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夜の海水浴。

昭和30年代。祖父と父はアイスキャンディー屋を営んでんでいた。当然、夏は稼ぎ時。母も幼少のボクを自転車に乗せ、配達で毎日バタバタしていた。いま考えたらどこに乗っていたのだろう。荷台部分はアイスキャンディーを詰め込んでいた箱、もっと小さかった頃は、おんぶ紐で背中にしょわれていたそうだ。きっと母の前にいて、自転車にまたがっていたに違いない。

夏は大好きだった。別に家族旅行ができなくても、お店の前で遊んでいたし、近所の友達とも楽しく遊んでいた。そんなボクにも『夏の苦痛』があった。

でんぼとあせもだ。

でんぼって言うのは関西だけかもしれない。おできのことだ。きっと虫に刺され、かゆくてかく。そこにバイ菌がはいって化膿する。赤く大きくはれあがって熱をもつ。当時、母の対処法はでんぼの中心に消毒した縫い針をあて、プチッと穴をあける。そして両手の指で膿を絞り出すのだ。腕やふともも、ときにはお尻にできたでんぼを。

ぎゃーーー。やめてーー。

と幼少のボクが泣き叫ぶ。

あと少し。全部ださないとまた膿むよ、と母。

夏は大好きだ。だけど、でんぼは嫌いだ。あせもも嫌だ。

ある日、母か父か祖父母か…誰かはわからないけど、あせもやでんぼには海水がいいらしいよとなった。海水浴をすれば、あせもやでんぼも治るらしい。

…きっと化学的根拠はない…

じゃあ、家から電車で30分ほどだ。海水浴場に行けばいい。

家族総出で、家の仕事は忙しい。

幼少のボクを誰が連れていく。

母が出して答えは夜だった。

その日の商売が終わって、晩ご飯が終わってから行けばいいだった。母は祖父母の夕食も毎日作っていた。昭和の話だ。長男の家に嫁いだ母の仕事だったのだろう。

とにかく夜、海水浴に行くだった。

そのとき、父がいたかどうかは覚えていない。

人気のない暗い砂浜。母に手をつながれ、波の音の聞こえる砂浜をざっざっと砂を踏みながら歩いていた。

波打ち際。足元に波がおしよせる。

目の前は真っ暗な海だ。風が潮のにおいを運んでくる。

母がボクをだっこした。

ボクのカラダが海に沈んでいく。あせもがしみた。かゆみはない。水が冷たい。顔にかかる水はしょっぱい。

子供のときの記憶だ。母は沖には行っていないはず。

でもボクは真っ黒な海に浮かんでいた。母に手を握られて。

そのあと、あせもやおできが治ったどうかは覚えいない。夜の海に浮いてる母とボクを今でも思いだす。


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