「死、のち殺人」第8話 

 帰宅すると、状況報告のために早速ロクへ電話した。昼間だから出ないかと思ったが、すぐにつながった。
「突然どうしました? こんな時間に」
「忙しかったらすみません」
「ちょうど昼休み終了三分前なのでお気にせず」
 皮肉めいた回答だが、三分しかないのなら腹を立てる余裕もない。
「参加者のめどが立ちました」
「おお、何人ですか?」
 人数の目途は立っていない。返答に悩んだが、計画性のなさを露呈しないように留意した。
「……開催日によって変動します。ロクさんには必ず参加してもらいたいので、ロクさんの都合の良い日に合わせようかと」
「なるほど。じゃあ、スケジュールを確認してLINEを送ります」
「ありがとうございます。スピカに返信を送らなければいけないので、なるべく早く――」
「おっと、上司だ。それでは」
 唐突に電話を切られた。ロクからちゃんと連絡がくるか不安だったが、その晩の寝入り端に通知音が鳴った。浅い睡眠が一瞬で断たれる。憂鬱な気持ちで確認すると、送られてきた日付を見て愕然とした。
 ロクの指定した日はスピカとの約束の一週間の期限を過ぎている。それどころか、私が鈴木次郎に憑依して十日目の夜十一時だ。次の憑依までに一時間しかない。下手したらWeb会議中に憑依してしまうかもしれない。スピカの期限の件を理由にリスケを依頼したが、先の日程でしか調整できないと突っぱねられた。
 結局甘んじて受け入れ、すぐさまスピカへ開催日時を連絡した。日程を理由に断られるかと思っていたけれど、憑依者十名以上の参加を条件に承諾してくれた。しかし、十名以上というのは中々厳しい条件だ。急いで紗来にメッセージを送ると、すぐに『確認します』という返信が来た。しかし明け方になっても連絡はこず、いつの間にか眠りに落ちていた。
 翌日はLINEの通知音で目が覚めた。紗来からだ。急いで老眼鏡をかけて確認すると、自分を含めて七人が参加可能という返事だった。そのうち三人は紗来も知らない人らしいが、彼女のグループメンバーの知り合いだから問題ないだろう。
 さらにそれから数日の間に、何人かの憑依者らしき人からDMが届いた。幸い、うち二名がWeb会議への参加を承諾してくれた。
 これで当日の参加者は、スピカ自身と憑依者とみなされていない私を除いて十人。スピカの提示した条件をなんとかクリアすることができた。
 結局鈴木萌桃の安否も自分の生前の未練も不明のままだが、まずはこのWeb会議を成功させなければならない。
 そして有益な情報を集め、四人目のときに必ず未練を晴らす。
 
 過ぎてほしくない時間ほど瞬く間に過ぎるのはなぜだろう。悪霊化したくないと思えば思うほど時は早く経過し、ついに憑依して十日目になってしまった。間もなくWeb会議の時間だ。
 思い返せば、常に何かに追われているような感覚に苛まれていた十日間だった。頻繁に動悸が生じ、眠ることもままならず、ふとした瞬間に鏡で見た顔は棺桶の中にいる死人のように青白かった。柳楽直希のときには人生のボーナスステージだと思っていたことが懐かしくもあり滑稽だ。少なくとも私は、自分の死よりも大切は人を殺してしまうことのほうに激しい恐怖を感じている。それがもう、次の四人目で起きてしまう。
 考えれば考えるほど胸は締め付けられたように苦しくなり、死んでしまいたい衝動に駆られたのも一度や二度ではない。しかし、ここで自殺をすれば鈴木次郎が死ぬ。逃げ場のない状況下では、正常な精神を保つだけで精一杯だった。
 これ以上考えると発狂してしまいそうだから気持ちを切り替える。もうWeb会議の時間だ。仮面を被り、慌てて参加ボタンを押した。
 数分後、開始時間から少し遅れて全員が集まった。事前の取り決めにより、匿名性を担保するためにめいめいが仮面やお面を身に着けている。紗来は屋台で売っているようなキャラクターのお面、ロクは悪魔がモチーフの仮面、そしてスピカは紙袋をすっぽりと頭に被っている。
「それでは、悪霊殺人に関する会議を始めます。まず――」
「こんばんは、スピカです」
 若い女性の声が私の話を遮った。
「いきなりですが、みなさんが本当に憑依者かどうかを確かめるため、それぞれ憑依の経緯を話してください」
「あの、スピカさん、進行は――」
「未明の鵺さんは黙ってください。あなたは憑依者じゃない」
 どうやら憑依者以外の言葉に耳を傾けるつもりはないらしい。私も憑依者だという言葉を呑み込み、大人しく従うことにした。
「では、紗来さんから」
 話を振られても、紗来は口を噤んでいる。
「どうしたんですか? 憑依者じゃないんですか?」
「違います。未明の鵺さんをないがしろにしないでください」
 紗来は忌々しげに言った。画面越しなのに不穏な雰囲気が伝播する。
 しばらく膠着状態が続いていたが、スピカが嘆息をして話を進めた。
「あなたは最後でいいです。では、次はあなた。えっと、魚偏に虎の……」
「シャチ。読めないんだ?」
 鯱は仕返しだと言わんばかりに口を尖らせた。彼は紗来のグループの仲間らしく、魚類のリアルなラバーマスクを被っている。魚の顔を真正面から見ると気色悪い。
「……話してください」
 スピカは怒りを無理やり抑え込んだような声を出した。
「俺はいま三人目。一人目は大豪邸の家政婦のおばちゃん。料理とかわけわかんなくて家主にすげぇ怒られた。二人目は田舎の百歳のおばあちゃん。動けなくてやばかった。そんで今は大学生。一番しっくりくるわ」
 鯱はずいぶんと口が悪い。生前の性格が口調に影響しているのだろうか。百歳のご老人がいきなりこの口調でしゃべりだす場面を想像したらぞっとする。
「それぞれの場所は? 憑依までの日数は? 悪霊殺人を知った時期は?」
 スピカの続けざまの質問を鯱が遮った。
「一辺に質問するなって。場所は、百歳が介護施設、家政婦が京都、今が東京。憑依日数は十五日ずつ。悪霊殺人は二人目のときに家主から聞いた」
「場所に規則性はなさそうですね。憑依直後に知っていたことは?」
「自分がすでに死んでいること。それだけだ」
「生前の未練を晴らさないと悪霊化する説はなにで知りましたか?」
「未明の鵺さんの動画」
「では、それぞれの方のお名前と生年月日を――」
「なぁ、一人の自己紹介にそんだけ時間費やしてたら一体何時間かかんだよ? それに個人情報をぺらぺら話すのはさすがに気が引けるわ。お前が誰かもわかんねぇのに」
「……分かりました。では次の方」
 スピカは腑に落ちない様子ではあったが、鯱の言う通りに話を進めた。
 それから参加者が次々に自己紹介をしていった。憑依相手の年齢も職業も居住先もすべてがばらばらだ。憑依日数は長い人だと五十日、短い人だと四日とこちらもばらばら。規則性を探すのは困難を極める。
 しかし、憑依人数が四人以下であること、そして自分に関する生前の記憶がないということは共通していた。
 そして時間はあっという間に過ぎた。七人の自己紹介を終え、すでに四十分以上が経過している。動画の最中に憑依してしまうことへの不安が押し寄せてくる。
「今のところ、生前の未練に関する情報を知ったきっかけは、未明の鵺さんの動画かチャットしかないようですね。チャットでも、未明の鵺さんの動画が公開される以前には未練に関する発言が確認できない。これがどういうことかわかりますね、未明の鵺さん?」
「ど、どういうことですか?」
 結論はわかっているけれど、ここはとぼけるしかなかった。
「紛れもなくあなたが嘘をついているということです。生前の未練というわけのわからない話をでっちあげて集団ヒステリーを起こしているのはあたなです」
 スピカの言葉に全員が押し黙った。誰も反論することができない。表情は見えないが参加者の不安が伝播する。
 やはり未明の鵺は嘘をついていたのだろうか。
「そうとは決まってない。まだあと三人も話していません」
 重い沈黙を紗来が遮った。
「では、あなたは生前の未練の件に関してなにか知っているんですか? 未明の鵺さん以上の情報を」
「そ、それは――」
「じゃあ黙っていてください。次はサビ猫飼いさん、お願いします」
 名指しされた人が「はい」と小さく答えながら肩を震わせた。猫のお面を被った華奢な女性で、紗来のグループメンバーの知人らしい。
 背後にはキッチンが映り、周囲から子どもの声が響いている。もしかしたら主婦なのかもしれない。
「は、初めまして、サビ猫飼いといいます」
 女性はそう言ったきり、唇を噛んで黙っている。
「どうされました? 早く話してください」
「……すみません。わたしは憑依者ではありません」
「はい?」
 スピカが明らかに不機嫌な声を上げた。
「言いましたよね? 条件は十人以上の憑依者を集めることです。あなたが憑依者じゃないのならルール違反です。もう終わ――」
「待っください!」
 サビ猫飼いが焦りのにじむ声で叫んだ。
「わたしの夫が憑依者なんです」
「夫?」
「はい。実は夫が息子に憑依していました」
 あまりにも衝撃的で、狐につままれたような気分になる。
「一か月ほど前のことです。三歳の息子が急に大人顔負けの言葉で饒舌に語り出しました。突然のことに気が動転して救急車を呼ぼうとしたら、息子が言ったんです。『自分はもう死んでいて、あなたの息子に憑依してしまった』と」
「お言葉ですけどサビ猫飼いさん。確かに息子さんが饒舌に喋ったのなら憑依の可能性が高いですが、どうして夫だとわかったんです? そんな見え透いた嘘は通じませんよ」
 スピカが責め立てるように言った。しかし、サビ猫飼いはひるまない。
「生活していく中で、夫らしい言動や口癖が見受けられました」
「それだけですか?」
「いえ。あるとき無意識に息子のことを夫の名前で呼んでしまったんです。そうしたら、夫が言ったんです。『思い出した。俺はマサシだ』と。興奮した夫は、わたしと夫しか知らないことを勢いよく語り出しました」
「つまり?」
「……これは推測ですが、生きている人に生前の名前を呼ばれると記憶が蘇るんだと思います。わたしは今日、この事実を皆さんに伝えに来ました」
「じゃあ、旦那さんはもう未練を――」
 思わず口をはさむと、サビ猫飼いは首を横に振った。
「あのときのわたしは、生前の未練を晴らさないと悪霊化するということを知りませんでした。夫だとわかってからネットで調べて、ようやくその事実を知ったんです。でも、そのときにはもう遅かった」
「というと?」
スピカが被せるように質問すると、子どもの泣き喚く声が聞こえてきた。サビ猫飼いは「すみません」と断りを入れて画面から消えた。
 ややあって子どもが泣き止むと、サビ猫飼いが慌てて戻ってきた。
「すみません……えっと、つまり、夫の憑依先が変わってしまったんです。息子が元に戻ったので気付きました」
「憑依先はわかりますか?」
「いえ……二人目と三人目に関しては見当もつきません」
 サビ猫飼いは首を横に振った。画面の端から急にまだら模様の猫が現れ、すぐに消えた。小さく「かわいい」とつぶやいたのは紗来だろうか。
「四人目は?」
 スピカが質問した直後、サビ猫飼いが突然えずいた。苦しそうに俯いている。画面から猫のお面が消え、代わりにつむじが映し出された。洗いざらしのような茶髪からちらほらと白髪が飛び出ている。夫が死んでしまった状況で小さな息子と猫を育てるのは心身共にかなりこたえるのだろう。一人育児を経験したからこそわかる。
「どうしました?」
「すみません……つわりで」
「妊娠中なんですか?」
「はい。夫が亡くなったのは二か月前ですので……」
 サビ猫飼いは苦しそうに言った。
「あの、これは本当に感覚的なことなんですが……夫の四人目の憑依先、もしかしたらこの子なんじゃないかなと……その、お腹の中の子です」
「へっ?」
 誰かから素っ頓狂な声が漏れた。かすかな失笑も聞こえる。だけど、全員が顔を隠しているから誰が反応したのかはわからない。勝手にスピカ対憑依者の構図だと思い込んでいたが、この中にも人を小馬鹿にする人がいるようだ。心が痛くなる。
「実は日数的に今日が夫の憑依最終日なんです。だからなのか、この子の動きが活発で……」 
「あのですね、サビ猫さん。ご主人が亡くなって悲しいのはわかりますが、ここは妄言をはく場所ではありませんよ」
「も、妄言だなんて……少なくとも、息子への憑依は本当で――」
「いえ、もう結構です。お腹の中の子に憑依って、あまりにも感覚的過ぎて論外ですね。信じるに値しません。それに、そもそもあなた自身は普通の人ですからね。はい、これで憑依者は九名です。条件の十名以上を満たしていません。生前の未練の件も知ってる方はいませんし、未明の鵺さんが嘘をついていることが判明しました」
「そんな――」
「では、わたしは真実を世間に公表します」
 スピカが去ろうとしたとき、今まで一言も発していなかったロクが口を開いた。
「そろそろ僕の出番ですね」
「はい?」
「本当は未明の鵺さんだけにしか打ち明けないつもりだったのですが、この状況下では仕方ない。みなさんにだけ特別にお話ししましょう」
 悪魔の仮面から不気味な笑い声があがる。
「僕は生前の未練を晴らした元ポゼッショ……元憑依者です」
 ロクの言葉を受け、どよめきが走った。鼓動が加速し始める。
 まさかロクが生前の未練を晴らした人だとは思いもしなかった。
「スピカさん、交換条件です。いまから僕が真実をお話しする代わりに、鵺さんの動画批判をすることは止めてください。最も、鵺さんは嘘をついていないのであなたがホラ吹きになるだけですけどね。しかし、厄介ごとの芽は摘んでおきたい」
「……とりあえず、話を聞きましょう」
「約束ですよ? では、時間もありませんしお教えしましょう」
 ロクは一拍置いて話し始めた。
「生前の未練を晴らした者は、シックスライフを手に入れることができます」
「シックスライフ?」
「第六の人生です。生前の人生と憑依した四人の人生を合わせると五回なので、今は六回目の人生にあたります。つまり、シックスライフです。ちなみに命名したのは僕です」
「……名称はどうでもいいですが、それはつまり、憑依先が変わるということですか?」
「いいえ。憑依ではなく、完全な転生です。今まで世に存在しなかった人物に生まれ変わるんです。僕は三十四歳からの再スタートでした。生前は二十一歳だったのでやや損した気分ですが、社会的地位もあり、周囲の記憶も僕が元々存在しいたかのように上書きされているので、生活に支障は全くありません。快適ですよ」
 ロクは余裕そうな声音で語った。今までの上から目線も、自分が未練晴らしの成功者だという自負から来ていたのだろうか。
 もし彼の言うことが本当なら、誰も殺さずに新たな人生を手に入れることができる可能性があるということだ。自然と指先が震えた。
「生前の未練は何ですか? 晴らす方法は? 一体、どうやって――」
「落ち着いてくださいよ、スピカさん。なになに、生前の未練の晴らし方についてですか? それは教えたくないなぁ。あなたは性根が腐ってますし」
 ロクが反撃するように言った。スピカは「なっ」と短く叫ぶと、絶句した。
「まあ、他の皆さんのために少しだけお話しすると、サビ猫飼いさんがおっしゃられた『生きている人に生前の名前を呼ばれると記憶が蘇る』というのは真実です。僕の場合、それがきっかけで未練を晴らすことができました。憑依当時は悪霊化のことも未練晴らしのことも知りませんでしたが、記憶を得たら自然と未練を晴らすような行動をしたんですよ。そして未練を晴らした瞬間に後光の光が差したような感覚があって、気付いたら今の体になっていました。今の僕は四人目の憑依相手の職場の同僚で、四人目に憑依しているときには存在していない人物でした。これが憑依ではなく転生なのだとわかった理由です。僕の憑依周期である二十二日を優に超えて生きていますしね。話が逸れましたが、サビ猫飼いさんは嘘をついていませんよ。本当の名前さえ誰かに呼んでもらえれば生前の記憶は蘇ります」
 ロクがそういうと、サビ猫飼いはさめざめと泣きだした。スピカに妄言と罵られ、参加者に失笑されたことが相当堪えていたのだろう。
 すると突然、サビ猫飼いの画面越しに「ママ?」という声が聞こえた。それを引き金に凛花のことを思い出し、急に激しい不安が押し寄せてきた。あの子は今どうしているのだろうか。また会うことはできるだろうか。
「シックスライフを手に入れたら、今の苦しみから解放されます。自由ですよ」
 ロクの話を聞いて、凛花に会うためにシックスライフを手に入れたいと強く思った。
 そのためにはまずは、生前の自分を知る人物に名前を呼んでもらう必要がある。
「……ロクさんは、それを知っていてなんで世間に公表しないんですか?」
 スピカの声から棘が抜け落ちている。いまは純粋に助けを乞うているようだ。きっとロクの情報は、この場にいる全員が喉から手が出るほど欲しがっている。私もそうだ。
 たっぷりと間をおいて、ロクが口を開いた。
「だって、面倒じゃないですか」
「め、面倒って……!」
 誰かが非難の意を含んだ声を上げる。
「考えてみてくださいよ。憑依中に極限のストレスを受けたんだから、ようやく手に入れた安寧は手放したくないでしょう? だから誰からも注目されず、普通の人生を送りたいんです。きっと僕以外にも未練晴らしの成功者はいるでしょうが、憑依者のようなコミュニティが出来ていないのはそういうことです」
「では、なんで未明の鵺さんに協力を?」
 そう言ったのは紗来だった。彼女には事前にロクのことを少しだけ話している。
「協力する理由は、憑依者が増えすぎて安寧が脅かされはじめたからです。シックスライフを手に入れたからといって、死んだ誰かに憑依される可能性がないわけじゃないですからね。悪霊化した奴に操られて人を殺してしまったら人生終了です。だから未練晴らしのことを段階的に周知することで悪霊化する人を減らそうとしているわけですが、自分の身元を明かして平穏を手放すことはしたくない。あたり前の感情です」
 ロクは至極当然といったような口調で語った。
「そこで、知名度のある鵺さんとコンタクトを取って世に情報を発信しました。いきなりシックスライフのことまで周知したら嘘くさいですからね。まずは少しずつ情報を公開していき、徐々に大衆に浸透させていくつもりです。だからむやみに情報を垂れ流さないでくださいね? こちらで上手くやりますから」
 もう、ロク以外の誰も言葉を発していない。
「僕は、僕が平和に生きるために、世の中を平和にしたい。だから鵺さんの邪魔をされるのは困るんです。わかりましたか、スピカさん?」
 得も言われぬ感情が心に渦巻く。水を打ったように静まり返った状況で、ロクだけが場違いに笑っている。
「皆さんがシックスライフを手に入れることを心から願っていますよ。ははっ」
「うぅ……」
 ロクが高らかに笑い声をあげた瞬間、呻き声が聞こえた。突然サビ猫飼いがお面を剥ぎ、両手で口を抑えている。
 目は充血し、肌は青に染まり、両手からは……鮮血。鮮血が口から洩れ、指の隙間から垂れ流されている。
「きゃぁぁぁぁ!」
 女性の悲鳴があがった。
「ママぁぁぁぁ」
 サビ猫飼いの息子が泣き叫んでいる。
「ど、どうして――」
 突然のことに理解が追い付かない。
 サビ猫飼いは激しく吐血すると、雪崩れるように画面から消えた。
 血しぶきが彼女のパソコンのカメラにかかり、画面の半分が赤黒く染まった。
 地獄のような光景の片隅で、猫があくびをしている。
「悪霊化したんでしょうね」
 ロクが冷静に言った。
「お腹の子が」
 そこで、意識がぷつりと途切れた。
 

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