹介する本も何冊か出版されるようになりました。
私自身,Obsidianを使い込むうちに,活用法もかなり進化しました。

そこで,リサーチ・アプリとしてObsidianを活用するという,このnoteの視点に立って,今回のnoteは,二部構成で,Obsidianの紹介に入りたいと思います。

第一部 その1 「Obsidianとは何か」では,Obsidianの基本的特徴を押さえます。
その2 以降では,「第二の脳をめぐって」・ PKMルネサンス」と題して,Obsidian (あるいは Roam Research や Logseq などの次世代ノートアプリ) に関してさかんに言及される,「第二の脳」・「PKM」などの考え方を,歴史的背景,概念の相互関係から考察します。
さらに,次世代ノートアプリの未来への展望まで考えてみたいと思います。
そして,最後の 理解のスペクトラム」では,これらの概念や,このnoteの前提になっている「情報デザイン」という考え方を基礎づける,「情報とは何か?」という大前提について考えます。

すでに Obsidianを使っている方々にとって,このnote の内容は,今更感があるかも知れません。しかし,Obsidian をまだ使ったことがないという方や,以後の論述も考慮して入門的なことも含めて書きます。
その2 以降の議論は,幾分抽象的なものになりますが,Obsidianとはどのようなアプリなのかについて理解が深まり,活用法も広がるのではないかと思います。

さらに,第一部の内容は,第二部の前提としての役割を持っています。
今こうして書いている第一部の文章は,Obsidianで情報を整理・分析して書いています。
そこで,第二部では,第一部がどのように書かれたのかを,Obsidian の使い方を含めて説明します。つまり,第二部は,第一部のメタレベルを論じようという趣向で,これによって,わたしが Obsidian をどのように活用しているのかを知っていただけると思います。

二部構成のnoteは,全体として「Obsidianの思考」というあいまいなタイトルにしました。そこには,「Obsidianの開発者の思考」,「Obsidianが生まれた背後にある思考」,そしてわたし自身の「Obsidianによる思考」・「Obsidianによる思考法」という複合的な意味が含まれているわけです。

Obsidianの特徴(1)

Obsidian は,Windows, MacOS, iOS, Android で動くマルチプラットフォームの無料ノートアプリで,プラットフォーム間の同期もできます。
2020年に開発が始まってから,PADAone氏によって日本語化されて急速に認知度が高まり,note内でも数多くの紹介がなされるようになりました。
また,書籍も何冊か出版されていますが,とくに,ぷーおん氏の『Obsidianで[[つなげる]]情報管理術』や増井敏克氏の『Obsidianノート術』などが出版され,全体像を見渡すことができるようになりました。導入方法などはnoteの記事や書籍を参照してください。

Obsidian の特徴や設計思想は,Obsidian のWebサイトに端的に示されているので,Webサイトに沿って,以下見ていくことにします。

「Obsidian は,永遠にあなたの第二の脳です。」というのが,トップ画面のコピーです。この第二の脳という概念が,Obsidian のキーワードになっているわけです。では,第二の脳とは何かということですが,これについては,その2で検討することにします。

その下の行には,「Obsidianは 強力な知識ベースであり,ローカルフォルダー上にある,プレーンテキストマークダウンファイルから構成されています。」とあり,ここに,Obsidian の具体的な特徴が示されています。

(1) 知識ベース(ナレッジベース)は,情報を蓄積するデータベースであり,情報の保管庫の役割を果たします。Obsidian では,このデータベース全体を Vault (ボルト)と呼んでいます。

(2) その情報は,プレーンテキストで構成され,ローカルフォルダーに保存されます。
これは,先行のRoam Research と大きく異なる点で,テキスト・エディタなど他のアプリから参照・編集しやすく,万一 Obsidianがなくなったとしても,他のアプリに移行しやすいという利点が あります。
(Roam では,データを記録しているサーバーが破損するとすべてのデータが失われる危険性があります)。
また,フォルダー形式をとっているので分類もしやすいです。
(分類の是非については,あらためて論じます)。

(3) (2)がObsidian の速度を産み出しています。その即応性は,類似のノートアプリに対して顕著で大きな利点になっています。それは,TfT Performance: Interim Resultsというサイトの以下の画像に明らかです。

アプリの開始までの時間
ノートのオープンまでの時間

(4) マークダウンは,テキストに # や * などの記号(マークダウン記法)を挿入することで,段落・箇条書き・強調などの装飾を簡単に表現できる形式です。


次に,その下の画面に移ります。

(5) 「全てがつながっています」。これはその下の行で「Obsidian では、つながりを作ったり、たどったりすることが摩擦なくできます」。と説明されています。つまり,ノートがリンクによって接続されている構造を簡単に作ることができるということです。

リンクには,幾つかの種類があります。
① ウィキリンク。Wikipedia のような,ノートとノート間のリンク。
これは,あるノート内に,[[Wikilink]]という形式で記述することで,そのノートが「Wikilink」というノートとつながり,バックリンクフォワードリンクとして双方向にリンクします。
とくに,これによって,あるノートが,他のノートから参照されているかどうかが分かります。このリンクは,単語(あるいは,句・文)とノート間のリンクです。

トランスクルージョン(transclusion)。これは,ハイパーテキストという言葉を生み出したテッド・ネルソンの造語です。
トランスクルージョンとは,あるノートの一部分(Block)を,他のノートに埋め込む機能です。これは,論文書きにとっては必須の機能です。

学術論文は,先行研究の検討(研究史整理)とデータ分析が基盤となり,その上にオリジナリティーが付加されます。特に人文学の科学性は,他の研究者がその二つを検証できることによって担保されます。
(それを理解していない学生によって,コピペ問題が大きな問題になっているのは周知の通りです)。
Obsidian では,トランスクルージョンによって,引用元が確実にたどれるわけです。

このように多様なリンクが可能なのも,Obsidianなど新しいノートアプリの特徴です。リンクとトランスクルージョンによって,W.W.W.よりはるか以前に,ザナドゥというネットワークを構想したテッド・ネルソンの夢が,個人レベルでとうとう実現したとわたしは考えています。

ただし,Vault 内の情報量が増大し,リンクが張り巡らされていくと,その関係をつかむことが難しくなっていきます。
各ノートは,リニアな文章(言語認知)によって構成されていますが,各ノートやブロックのリンクはネットワーク構造を持っています。
そこで,情報間の関係を見渡すための可視表現が必要になります(視覚による空間認知)。
Obsidian には,さまざまな情報の可視化表現法(ダイアグラム)があります。Obsidian のコア機能である Graph(このnoteの見出し画像)に加えて,拡張機能(コミュニティプラグイン)として MindmapJugglExcalidrawExcalibrain などがあり,ノートとリンクするマーカーを埋め込める leaflet(地図)もあります。これらについては,今後,追々紹介していきます。

また,複数のノートを同時に参照・編集できる機能も,多数用意されています。画面を分割して複数の区画(ペイン:pane)に分割する機能があり,同じノートの閲覧と編集を同時に行うことができます。
ただし,paneは分離できないので,独立したWindow にする機能もあり,また,最新の機能としてタブ機能も搭載されました。
さらに,ノートの中にリンクされている他のノートを,自動的にポップアップ表示して編集できる Hover Editor という優れもののプラグインもあります。

このようにして,Obsidian では,一度に一つの情報を扱うのではなく,ノートとノートを比較しながら編集することができます。
さらに,空間認知機能を用いて,ネットワーク構造をもった情報群とノートの言語認知との間でインタラクション(相互作用)しながら,新しい創造活動を産み出すことができます。以上を図示したのが,次の画像です。


Obsidian の思想

先の「Everthing is connected」の下には,Obsidian 開発の理念とも言うべき考えが二点表明されています。Obsidian の具体的特徴からはズレますが,ここで説明しておきます。

ノンリニアな構造


「人間の脳は非線形です。私たちは常にアイデアからアイデアへと飛び移ります。あなたの第二の脳も同じように機能するはずです。」
これは,このnoteの冒頭にも掲げた文章ですが,人間の思考が普段は,非線形(ノンリニア)で,連続的ではないさまざまな想念によって,一瞬一瞬移り変わっていくという認知科学的な捉え方をしています。

これは,私たちにとっても経験的に理解できることです。
線形(リニア)である文章を書いているとき以外は,まわりの環境とインタラクションしながら,さまざまな想念が浮遊し続けています。
さらに,文章を書いている時でさえ,書きながら別のアイデアをふと思いついて,文章の前後を飛びこえて書くこともまれではありません。これが私たちにとって自然な状態です。

会話(パロール)したり,キーボードに向かって文章(エクリチュール)を書いている時には,非線形的な情報は,時間軸に沿った線形(リニア)の情報に変換されます。
それは,パロールやエクリチュールが他者に向けられている,つまりコミュケーションの道具であるからです。

文章を書くということは,自分との対話であり,かつ,未来の読者との対話でもあります。そこで,他者に理解できるように論理的構造を持つ必要があるから,文章は順を追った直線的な構造を取らざるを得なくなります。

哲学者の野矢茂樹氏は,『新版 論理トレーニング』で,思考力論理力を区別してこう述べます。
思考の本質は飛躍と自由にある。閃きによって得た結論を,誰にでも納得できるように,そしてもはや閃きを必要としないような,できるだけ飛躍のない形で,再構成しなければならない。それが論理である」。
「閃き」=アイデアは思考力によって産み出され,論理力によって他者に向かって開かれていくわけです。
(この話の続きは,第二部で具体的に展開します)。

ところで,Obsidian の開発者は,「第二の脳でも同じように機能するはず」だと述べています。確かに,Obsidian に蓄積された情報間を飛び移ることによって,アイデアが生まれていきます。
情報間に関連性を発見し,その発見から産み出されるのがアイデアだからです。
ただし,ただ「飛び移」っているだけではなく, アイデアを整序して論理化していく機能も,Obsidianは合わせ持っていると思います。

庭師としてObsidianを育てる

そのあとの文章では,「庭師(gardener)のようにノートを手入れし、一日の終わりには自分の知識グラフ(knowledge graph)に驚嘆してください」とあります。
この「庭師のように手入れをする」という表現は,「デジタル・ガーデン」という考え方を背景にしています。
英国のデザイナーであり人類学者のMaggie Appleton氏の A Brief History & Ethos of the Digital Garden によって,その歴史と基本的考え方を紹介します。

デジタル・ガーデンという概念は,1998年にMark Bernstein氏のエッセイ(日本流に言う小論文)「ハイパーテキスト・ガーデン」に書かれたのが最初です。
この言葉は,彼のサイトによると,いくらでも自由に探索ができるハイパーテキスト空間を荒野として捉え,それにガイダンスを与え,ナビケーションできる構造を作り出す庭造りが必要であるという発想から生まれたようです。

その後,2015年に,Mike Caufield 氏が「The Garden and the Stream: a Technopastoral」という講演をおこない,現在のデジタル・ガーデンについての概念の基礎が築かれました。

「小川の流れは,知識を蓄積したり,情報を結びつけたり,時間をかけて成熟させてはいかない。庭園は,時間をかけてゆっくりと成長し,すべてのものが探索できる方法で配置され,風景の中に情報を提示する」。

この考え方を踏まえて,2019〜20年にかけて,ありふれたウェブ・フォーマットやレイアウトに対する反発を背景に,デジタル・ガーデンの議論がおこなわれたり,規約が作られるようになりました。

以上を背景に,進化し続けていくアイデアの集合体を作っていこうという発想から,デジタル・ガーデンは、進化したノートアプリを表現する言葉として使用されるようになったわけです。

さらに,最近では,ノートアプリの増加に伴って,アプリの性格を分類する概念の一つとして庭師(gardener)が位置づけられました。

Anne-Laure Le Cunff氏は,How to choose the right note-taking appで,アプリの利用者の性格を, ①建築家,②庭師,③司書 の3つに区別して,それぞれ,どのアプリが適しているかを論じています。

建築家(Architect)は,計画,プロセスやフレームワークの設計を楽しみ,アイデアを簡単に構造化できるメモツールを必要とする人々。
庭師(Gardener)は,探求することを楽しみ、さまざまな考えをつなぎ合わせ、簡単にアイデアを育てられるメモツールを必要とする人々。
司書(Librarian)は収集や資料のカタログを作るのが好きで、自分のアイデアを簡単に取り出せるようなメモツールを必要とする人々。

その上で,Obsidian は,②の庭師タイプのアプリであるとしています。

また,次回,詳しく紹介する Tiago Forte 氏は,④ 学生(Student) を加えて4区分にして,次のような図を作成しています。

ここでは,アプリの性格によって,縦と横の座標軸をとり,利用者と適合的なアプリが区分されています。

(1) 縦軸:ボトムアップ方式で自分が作り上げていくのか,あるいは,トップダウン方式で,アプリに備わっている構造を利用していくのか。
(2) 横軸: いろいろな発想を生み出す発散的思考(Divergent thinking)に向いているのか,あるいは,さまざまな情報からある解答を導き出す収束的思考(Convergent thinking)に向いているのか。(心理学者ギルフォードの区分による)。

ここでも,Obsidian は庭師向きであるとされ,情報の蓄積とネットワークによって,自由な発想を育てていくという特徴付けがなされており,開発者もそう考えているわけです。

ただし,Obsidian の位置づけが書かれたのは,2020年のことで,まだ,この4分類はありませんでした。
このような分類をして,じゃあ,Obsidian は庭師向きだけなのかと考えると,建築的要素もあるし,図書館的機能もあるし,他の分類に入れてもそれぞれの使い方ができるのではないか,という疑問も生じます。

実際,Forte 氏の最近(2022)のYouTube を見ると,下の画像のように,Obsidian は,ARCHITECT にも含まれています。Forte 氏の理解が進んだということだろうと思いますが(「適切なプラグインを使うと」と言っている),ついでに,全部に入れたら?🤗とも思わなくもありません。


Obsidian の特徴(2)

話を戻し,次に,WebサイトのAbout us というページを見ます。

「開発者のErica が,TiddyWiki や,The Brain などのアプリを試したが,個人知識ベースとしては満足できなかった」。
これにより,Obsidian 開発の背景には,Wiki や,ネットワークグラフを中心に据えるThe Brainノートアプリがイメージにあったことが分かります。

そのイメージを発展させて,
   ① ローカルでプレーンテキストにすること
   ② 第一級のリンクを作ること
   ③ 並外れた拡張性を実現すること
この3つを開発の根本的な方向性にしたわけです。

①と②については,すでに触れました。
③についてですが,Obsidian では,開発者が提供する拡張機能(コアプラグイン)と,開発者に承認されて公表されるコミュニティプラグインがあります。その「並外れた拡張性」によって,現在コミュニティプラグインは,600をはるかに越えています。(ちなみに,わたしはその内70余りを使っています)。

次の段落では,「私たちは Obsidian を個人的な知識ベース,あるいはあなたの「第二の脳」と呼んでいますが,あなたのノートのための IDE と考えることもできます」と述べ,Obsidian は IDE であるとも言っています。
IDEとは,Integrated Development Environment の略で,プログラミング開発におけるソフトフェアを,全体として統合する環境のことです。 上記のその後の説明では,従来の統合開発環境で用いられてきたノートを刷新する,別のノートアプリとしてObsidian が位置づけられています。

おわりに

以上,Obsidian の基本的特徴を紹介し,あわせて開発者の思想についても触れてきました。
Obsidian では,他にも、タスク管理,PDFのハイライト機能,リレーショナルデータベース機能,階層を持ったタグ付け,画像・動画などのマルチメディアの管理など,さまざまな機能が備わっています。

また,6万人を超えるDiscord, 3万5千人を超えるフォーラムがあり,その中心メンバーには,毎週,Obsidian の新しい情報を発信している歴史家で小説家でもあるEleanor Konik,プラグインの開発者でもある研究者のRyan J.A. Murphy,Emile van Krieken を始めとする各氏がさかんに議論をおこない開発に貢献しています。

これまで述べてきたように,Obsidian は,豊富な機能を持つ次世代アプリです。そこで,エクソンモービルや,世界銀行などにプログラムやサービスを提供してきた Austin Govella 氏は,「Why it’s hard to get started」 という文章で,いささか挑発的に,「Obsidian はノートを取るアプリではありません」と書いています。

その含意は,Obsidian は,単にノートを取ることで終わるアプリではなく,考えるための統合思考環境(IDE)であり,従来のノートアプリとは一線を画すアプリだということです。
このような位置づけは,今まで説明してきたことから理解していただけると思います。
問題は,この統合思考環境をどう使うかです。ユーザーがどのような目的をもって使うかによって,その人にとって,Obsidianが有用であるか無用であるかが決まってきます。
わたしは,レポートや論文を執筆する研究者にとって最適なツールだと考えているので,Obsidian をリサーチ・アプリと称したわけですが,それが唯一の活用法と考えているわけではありません。それぞれが自分なりの活用法を開拓して行けばよいわけです。

次回以降は,このような次世代アプリが登場した背景を含めて,さらに考察を進めていきたいと思います。



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