出張小話

久々に訪れた本社。少し辺鄙な場所に居を構えている。我が家からは、電車を乗り継いで約二時間、電車から路線バスに乗り継いで15分ほどのところにある。地代が安いのだろうか、儲ける会社はケチケチ度に際限がない。駅から歩けないこともないらしいが、緩やかな坂道がずっと続くので、とても試したいとは思わない。
いや、何ににしても遠い。来るだけで一仕事終えた気分になる。こんなところに毎日通う人がいるという事実に、ある意味尊敬の念を禁じ得ない。

午後1時からの会議に出席するのが今日の目的である。持って生まれた心配性のおかけで、会議まであと1時間半程の余裕がある。時間があると気持ちにも余裕が出て来るようだ。

せっかく遠くまで来たので、普段食べられないような昼食にしたい。しかも猛烈に空腹である。こんな時はカツ丼を食べたい、と本社の周りの商店街をうろついてみると、あるではないか。絵に描いたような大衆食堂が。
少し寂れた佇まい、だがしかし途切れることのない活気のオーラ。遠くからでも随分と繁盛しているのがわかる。こんな店のカツ丼が美味くないわけがない。

はやる気持ちを抑えながら店の前まで来ると、何かがおかしい。窓にメニューがたくさん貼られている。レバニラ定食、塩ラーメン、カツカレー、そしてカツ丼‼︎。しかし全てのメニューが裏返しになっているように見える。いや裏返っているのではない、文字が左右逆、鏡写しに書かれているのだ。面食らいながらも極度の空腹と膨らんだカツ丼の妄想には勝てず、店に入った。

店内は4人掛けテーブルが3つ4つ、カウンターが5席くらいの広さしかないのに、お客が30人くらいだろうか、ひしめきあいながら昼メシを食っている。席がない者はドンブリを抱えて立ったまま食事している。席がある者も隣と肘をぶつけながら食事に没頭しているようだ。まだ料理が来ていない客は肩を狭くしてスマホをいじっている。

こんな状況では昼メシにありつくのは難しいかな、と思っていると、急に便意が襲って来た。ああ、トイレはどこにあるのだろうか。店内は満員電車のように人でごった返しており、とてもトイレを探せる雰囲気ではない。慌てて店を出て周囲を見渡すと、店の裏手にみえる小高い丘の上にトイレらしきものがある。ラッキーとしか言いようがない。

またもや、はやる気持ちを抑えながらトイレへと急ぐ。丘のふもとまで来ると、どうやらこの丘は土足禁止らしく、靴を脱がなければいけないようだ。すでに7足ほど脱ぎ捨てられているところで靴を脱いで、丘を登った。
おや、靴はたくさんあったのに、上には誰もいない。一人分の仮設トイレが立っているだけで人っ子ひとりいない。
おかしいはと思いつつ、便意のなすがままにトイレに入り用を足す。危機は去った。

と思いきや、またもや空腹が襲って来たではないか。さっきの食堂に戻ろうか、と商店街を歩き始めて5分ほど過ぎる。変だな、さっきの食堂が見つからない。どうやら道に迷ったらしい。しかも、ふと気がつくと靴を履いていない。あれ、さっきのトイレの丘にぬぎっぱなしのようだ。うっかりしていた。慌ててトイレの丘へ向かうこと10分歩くも、またもや道に迷ったのか。トイレの丘は影も形もない。いつのまにか商店街は途切れ、住宅街の中を延々と歩いていることに気づく。
まずい、もう12時45分ではないか。このままでは会議にも遅刻してしまう。本社はどっちにあるのだろう。歩いても歩いても見たことのない景色ばかり。焦る気持ち。腹が減った。足取りは重い。足の底が地面に吸い付くようだ。身体が動かなくなってきた。どうしたらいいのか…




という夢を見ました。

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