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理知を継ぐ者(41) 歴史とは①

 こんばんは、カズノです。

【歴史は3種類】

 歴史には、だいたい3種類あります。
①昔から連綿と続いている時間
②今を基準にして振り返られた時間
③そのふたつを合わせたような時間
 の3つです。

 ①は一般に思われている「歴史」です。古い時代から連綿と続いていて、例えば途中で卑弥呼が登場して、大和朝廷ができて、平安時代のあとに源平合戦があって、室町・戦国と続き、江戸時代になり明治維新があり、太平洋戦争に負けて現在に至る、みたいなのですね。そういう過去からの繋がりの上に自分たちは生きていると思うような、そういう歴史が①です。
 とはいえ、そうではない歴史もあります。

 例えばミギ系の人は「歴史修正主義」と呼ばれたりします。要するに自分たちの考え方に合わせてどんどん歴史認識を変えてしまうという傾向ですが、でもこれは前に話したように、ヒダリ系のフェミニストもしています。最近はまたフェミニズムがブームになっていましたが、そのブームに乗るようにして「連綿とした歴史の上にあるのがフェミニズム、それは一般社会も一緒」と言ったりします。
 要は今現在のために都合よく修正されたのが②だということですが、ただこれは誰でもします。だからそれを、一概に悪いとは言えません。
 実際、卑弥呼が出てきて…の歴史(歴史の教科書)だって実は同じなんですが、だからべつに、ミギの歴史修正主義者やヒダリのフェミニストがおかしいわけではありません。大事なのは、一般に「歴史」と思われているものは、実は①じゃなく②のほうが圧倒的に多いということです。

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 たいていの人は、歴史つまり過去の時間に対して、「今を基準にして見直す/修正する」をしています。
 なぜそうかを大雑把にいうと、「今の自分の考え方/イメージ/意識を正とし、そこから逆算して『このように自分は正しい』という根拠を過去に求めようとするから」です。要するに今の自分を肯定するために過去を見ようとするから、自分を肯定してくれない過去の事実は自動的に視野の外になるということですね。
 ただこれは、本人のわがままによっているわけではなく(そういう人も多いですが)、ヒトと記憶の関係に関わることなので、一概に悪いとはいえないものです。そこらへんの話はこの連載では抜かします。
 いずれにしろ人と歴史の関係とはだいたいそういうもので、それは在野のミギやヒダリはもちろん、アカデミー全般でも同じです。だからどうしても②「今を基準に振り返られた歴史」のほうが圧倒的に多くなっている、それが現実なんですね。

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 さてそういう中で、「自分の歴史の見方は今を基準に振り返ってるだけで、つまり今を肯定するために適当な歴史的事実をチョイスしているだけで、これは自分のわがままじゃないか? これはよくないんじゃないか?」と思う人は、①「本当に連綿と続いている歴史」を探ろうとします。そうして出来るのが③「連綿と続いている歴史らしい歴史と、今を基準に振り返られたわがままな歴史が合わさったもの」です。
 つまり、ほんとうに真面目に歴史に対した人が持つような歴史観が③だということですが、けどまあどれだけ真面目に対したところで、自分の主観を抜かすことは人間には出来ません。だからそれは「それでも②現在の自分から振り返った歴史」も混ざってしまうわけですね。



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