「中期経営計画連動型の株式給付信託」の'特殊性'
12月期決算企業の株主総会招集通知送付が行われる中で、新たに株式報酬を導入したり、導入済みの仕組みを変えたりする企業が増えいている実感があります。昨年の譲渡制限付株式の解禁も株式報酬導入の後押しとなっているようです。
昨年末に発表された与党の「税制改正大綱」において、昨年に解禁された譲渡制限付株式報酬についての損金算入要件が厳格化されると解釈できる内容が発表され、例えば米英の企業で一般的な「相対TSR」などを業績指標としている企業(三菱地所など)は、今後同スキームでは損金算入が難しくなる可能性が出てきています。
そのような状況で俄然注目を集めているのが、いわゆる「株式給付信託」という仕組みです。仕組みの内容としてはESOPと同様、「会社から独立した信託に自社株式を貯め(保有させ)、一定のルールにもとづいて役職員に当該株式を分配する」というものです。
この「一定のルール」に様々な業績条件や在籍条件を含めることによって、設計自由度の高い長期インセンティブとして活用されるようになっています。ただし、従業員の場合はほぼ損金算入が認められるようですが、役員の場合は会社業績連動等の制約があるようです。
さて、本題の「中期経営計画連動型の株式給付信託」についてです。一般的には、業績条件によって付与 (grant) ・権利確定 (vest) される株式報酬(いわゆる「パフォーマンス・シェア」)に分類されます。コーポレートガバナンス・コード施行以降、株式報酬の導入が要請されている環境の中で、業績条件の設計の相対的な自由度や損金算入のとりやすさなど、「株式給付信託」が有力な選択肢になることは間違いありません。
しかし、多くの導入(検討)が予想される「中期経営計画連動型」の株式給付信託は、幾つかの点において、いわゆる一般的な「パフォーマンス・シェア」とはかなり異なる仕組みであるということは、知っておく必要があるでしょう。ここが充分に議論されていないように見えることは、少し問題だと考えます。
多くのグローバル多国籍企業で採用されている「パフォーマンス・シェア」は、一定の業績期間 (Performance Period) における業績条件により、付与 (grant) された株式の権利確定数が変わるという仕組みになっています。
ここまで聴くと日本のこれまでの業績条件付譲渡制限付株式と同じように見えますが、重要な点が異なります。この点が今回の損金算入要件の見直しにもつながっているといえるでしょう。それは、他国の仕組みが業績期間中は「基準」となる株数だけの権利を保有し、業績確定後に株数を変動させる仕組みになっている点です。
一方、日本の仕組みは、業績条件の「上限株数」の権利(議決権や配当受領権)を付与時点で与え、業績条件の達成度合いによって会社が無償取得(はじめに上限を与えているので原則として没収して調整)する、ということになっています。この仕組だと株主にとっては、業績期間中は多くの場合「権利を与え過ぎ」ということになりますよね。
この業績期間中の「権利与え過ぎ」問題は、税務上でも問題となり、今回の改正が見込まれることとなっています。これはある種当然の措置であるといえるでしょう。業績条件付譲渡制限付株式においても、グローバル多国籍企業で一般に採用されている、いわゆる「ユニット型」の設計が可能になるような制度の設計が望まれます(もちろん検討はされていると思います)。
閑話休題。「中期経営計画連動型の株式給付信託」の話に戻ります。
この仕組みは、あらかじめ対象者に付与する基準ポイントを決めておき、中期経営計画の達成度(毎年、最終年度両方ありえます)に応じてポイントを上下させ、中計期間満了時にポイントに応じて株式報酬を支給する、というものです。
中期経営計画の期間が3年間、各対象者は基準ポイント(報酬の基準となる金額を考慮して設定)を保有し、各年度の業績達成条件によってそれが0~200%の範囲で上下、3年後に権利確定し各対象者に株式が支給されるケースを考えてみましょう。
まず、株式報酬が付与される頻度 (Grant Frequency) は、「3年に1度」となります。厳密に言うと、2年目・3年目に付与される分の業績期間(権利確定までの期間)は、それぞれ2年・1年になる、ということです。途中から対象になる者についても同じことが言えるでしょう。
次に、権利確定の方法は、各年度の業績に応じて決まるので「毎年段階的に確定」(Ratable Vesting に近い) となります。つまり、「3年間累積/3年後の業績」に対する業績ではありません。現金で考えると分かりやすいですが、毎年の業績に応じて現金を積み立てておき、3年後に一度に支給されるというようなイメージです。
そして、これは見落とされがちな視点ですが、「株式報酬の基準となる株価(金銭報酬債権の相殺対象となる「株価」)は3年間同じ(初年度に取得・割当た株価)」という点です。例えば、毎年300万円分の基準ポイントを保有しており、基準となる株価が300円の場合、100万ポイントが毎年付与される計算になります。
しかし、中期経営計画期間の2年目に株価が600円まで上がった場合、2年目以降の基準の100万ポイントは、600万円分の価値を持つことになります。本来付与したかった水準は300万円なのにもかかわらず(300万円分で済んだのにも関わらず)、業績条件の達成を待たずに倍になっています。もちろん株価が上がったメリットを享受しているととれることも可能ですし、そういう説明がなされるのでしょうが、2年目からこの仕組に参加する者を考えると自分が参加していない期間の株価上昇にフリーライドしていることがわかるのではないでしょうか。
それでは、これらの3つの特徴を踏まえて、一般的なパフォーマンス・シェアと比較した「中期経営計画連動型の株式給付信託」のパフォーマンス・シェアとしての「特殊性」を以下に挙げます。
付与頻度が3年に1度なので、特に途中参加者に対するリテンション効果が低くなるリスクがある。
(2年目に参加した人は2年待てば、3年目に参加した人は1年待てば、報酬が支給される)
毎年の業績条件の達成度で決まるという意味では、短期インセンティブ=ボーナスを積み立てて現金のかわりに株式で支給するということと変わりがなく、厳密な意味での「中長期業績」との連動とは言いづらい。
(支給されるものが株式であるだけで、業績条件達成のインセンティブは毎年のボーナスで実現できるのでは?)
中期経営計画の業績条件に3年間は固定的にしばられるため、期中に経営環境が大きく変化した場合、仕組みの変更が難しい。
(付与頻度が毎年であれば、常に現時点から「3年間累積/3年後の業績」に応じたインセンティブ設計が可能になる)
3年間同じ基準株価を使用することにより、期間中の株価変動を報酬の設計要素として取り込めない。
(付与頻度が毎年であれば、各年の株価変動に応じた付与株数の設定ができる。同じ金額の報酬を支払いたい場合、株価が倍になれば前年の半分の株式付与で済む。逆に株価が倍になれば、報酬を1.5倍にしてもダイリューションは3分の2で済むため、報酬金額の引き上げを株主に受け入れてもらいやすい、というメカニズムが働く)
もちろん、株式給付信託における株式給付ルールの設計によって、これらの課題や一般的なパフォーマンス・シェアとの違いを緩和することも可能でしょうし、工夫の余地の大きい仕組みであることは確かでしょう。
一方で、例えば前年度の業績結果に応じて(中期経営計画の各年度の業績を使ってもよいでしょう)、翌年度の株式報酬の水準を上下させ、時価ベースで3年間譲渡制限を付けた株式を付与する、といったことで類似した効果を得られ、かつ上記のような課題を一定程度解消する、といったことも可能です。これらならば、形式上は非業績連動型の譲渡制限付株式付与と同じなので、損金算入も問題なさそうです。
株式報酬は様々な検討要素があり、その仕組みの複雑性によって、「(中長期)業績達成・企業価値増大へのインセンティブ」「株主との利害共有」といった本来の効果について、本末転倒な議論になってしまうケースが多く見られます。
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