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空間とは何か。

まずは、空間とは何か、という考察から始めたいのだが、最初に、サバデイ(スペイン)のサン・ロック広場で撮られた有名なフラッシュモブを見てみよう。

演出や映像が秀逸なのはもちろんだが、ヨーロッパの都市には身近にこのような空間があることに注目してほしい。町があって広場があって町の人たちの日常がある、暮らしと生業がある。そこに旅人が混じって空間に風が吹く。楽しいことは美しい空間で起きるのだ。

ところで、解剖学者である養老孟司さんの著書『からだを読む』は、いきなり「口は解剖できない」という話で始まる。 口や口腔というのは「隙間」のことで実体がない、 だから解剖できない。なるほど。

実は「空間」も口腔と同じで実体がない。それは、字義どおり「空(くう)」であり、「間(ま)」であって物理的な対象物ではない。だから空間は直接に計画することはできない。空間を直接に整備することはできない。空間そのものの存在は、その周辺の事物の「構造」に依存している。

空間と環境

(上図の説明文は「広辞苑第6版」2008による)

例えば、大学の教室は、コンクリートの床、柱、壁、天井、机とイス、窓ガラス、ホワイトボードなどの事物の存在によって矩形の空間が成立している。谷奥の丸山集落は、針葉樹や広葉樹の山肌や小さな田畑、小道や小川、阿弥陀堂とヤブツバキ、古民家や小屋、墓地と大ケヤキ、宝鐸池と滝などの事物の存在によって空間が閉じられている。サン・ロック広場では、サバデル銀行のほか、市庁舎、教会、石畳、植栽、街灯といった事物の存在が空間を象っている。

ここで「事物」と用語したのは、空間を成立させているこれらの対象物が、単に物質的な存在ではなく、歴史、物語、季節、人々の暮らしなどの文化的な表層を纏っていることを意味している。こうした周辺の事物の総体(構造)は、これも字義どおり「環境」と呼ばれる。まわりの境。この環境は物理的な対象物であり、さまざまに分析し、計画し、整備することが可能であろう。ちなみに、養老さんによると、口の周りには上唇と下唇という環境(構造)があって、 これは解剖できるとのことだ。

このようにして「空間」は、多様な構造を有する「環境」の、余白として立ち現れる現象であると言える。そして、(ここが重要なところなのだが、)ここまで「空間」の成り立ちを整理したうえで、改めて「空間を計画する」という言葉遣いをすれば良いだろう。
・「空間を計画する」とは、さまざまに存在する周辺の事物(環境要素)について調査し、それを統合する意思を持つことである。
・「空間を整備する」とは、その計画に沿って、周辺の事物(環境要素)に働きかけることある。

空間について、もうひとつ大切なことがある。周辺の事物が、歴史、物語、季節、人々の暮らしなどを纏っているので、「空間」は時間を湛えることができる。環境に住まいする時間は、ラテン語を用いて patina(パティーナ)と呼ばれている。それは、経年がもたらす味わいのことであり、風合い、風化層、時間の皮膜と言ってもいい。

patinaは空間を豊かにし、時間の流れを滑らかにする。人の思考をクリエイティブにする、世界を眺める視線が広くなる、深くなる。そのことを、私たち日本社会は忘れがちである、「時間」を取り払った、清潔で新しい「空間」を好む。

けれども、サバデイのサン・ロック広場を見てほしい。時間を宿した空間の豊かさは、まさにその「時間」でしか創ることができない。そこに生きてきた人たちが、そこにいま生きる人たちが、その空間の日常が、暮らしと生業こそが、その痕跡が、空間を豊かにしていく。

旧くより、空間プランナーはそのことを良く識っている。

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