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グッドコップ・バッドコップ~人を動かす魔法の戦略(キャリコンサロン編集部)

キャリコンサロン編集部に参加せていただいております。週替わりのお題があるものの自由なテーマでも構わないとの説明を受けました。そこで今回は今日の体験をテーマに書いてみました。

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他人の行動を促すのは時に大変な苦労を要します。相手が頑固だったり、心を閉じていたりすればテコでも動かない事もあるでしょう。

人を動かす戦略の一つに有名な「グッドコップ・バッドコップ」
があります。

警察の取調室。犯人の自白を得るために一人の警官が高圧的に攻めまくります。脅しや罵詈雑言の嵐に犯人は恐怖に耐えきれず自白してしまうはずです。ところが心を閉じて貝のようになってしまったら最早何を言おうと無駄。埒があきません。

警官は選手交代。次にやってきた警官は打って変わり、犯人に優しい言葉を投げかけ、犯人の言い分も聞き入れ、同情もします。そのうれしさで心を開いた犯人は素直に自白をし始める、というわけです。

なるほどな~と思います。このことは取調室という特殊な環境だけの出来事ではありません。思えば、私たちの日常生活で同じような経験をしています。だから「なるほど」と腑に落ちるのですね。

今日、図書館に行ってきました。新聞の読み比べをしたいと思ったからです。
図書館は空いていました。これなら読みたい新聞もすぐに手にできると思いつつ新聞コーナーに向かいました。

新聞コーナーには5~6人掛けのソファが並んでいます。そこでとても嫌な光景が目に飛び込んできました。一人の男がソファを独占して寝そべりながら新聞を読んでいたのです。

私はこういうことが許せない。たった一人のせいで無精でだらしなく恥ずかしい場所に豹変するからです。他の町から来た人がどういう印象を持つだろうか。外国人は日本人にどういう印象を抱くだろうか。

私は見ず知らずの人にこれほど強く注意ができるような人間でもありません。臆病ですし、見て見ぬふりをしがちなタイプです。
実はこの時、たまたまヘッドフォンで気が強くなるような音声をきいていました。その勢いで注意をはじめ、相手の反応に怒りが増していった。しかも正義は100%私にある。そんな状況でありました。

6~70代と見られるその男。靴を履いたまま、寝そべっている姿に愕然としました。と同時に怒りが湧き、思わず声を掛けました。
「これはベッドじゃない。寝るのはやめてくれないか」
相手は無言です。
「みっともない。起きなよ」
私の声は次第に大きくなりました。静かな図書館に響き渡ったと思います。
それでも相手は無視。

私の怒りはますます強くなりました。
「起きてくれ」
相変わらず無言。そして微動だにしません。新聞を持つ手、見つめる目、靴を履いたままの足先。全く動きません。人形のようでした。

私は「いい加減にしてくれ。起きろ。」と言いながら思わずソファの端をどんと蹴りました。
キックの音も、私の声も館内に響いたと思います。

一人の男がソファを独占して寝ながら新聞を読んでいる。
醜悪で恥ずかしくみっともない光景。注意した私に完全無視を決め込んでいる。怒りは頂点に達していました。

しかし私の力では起き上がらせることができません。相手は寝姿のまま固まってしまいました。新聞を持つ手も目線も靴を履いた足も微動だにしません。マネキンが寝そべっているかのようです。

私は図書館のカウンターに行き、職員に言いました。
「あそこで寝そべっている人がいるんですが、いいんですか」

そもそも、ソファはカウンターから見える位置にあり、職員は事情をすべて把握していたはずです。なのに何もしないのはなぜだ、とは思いましたが
私の訴えにようやく動いてくれた形です。

驚いたのはその後でした。

職員が男に声を掛けました。
「恐れ入ります。こちらは公共の場所ですので横になるのはご遠慮いただけませんでしょうか」
と優しい小声。

すると、あれほど固まっていた男がスッと起き上がったのです。
それも、いやいやながらというものではありません。それを待っていたかのようにあっという間に起き上がりました。
そして「すみませんでした」と謝りながら申し訳なさそうにソファの片隅で改めて新聞を読み始めました。

私はその豹変ぶりに驚くと同時に「グッドコップ・バッドコップ」を思い出していました。

男を変えたのは何だったのでしょうか。

もともとソファに寝そべることに小さな罪悪感はあったのだと思います。
それを一般の来館者に指摘されてされてしまった。それに素直に従うのはプライドが許さなかったのでしょう。薄っぺらい正義を振りかざす嫌な奴とでも思ったのではないでしょうか。

もしかすると私が変質者であり、何をされるかわからないという恐怖があったのかもしれません。ただ、その恐怖心は私にもありましたのでその点はおあいこです。

男は自分を守るためにすべてを閉じたのだと思います。思考を停止し、心も閉じ、体の動きも封印した。

亀が甲羅の中に入りきった状態。貝が殻に閉じこもった状態。あるいは小動物の死んだふり作戦。抵抗も何もせず固まりきってひたすら危険が通り過ぎるのを待つ。それは男なりの防御法だったのだろうと思います。フロイトの防御機制の何にあたるかはわかりませんが。

職員が優しい言葉をかけてきたのは、男にとっては福音だったのでしょう。
だから待ってましたとばかりに素直に従ったのでしょう。

これが「グッドコップ・バッドコップ」か。私は巧まずしてバッドコップになっていたというわけです。ですがそれは、得難い体験だったのかもしれず、起きた事を反芻していました。

この一件を戦略として自分の中に取り込めるほど私は器用ではありません。それでも人が動くメカニズムをリアルに垣間見た気がしています。

人を動かすのは難しい。けれども心が開けば驚くほど素直になって人間とは人間とはかくも面白いものか。

忘れがたい、図書館での出来事でした。







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