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悪いのは小林賢太郎ではなくお笑い芸人をディレクターに指名した組織委員会

「小林賢太郎好きだし、コメディの切り取りもよくないけど、こと五輪に関して言えばこれは完全アウト」「小林さんのお仕事を全体として見るべき」など、単に正義を振りかざしたり、変に小林を擁護したりと、本質からずれたコメントをしている人が多いように思います。

一番の問題は(たとえ引退していたとしても)お笑い芸人をディレクターに任命したことです。お笑い芸人を事実上のトップに据えることがいかにリスクが高いかということを組織委員会が認識していなかった。たとえていうならば、100倍のレバレッジをかけて株式取引するようなものですよ。

なぜなら芸人というのは、社会の常識の外側に片足を置いている、半分アウトローな存在だから。常識が通用しない存在だから。私は小林賢太郎のこと全く知りませんでしたが、演出メンバーが公開されたとき、彼が元芸人だと聞いて、危険な人選ではないかと思っていました。その直感があたってしまいました。

今回、問題になっている小林賢太郎の過去のコントについて、まともな常識や感性があればお笑いのネタにするわけがないんです。それは小林賢太郎個人の問題というよりも、芸人というのが半分アウトローであり常識が通用しない存在であることの方がより本質的だと思います。

昔、上岡龍太郎がこのように言っていました。

『芸人ちゅうんはなんや言うたら、落ちこぼれ人間ですよ。社会のはみ出しもん、アウトロー、いわば暴力団と一緒ですから。我々とヤクザは一緒。そやからあの、芸人とヤクザが癒着したらいかん言うけどウソあんなもん。根が一緒やから癒着もなにも、もともと同じタイプの人間やからね』

全てのお笑い芸人を悪者にするわけではないけれども、やっぱり芸人というのは半分アウトローであり、リスクがある存在であるという認識を、任命者であるオリンピック組織委員会が持っていなかった、ちゃんとリスクヘッジが出来ていないかった、ということが問題だったと思います。

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