言いたいことを言う方法


「男は黙ってサッポロビール」。ある年齢以上の方ならこのキャッチコピーは記憶にあることでしょう。三船敏郎がビールをごくごくと飲み干す姿に被せた、この言葉は当時の日本人の大きな共感を呼びました。ペラペラしゃべらない。言いたいことがあってもグッとこらえて顔にも出さない。それは日本社会の根底に流れる美学であり、秩序を乱さないための暗黙のルールでもありました。

自分の意見を持たない、標榜しない。それは間違いなく日本人の大きな特質です。近頃は国際問題がかまびすしいため、各国首脳たちをテレビで見かける機会が多くなっています。

どの国の首脳もカメラに向かって考えを述べますが、ただ一か国、我が国の首相だけは目を落として原稿を読んでいます。企業プレゼンテーションの現場でも故スティーブ・ジョブズは壇上からメディアやユーザーに向かって自分の言葉で語りかけていました。

日本のITプレゼンテーションと言えば、やはり原稿読みが基本です。一般の生活者はどうでしょうか。例えばテレビの街角インタビューでその違いが顕著です。道行く人にマイクを向ければ、外国ではすらすらと答えが返ってくるのに、日本の街角ではなかなか意見を拾うことができません。

アサーションと呼ばれるコミュニケーションの考え方があります。もともと、アメリカで生まれたものですが、自己主張の弱い人や立場の弱い人でも相手と対等に話せるようになるためのコミュニケーションスキルです。働き方改革が叫ばれる中、コミュニケーションが円滑にできると注目され、様々な現場で取り入れられています。

コミュニケーションには3つのスタイルがあります。(1)一方的に主張する (2)ひたすら聞く (3)互いに意見を言って尊重しあう。

日本社会で態勢を占めるのは、(1)と(2)。一方的に主張するか、そうでなければひたすら聞く、というコミュニケーションでしょう。これなら確かに摩擦は起きません。人間関係もスムーズにいくでしょう。摩擦を起こさない良い人は、多くの職場でも歓迎されます。

そういう人であるために、自分の内部に湧き上がる意見を封殺してしまいます。それが、理不尽な命令や慣習が横行するような、ブラック職場が生まれる原因にもなっています。言いたいことを言わないことで円滑な人間関係が得られたとしてもそれは見かけのことに過ぎません。

アサーションが理想とするのは(3)の互いの意見を尊重しあうことです。自分の主張をしっかりと伝えるのと同様に相手の主張もしっかりと聞く。
自分が言った分だけ相手の言うことにも耳を傾けるのです。「私はこう思います。あなたはどうですか」と、常に相手の意見を求めることです。それがフェアな関係であり、互いを認め合うということでしょう。

アサーショントレーニングというものがあります。自己主張をするためには相手の感情を逆なでしないことを考えなければなりませんがそのための訓練をしておこうというものです。代表的なものにDESC法があります。

Describe(描写) 客観的に事実を伝える
Explanation(説明)自分の意見や感情を伝える
Suggest(提案)解決策の提案
Choose(選択)提案が実行された場合とされなかった場合の予測

こうした流れを意識すれば相手の納得も得やすいというわけです。
例えば 自分の給料を上げてほしいと社長に言いたい時は

(D)私の収入は、同業種の同年代労働者の8割くらいです。
(E)そのことが悔しくて仕事のモチベーションも上がりません。
(S)基本給はそのままでもボーナスで評価していただきたいと思います。
(C)そうなればずっとこの会社にいる気持ちにもなるし仕事もバリバリこなしていけます。 

様々な事例に身を置いて、上記の流れを意識しながら主張してみる。このトレーニングを繰り返しいけばものが言える人になれるというわけです。

キャリアコンサルタントの役割は相談者の主体的なキャリア構築を支援することです。主体的であるためには自分の意見を持つ必要があります。もし意見を封殺することが習慣化しているのなら意見を持ち言語化する習慣に変えましょう。

価値観の多様化が叫ばれています。様々な価値観が認められる時代においては自分の意見を標榜することが求められます。黙っている人が良い人という考え方は変わっています。今から数10年後、日本の首相も原稿を読まない時代になっているかもしれません。意見を言うことが大切だという教育を受けた子ども達が大臣になる時期でしょうから。 

                                   

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