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短編小説 『赤く、青く、真白く』中編

翌日、茉優が約束の場所に行くと、大島は先にベンチに座って待っていました。茉優の姿を見つけると、照れくさそうに軽く右手を上げます。

茉優は大島のその仕草も『可愛らしいなあ』と思いながら、軽く会釈をすると小走りで駆けよります。

「先生、こんにちは!ごめんなさい、突然呼び出して」

「いや、今日は何事もなく要件を終わらせたから気持ちがいいんだ。ちょうど気晴らしもしたかったところだったし」

「ここだったら、もし生徒に見つかっても、たまたま図書館に来ていた先生と出会って、話をしていただけ、ということにできるでしょう? 私って知能犯?」

「うん...けれど、その才能は悪いことに使うんじゃあないぞ」
大島は微笑みました。

いつもの自信のなさそうな大島とは違って、『今日はいつもと違って見える。やっぱり、大人の人なんだ』茉優は大島の横顔を見つめます。

「それで、山下...相談って何だ?」

「あっ...先生、ごめんなさい。呼び出しておいて。もうその件は解決したので、大丈夫です」
最初からそんなものはありませんでした。

天気のことに始まり、他愛もない会話が続きました。そして、茉優は思い切って、気になっていたことを切り出します。

「先生、実はね...楓と一緒に歩いていた時に、偶然、先生が綺麗な女の人と一緒いるのを見かけたの。あの人、誰ですか?先生の彼女?」

大島は、コホンと一つ咳払いをすると、「彼女と言うか...大学時代の同級生だよ。仲良くしてもらっている」そう言うと、恥ずかしそうにうつむきました。

「またまたーっ!そんなこと言って、芸能人じゃあるまいし、隠さなくてもいいじゃないですか。本当のところどうなんですか?彼女なんでしょう?」

茉優は、テレビのレポーターを気取ってマイクを構えている風に、大島の口元へ右手を伸ばしました。

「うん...まあ......」大島は照れくさそうに微笑みます。

茉優は、自分の心の中から、何かがさざなみのように引いていくのを感じていました。

「そうなんだ!そうだと思った」茉優はことさらに声を張り上げ、作り笑いを見せます。

気まずくなったところで、大島が言い出しました。

「そろそろ、山下は帰らないとまずいだろう。もう、こんな時間だ」

時刻は、午後5時を指していました。

「そうですね。先生もお忙しいでしょうから、私、帰ります。じゃあ、先生。お先に失礼します。今日は本当にありがとうございました」

その場を駆け足で逃げるように後にします。茉優は、自分の頬を冷たいものが滴り落ちていくのに気がつきました。『涙だ。わたし泣いてる......』

もしかして、もしかして、と思っていたことが、大島の口からはっきりと現実のものとなった時に、茉優の心はしめつけられ、いつのまにか涙が溢れ出していたのです。

まだまだ沈む気配のみえない夕陽を、キラキラと照り返す茉優の涙に目を止めたすれ違う人たちが、『いったい何事だろう?』と、小走りに駆け抜けていく茉優を見つめています。

茉優はうつむいて、前髪で涙に濡れる瞳を隠しながら、足早で家へと帰って行きました。





夏休み明けの文芸部の部室では、顧問の大島が部員たちと雑談で盛り上がっていました。

杓子行儀な指導、連絡事項ばかりではお互いに距離ができてしまい部の活動そのものが楽しいものではなく、半ば義務めいたものになりかねないのです。

「みんな元気だったか? おお、綾瀬...おまえ......焼けたな」

久しぶりに文芸部に顔を見せた部長の綾瀬に大島は話をふります。

「家族みんなで沖縄旅行に行ってました」

「受験勉強は大丈夫なのか?」

「このわたしを誰だと思っているんですか?成績優秀、品行方正の綾瀬ですよ」

「おお、そうだった。しかし...綾瀬、女の子にしてはちょっと黒過ぎないか?」

「先生、それってセクハラですから。訴えてやるっ!」

部室が、ドッと笑いに包まれました。

夏休みが終わり、学校が始めると、茉優は大島と部室で会うことも増えました。

茉優はそれが嬉しくもあり、悲しくもありました。
会えれば嬉しい、嬉しいが、『彼女がいる』ということが頭をよぎると、途端に悲しい思いにかられました。

茉優の脳裏を、あの時、照れくさそうに「うん、まあ......」と、彼女がいることを認めた、大島の言葉がよぎります。

自分が勝手に思いを寄せて、ひとりで傷ついた、究極の片思いでしたが、告白もできずに終わったことに、自分の勇気のなさに、何度も何度も落ち込んだのです。

大島が課題の短編小説について話し始めました。

「夏休みの間、みんなこの前の課題のことを考えてきてくれたと思う。提出期限は九月中だ。一度、みんなに出してもらって、俺はその道のプロではないけれど、出来る限りのアドバイスをさせてもらおうと思う。よろしくな!」
大島は、みんなに課題の提出をうながしました。


茉優は『スマホと高校生の恋愛事情』という題材に、思い切って大島と自分の図書館での出来事を、同級生と会った、ということにして、物語を紡ぎだしました。

物語の中で主人公は、勇気を出して、自分が想いを寄せる同級生を図書館に呼び出す。「彼女はいるの?」とたずねる。まったく同じ内容でした。

大島が、部員のみんなから預かってきた原稿に、夜一人、自宅で目をしていると、茉優の原稿の番になりました。読み始めると、

「これは......」と、言葉を失いました。これはまるで自分と山下の物語のようじゃないか。

もしかして、山下は俺のことを......。

この時、初めて大島は、茉優の自分への想いに気がつきました。
そういえば、思い当たる節がいくつもありました。



「おはようございます、先生!」

「おお......おはよう、山下......」

大島は、翌日から茉優に会う度に、茉優のことを意識するようになりました。今までとは明らかに違い、魅力的な女性として見始めるようになって行ったのです。

「ほんと、茉優に彼氏がいないのって不思議だよね。こんなに可愛いのに......」

と、不思議がる綾瀬の言葉に、ニヤけながら、楓は、「ほんと、ほんと」と、茉優に目配せを送りながら『うん、うん』とうなづいています。

茉優は、男子受けのする、いわゆるノリのいい女の子でありませんでしたが、清楚な色気というのか、凛とした女子校生の色気が漂っていました。

そんな雰囲気も、今までの大島にとっては、他の女子生徒達と何ら変わりなく、子供としか見えていませんでした。

しかし、最近、茉優のことを意識するようになってからは、茉優の良さに気づき始めていました。

「先生、おはようございます! 先生、さようなら!」
その声を聞くだけで、なぜだかソワソワするのです。

「つまり、これは......」

茉優が窓の外をボーっと見ているのを、大島の視線が一瞬とらえますが、すぐに目をそらします。

茉優が近くにいるとき、その動きを知らず知らずのうちに、自分の瞳が追っているのに気づいてからは、大島はなるべく茉優を見ないようにしていました。

他の生徒たちに気持ちを見透かされそうで怖かったのです。





職員室では、教頭の小木が、他の教師たちがことの成りゆきを静かに見守るなか、楓の担任教師の若松を怒鳴りつけています。

「いったい、君はどういう指導をしていたんだね? 若松先生!」

楓が別の高校の男子生徒とエッチしているところを、その相手の男子生徒の母親に見られ、大問題に発展していました。

ある日のこと、楓の彼氏、勇気の家で、帰宅した母親がその最中を目撃してしまったのです。

「あなたたち......何やってるの?高校生なのよ!」


楓は好奇心旺盛で、何事にも突っ走るタイプでした。
今回のテーマ『スマホと高校生の恋愛事情』を扱うにあたって、
リアルな恋愛事情を知りたかった彼氏のいなかった楓は、このテーマが決まってすぐに 、SNS 上で知り合った別の高校の男子生徒とつき合うようになっていました。


楓が SNS上でやり取りを始めたばかりの相手との待ち合わせ場所で、スマホを片手に辺りをみまわしています。

「勇気くん?」

「楓さん? はじめまして!」

この日、ふたりは初めて直接会いました。


茉優は楓に大島との事を何度も何度も相談していました。その度に親身になって話し相手になってくれたのです。

こうした方がいい。こんなこともあるよね、と色々とアドバイスもくれたのです。

『そんな楓が......』茉優はいまだに信じられませんでした。
『あの楓が......』

楓の相手は同じ高校生で、ひとつ上の三年生。市内の私立高校に通っています。


楓の学校の生活指導室では、楓の両親と、担任の若松、教頭が今回の件で話し合いをしていました。

「先生、私たちは公にはしたくないのですが......」

「楓さんのお母さん。あちら側がとんでもなく怒っていて」

楓の両親は、本当は表沙汰にしたくなかったらしいのです。何しろ女の子ですから.....。

楓の彼、勇気の通う学校では、PTA会長の勇気の母と、校長をはじめとした、彼の担任教師など学校関係者との話し合いが続いていました。

「勇気は悪くありません。きっと、あちらのお嬢さんにたぶらかされたに違いありません」


しかし、相手の親が一方的に「楓が悪い」と。大騒ぎをしだしたのです。

今回の件は、全て楓が誘ったせいで起こったことだといい、それで、今回のような大問題になってしまったと、相手の親が何とこともあろうか、こちらの学校側の責任問題まで訴えてきたのです。

その相手の男子高校生の父親は、地元の有力者で、かなりの権力を持っていました。

おまけに母親はその学校の PTA 会長をやっていたのです。

本来ならば、自分の息子のしでかした事に自粛とか自分が戒めをしないといけないのに、それを棚に上げて、楓を攻撃してきたのです。


楓の彼、勇気の自宅では、勇気の母が息子を問い詰めています。

「勇気、本当の事を言いなさい。あなたじゃないわよね? あの娘よね、誘ったのは?」

「......」勇気は言葉が出てきませんでした。

その相手の高校生、勇気は親のすごい剣幕に、「自分が強引に誘った」ということを言えずに、結局、一方的に楓が悪いという風に作り変えて伝えてしまったのです。

楓のクラスでは、担任の若松が、今回の件についてクラスの皆に説明をしていました。

「八内楓さんは、一週間ほど休むことになりました」

みんなも、もう既にそのことを知っていたので、「やっぱりね」という感じで、おたがいに顔を見合わせました。

続く


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