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リモートワークで評価してもらう方法~期待値調整の重要性~

(2021年3月29日に書いた記事です)

突然ですが、みなさんは「何の対価に給料を得ていますか?」と聞かれたら、なんと答えますか?

私は、これまで、自分の能力・スキルの対価としてお金を稼ぐというイメージを強く持って働いてきました。
しかし、最近は、それに加えて、自分の経験・人脈の対価にお金を稼ぐ(お給料をもらう)というイメージが強くなってきました。

みなさんはいかがでしょうか?

  • 自分の時間

  • 会社・メンバーへの貢献

  • 能力・スキル

  • 経験

  • 人脈

さて、どうでしょう?

リモートワークによる変化

リモートワークでは、会社によって勤怠・労務管理されているとは言え、隣に誰かいるわけでもなく、厳しく時間管理されているわけではありません。
途中でテレビを見ていても叱られることはありません。

なんとなくの罪悪感とか、サボっていたらチームのメンバーに申し訳ないという倫理観でちゃんと働いている人もいるかもしれません。
(それはそれでどうというつもりはなく、むしろそういった気持ちがあることは美徳だと思います。)

これまでは、一緒の場で一緒に働き、隣でみんなに見てもらっていたから、たとえ成果が出てなくても、あの人いつも頑張っているしな!で評価されてきた部分もゼロではないでしょう。

しかし、リモートワークになれば、そういったことにはなりません。

もちろん、日々のミーティング、上長との面談などでしっかり過程を上長やチームメンバーに共有していれば、これまでと変わらないかもしれませんが、基本的には、これまで以上に成果で評価されることになるでしょう。

期待値調整の重要性

上記ゆえに、これまで以上に「自分が何をやっているか、何を課題として捉え、そのために何をやっているのか」については、しっかり上長やチームメンバーに共有するように意識する必要があります。

これは自身を評価してもらうためという観点もなくはないですが、それ以上にお互いの期待値調整のためです。

期待値調整については、こちらの記事がわかりやすいです。

期待値コントロールの技術

「いい印象」は上司や同僚の期待値を上回った時に生じます。逆に、上司や同僚の期待値を下回る成果しか出せないと「悪い印象」が生じることになります。

自分がこれは事業にとって重要だ、なので頑張る!と考え、自分はとても頑張っているが、責任者や上司はじめ周りのメンバーはそう思っていない、そのような状況だと、本人の頑張りは逆効果になります。

頑張れば頑張るほど、本人は自分が頑張っているのに評価されないと不満がたまり、周りは、あの人は勝手に何かやっている、もっとちゃんと働いて欲しい、という印象を持ち、自分と周りの人とのギャップは広がっていきます。

評価されない人の特徴

これまでの経験で周りから評価されない人に多いなと思うが、①分析官タイプ②評論家タイプ③木を見て森を見ずタイプです。

①分析官タイプ

いろんな数字を分析して報告するが分析のみで、その後の具体的なアクションが伴っていないタイプ。

基本的にPDCAサイクルは、GAPの認識→仮説の洗い出し→解決策の提示→解決策の実行→過程のモニタリング→振り返り→続くですが、分析で終わる人はこの仮説の洗い出しで終わって、満足している人です。
そこだけでは何のインパクトも生んでおらず、成果につながらないので、周りからは評価されません。

しかし、自分はいろんなところから、いろんなデータを引っ張ってきて、それらをまとめ成形し、数字の報告というアウトプット(成果物)ができてしまうので達成感を得られてしまいます。

②評論家タイプ

これは、業務運営のさまざまなことにいろいろと口を出し、時に批判したりするものの、自分は手を動かさないタイプです。

このタイプの厄介なところは、意見を言う側は正しい意見を言っているつもりなので、自分は良いことをしていると思うものの、意見の受け取り手にとってはその意見の「正しさ」は関係ないということです。

例えば、A施策とB施策があり、担当と上長では迷いながらもA施策をすると決めて進めていた。
そこにある人が、これはこういった理由でB施策をしたほうがいいんじゃないか、なぜA施策をしているんだと言ってきた。
それは確かにと思って、急遽、方向転換してもその人は特にサポートしてくれない。
そうなると「A施策と決めてこれまでやってきたのに」とか、「いまさら言い出した」とか、「担当じゃないのに」とか、周りはいろいろ思うところが出てくるわけです。

このあたりは、その人のコミュニケーションスタイルとか、施策の進捗具合とか個別事情は大きいので一概には言えないことも多いです。
また、評論家タイプになることを恐れて、正しいと思うことを主張できなくなるのも本末転倒です。

ただ、重要なのは、一緒に働く上で、口を出す以上はなんらかの行動が伴ってしかるべきということでしょうか。

なお、評論家はダメかというとそういうわけではありません。
役割として求められるなら、評論家をすることは重要です。
例えば、社外のコンサルなどはそうですし、社外取締役もそういった役割です。

私自身も、評論家的な立場を求められることは多いです。
ただ、現状と異なるなんらかの提案をした時には、その後、自分で調べた結果を共有する、詳しい人を紹介するなど、何らかの行動によって貢献することを意識しています。

③木を見て森を見ずタイプ

これはあまりに細かなところに注力しても、全体への影響が微々たるもので、成果につながらないケースです。
芸術の世界では、神は細部に宿るなんて言われたりしますけれど。

これも本人は非常に頑張っている感を感じますが、特に、全体を見ている経営陣や事業責任者には評価されず、ギャップが生まれるタイプです。

例えば、営業部門だと、そこまで大きな規模、予算をいただけていない取引先にすごく丁寧な対応をして時間をかける、マーケティング部門だと、そこまで大きな広告費を投下していない施策にこだわる、とかでしょうか。

これは、上長も理解した戦略上で実施するのは当然構わないし、むしろ正しいわけですが、そこの合意がない上でやってしまうと、この人は全然効果のないことをしているという評価になってしまいます。
簡単に言っちゃうと、コスパの悪いことをしている、ということです。
むしろ、大きなクライアントに注力できていない、数字に貢献していない、といったマイナスの評価をされることも多々あります。

この点に関しては、私の経験から視点・視座・視界が影響しているなと思います。

私自身、1メンバーから事業責任者、役員とキャリアが変わっていくなかで感じたのですが、やはりそれぞれの立場から見える視点・視座・視界は異なります。
1メンバーだと全体の1部分が担当で、そこに時間・労力を費やせるだけに細かなところまでこだわれます。
しかし、視点・視座・視界が広がってくる中で、見る範囲も広くなってくると、いかに効果・効率的に成果を出すか、インパクトの大きいところに注力できるか、という考えにシフトしていきます。
そうなると、事業への影響の大きな部分に注力して、細かな部分はあえて捨てるという選択を取ることも多くなります。

そのような広い視点・視座・視界の責任者・経営者と1メンバーがコミュニケーションをとると、特に数字が良くない時には、なぜ、重要な部分に注力せずに、細かな部分にばかり注力しているのか?と見えてしまうことがあるのです。

このあたりは、相互理解のためのコミュニケーションももちろん大事ですが、自分自身が経営者目線を持つという観点で、自身の視点・視座・視界を上げるための日々の心がけ、事業や会社全体の数字を見て、自身はどこに、何に、注力することが一番、事業・会社に貢献できるのか?、自身の労働力という限られたリソースをどこに投下することが一番大きな成果が生まれるのか?を考えてみると良いのはないでしょうか。

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