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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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#みんなでつくる春アルバム

【短編選集】‡3 電脳病毒 #131_310

「ありがとうございます。お釣りです」  釣銭をレジに放り込むと、男は作業台に戻る。薫陶は、店内に飾られたボードを見渡している。話の切っ掛けに時間を稼ごうと。だが、男は黙々と作業を続ける。ふと男が顔を上げる。用が済んだら早く帰れとでもいうように。話かける間もなく、薫陶は店を出る。  外に出る。潮風の生温い熱気が街に流れ出している。故郷とは少し違っている。煤煙の少ない、新鮮な潮の香りというか。  新聞店に戻り、薫陶は食堂へ。店主の高橋と佐田が夕食をとっている。 「集金、お疲れさん

【短編選集】‡3 電脳病毒 #130_309

 ズボンがチェーンに引っ掛からないよう、右裾をゴムバンドで巻く。まだ陽の高い街に漕ぎだす。夕刊が満載で、ペダルもハンドルも重い。  夕刊の配達を終え、波波屋へ。店は夕陽に照らされ橙色。店内のサーフボードも鋭角的に切り取られた夕日に照らされている。曲線美が際だつ。今朝、拾ってきたサーフボードと比べ、新品なら当然だ。店の奥を覗く。白髪の男がサーフボードを熱心に磨いている。ドアを開ける。ジャズが静かに流れている。波乗りにジャズが合うのかどうか・・・ 「こんばんは。港屋新聞店です」

【短編選集】‡3 電脳病毒 #129_308

「なぜ新聞配達所が舞台?地味な仕事だし、ワクワクするようなものは何もないです」 「ワクワク。そうだよね。スパイものらしく」静琉は腕を組む。  午後の授業を早々に切り上げ、薫陶は配達所へ。玄関前に並べられた自転車。前籠には、夕刊の束が積み込まれている。 「帰りました」 「夕刊、用意しておいたから」佐田は、朝刊の折り込みを揃えている。 「すみません。いつも」  薫陶はジャンパーを羽織る。背中に新聞名のロゴ。 「そうだ。配達帰り、波波屋へ集金に行ってこいよ。サーフィンのことでも聞

【短編選集】‡3 電脳病毒 #128_307

「どう?ほんの書きだしだけど」 「どうと言われても・・・」 「コミカルなスパイ小説にするつもり」静琉は納得したように頷く。 「そうですか」 「リアリティーが欲しいわけ。取材して。新聞屋の住み込みバイトだよね。きみ」 「そうですけど・・・」 「バイトしたい。住み込みで」 「え?」 「夏休み。休暇採る人、いない?」 「さあ?聞いてみますか?」 「お願い。一挙両得なんだ。朝夕刊配って、昼間は書き物できるし。それに、夏休みの収入源にもなる」 「朝、早いですよ。朝といっても、夜中には起

【短編選集】‡3 電脳病毒 #127_306

十七 新聞店住み込みスパイ  同級生の彼女。静琉という名だ。文章を書くことを趣味としている。誰彼を問わず、自分の書いた小説を披露していく。 「新聞店住み込みスパイ。米軍キャンプ地に近い新聞配達所に、留学生の住み込みアルバイトがやってきた。彼の名はマルケサスといい、キューバからきた若者である。彼の本来の目的は留学にあるのではなく、キャンプ内への新聞配達や集金を通じ、米軍キャンプの情報収集活動を行うことにあった。マルケサスは先輩にあたる中国人留学生の孫の指導を受け、新聞配達兼スパ

【短編選集】‡3 電脳病毒 #126_305

「この街、地味ではあったが文化的な懐かしい街づくりだった。その街並みを破棄、捨て去ったのは、デベロッパー。それを擁護した監督官庁だ。駅近にタワーマンションという構図。聳え立つ高い壁でしかない」 「皮肉ですね。それが水没したと」 「ああ。場所を間違えている。湾沿いのウォーターフロント。そこなら誰も住んでいない。積み出し倉庫や工場しかない。そんな所だったら、いくら開発しても構わない。しかし、こんな駅前の都市開発。利便性からみれば当然と言えば、当然だが。爆発的、暴力的ともいえる建築

【短編選集】‡3 電脳病毒 #125_304

「どこです?」 「ここだよ。湾に面するこの市一帯、特に南端だ」 「被害とは、どんな?」 「河川の洪水に加えて、臨海部のため津波による水没や液状化も想定されている。三重苦に陥るんだ。この地域は。タワーマンションが沈没したことも記憶に新しい」 「そんなことがあったんですか?」 「ああ。そういう事態になることは想定できたはず。不動産屋は利益をとっているのに、なぜか被害想定は甘かった」 「タワーマンション、本当に必要なんでしょうか?この国に」 「不要だと?」 「こ国の街並みは、碁盤目

【短編選集】‡3 電脳病毒 #124_303

「わたしの家、その路線です」劉は辿々しく言う。 「そうか・・・。家賃安いからな。でも、地盤は湾岸より少しは安全だ」 「安全?」 「外国の人だよね」老人は話を繋ぐ。 「ええ」 「どの国の出なのか。誰も問いはしない。ここはそんな街だ」 「そう、誰も無関心です」 「教えてくれる奴がいないなら、ひとつ言っておく。水道払わないと、すぐ止められる。独立してから、水道代が相当上がった」 「なぜ?」 「都市計画の甘さだ。熟して腐りかけた街に、大挙して隣国人が押し寄せてきた。どういう問題が生じ

Dead Head #26_123

「おじさんか・・・。俺のことは何とでも呼んでいい。さて、これからどうしよう」  二人歩き始める。ヒロシ立ち止まり前を見つめる。向こうに大きな橋。川を越えれば都会からお別れだ。  とぼとぼと橋の欄干を歩きはじめる。車道を行く車の中から、二人はどんな風に見えるのだろうか?親子?でも、こんな夜中に?  一瞬、足を止める。ヒロシもだ。二人は欄干から下を覗き込む。墨色の川面は、月光を照らしギラギラと光っている。「いつでも飛び込んでおいで」とでも言うように。まるで、何か獲物でも待っている

Dead Head #25_122

 少年に追いつくべくもなく、自転車をゆっくり押し上げるしかない。坂の上、少年が地べたに腰を下ろしている。どこか呆然とした様子だ。 「ここ、どこ?」 「県境だろう」周りを見渡す。電柱の住所表示から推測する。 「けんざかい?」少年は俺の顔を見上げる。どこか気を許したような表情。 「知らない土地さ。まるっきり」 「ふ〜ん」    どこか、この少年のことが気になってくる。公園では、ただキレたガキでしかなかったのに。公園を離れ、何かの呪縛から解き放たれたのか? 「名は?」そんな感情を悟

Dead Head #24_121

それは、踏切を渡り終えようとした時。警笛音がいきなり響き、竹竿が降りはじめる。振り返る。踏切の真ん中で、少年が立ち尽くしている。達観したような表情を浮かべ。何のつもりだ。自転車のハンドルから手を離す。線路の上に自転車の倒れる金属音。それに構わず走り出す。少年を抱きかかえる。子供の汗の匂い。 「すぐに渡ろう」声をかける。少年は素直に頷く。    踏切の向こう側に少年を降ろす。あたふたと自転車を取りに戻る。落ちた荷物を戻し、自転車のハンドルを掴む。向こうの竹竿を目がけて駆け出す。

Dead Head #23_120

 固まったまま、見えない遠くを見やる。立ち尽くす。自転車のハンドルを強く握りしめたまま。 「どうしたの?」こっちの様子が変に思ったのだろう。俺の顔を見上げ、少年が小さな声をかける。  目を逸らし、返事もせず歩きはじめる。横丁を右に曲がる。警笛音が次第に遠のいていく。ようやく上がったのだろう。開かずの踏切の遮断機が。 「嫌なんだ」立ち止まり呟く。 「踏切のこと?」少年はぽかんと俺の顔を見上げる。子供なりの優しい目を向け。 「ああ・・・」    ぼうっとして歩く。また踏切に差し

Dead Head #22_119

「帰れない・・・。あいつらがいる」 「あいつら?」 「とうを・・・」 「警察呼べよ」 「借金のカタだって。かあの所に行きたい」少年は静かに涙を溜める。 「かあ?」  尋ねても、少年はそれから何もしゃべらなくなった。自転車に飛び乗り、この場から逃げ出したい。だが、どうしても少年を見捨てられない。どうしても・・・。  歩き出し、気がついたら、あの公園からとうに離れて。どうして、こんな夜更けて少年に帰れと言えるだろう。  二人、あてもなく歩き続けた。向こうから聞こえてきた。降り

Dead Head #21_118

「あいつが、父《とう》を突き落とした」少年の目に涙。上目遣いに公園の木立の向こうを見据える。あの事故があったマンション。 「とうって、お前の父親?」 「うん・・・」 「あの白線で描かれた。そうか。余計なこと言って・・・」 「うん」 「なんか食いに行く?」    コンビニの写真箱に入り、二人、食い物を貪る。ジャンクフードが少年の口に呑み込まれていく。殆ど食べていなかったようだ。 「なにやってるの。あんた達」あの女店員に写真箱から放り出された。   「元気でな」自転車を押しなが