キックキックトントン

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『堅雪かんこ、凍しみ雪しんこ。』
四郎とかん子とは小さな雪沓(ゆきぐつ)をはいてキックキックキック、野原に出ました。こんな面白い日が、またとあるでしょうか。いつもは歩けない黍(きび)の畑の中でも、すすきで一杯(いっぱい)だった野原の上でも、すきな方へどこ迄でも行けるのです。平らなことはまるで一枚の板です。そしてそれが沢山の小さな小さな鏡のようにキラキラキラキラ光るのです。

みんなは足ぶみをして歌いました。キックキックトントンキックキックトントン凍み雪しんこ、堅雪かんこ、野原のまんじゅうはぽっぽっぽ酔ってひょろひょろ太右衛門が、去年、三十八たべた。キックキックキックキックトントントン


宮沢賢治の童話「雪渡り」の一節です。四郎とかん子は表面が固く凍った雪の上を歩き、出会った小狐紺三郎に狐の幻燈会の入場券をもらって次に雪が固く凍った夜、幻燈会を見に出かけます。

積もった雪の表面が昼間ほんの少し融け、夜になってそれが凍ると、積雪の表面だけ固く凍りつきます。体重の軽い子どもならなんなく上を歩けるほどです。これを雪渡りと言います。昼間天気が良く、夜しっかり冷え込むと、大人でも表面を渡って歩けるほどしっかりと凍ります。注意深く渡って歩くのは案外楽しい。その楽しい気持ちが四郎とかん子の歌によく現れています。

賢治さんの童話に使われるオノマトペは独特です。その代表作ともいえるこの「雪渡り」。よく冷えた日に積もっている雪の上を歩くと、靴の底の雪がこすれてギュウギュウ音が鳴ります。この音を賢治さんは「キックキック」と表現しています。
確かにそう思って聞くとそう聞こえますが、何の先入観も持たずにそういうオノマトペ表現をした賢治さん。後段の「キックキックトントン」の「トントン」は
2人と狐たちが踊る音。足を下ろして「トン」、足をひねって「キック」。歌や踊りもですが、この音そのものがとても楽しそうです。

かつては、飼っていた犬を散歩に連れ出す朝、今はゴミ出しの朝など、固く凍りついた雪の上を渡ったり、靴をギュウギュウ鳴らしたりして歩きながらつい口の中で「キックキックトントン」と唱える自分がいます。それだけで踊り出したくなるような、楽しい気分になれます。
昨日は靴がよく鳴る朝でした。

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