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【短編選集】ここは、ご褒美の場所

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どんな場所です?ここは。ご褒美の場所。
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2023年4月の記事一覧

【短編選集】‡3 電脳病毒 #133_312

「頑固者とは?」 「哲学でもあるんだろう。サーフィンとやらのお遊びにも。相手にしてくれないかもな。お前みたな奴。ボード拾ってきました、さあサーフィンだっていう。溺れそうで浮木にしがみつこうともがいているわけでもない。だろう?」 「なぜ、佐田さんは私をあの店へ集金に?」 「まあ、まかり間違って、あのおやじに気にいられることもないかと」そう言うと、佐田は食器を重ね席を立つ。 「飯食べ終わったのか?」高橋が戻ってくる。 「まだです。あの、社長さん、ちょっとお話しが」と薫陶。 「サー

【短編選集】‡3 電脳病毒 #132_311

「あのおやじ、人当たり悪いからな」と佐田。 「そんな暇あるのか?薫陶、おまえ、国に戻ることができたとしても・・・。国ができたとしても、それどころじゃない」高橋は意味深なことを言う。  薫陶は、うつ向いたまま黙っている。 「余計なことせずに勉強しろ」高橋は食堂を出ていく。 「もう一度、行ってみます。あの店へ」、薫陶が佐田に話かける。 「集金ついでじゃなくて、客として行けばいいんだ。次は」 「客?」 「講習やっているから。この土地じゃ、あのおやじのサーフィンが一番確かだ」 「確か

【短編選集】‡3 電脳病毒 #131_310

「ありがとうございます。お釣りです」  釣銭をレジに放り込むと、男は作業台に戻る。薫陶は、店内に飾られたボードを見渡している。話の切っ掛けに時間を稼ごうと。だが、男は黙々と作業を続ける。ふと男が顔を上げる。用が済んだら早く帰れとでもいうように。話かける間もなく、薫陶は店を出る。  外に出る。潮風の生温い熱気が街に流れ出している。故郷とは少し違っている。煤煙の少ない、新鮮な潮の香りというか。  新聞店に戻り、薫陶は食堂へ。店主の高橋と佐田が夕食をとっている。 「集金、お疲れさん

【短編選集】‡3 電脳病毒 #130_309

 ズボンがチェーンに引っ掛からないよう、右裾をゴムバンドで巻く。まだ陽の高い街に漕ぎだす。夕刊が満載で、ペダルもハンドルも重い。  夕刊の配達を終え、波波屋へ。店は夕陽に照らされ橙色。店内のサーフボードも鋭角的に切り取られた夕日に照らされている。曲線美が際だつ。今朝、拾ってきたサーフボードと比べ、新品なら当然だ。店の奥を覗く。白髪の男がサーフボードを熱心に磨いている。ドアを開ける。ジャズが静かに流れている。波乗りにジャズが合うのかどうか・・・ 「こんばんは。港屋新聞店です」

【短編選集】‡3 電脳病毒 #129_308

「なぜ新聞配達所が舞台?地味な仕事だし、ワクワクするようなものは何もないです」 「ワクワク。そうだよね。スパイものらしく」静琉は腕を組む。  午後の授業を早々に切り上げ、薫陶は配達所へ。玄関前に並べられた自転車。前籠には、夕刊の束が積み込まれている。 「帰りました」 「夕刊、用意しておいたから」佐田は、朝刊の折り込みを揃えている。 「すみません。いつも」  薫陶はジャンパーを羽織る。背中に新聞名のロゴ。 「そうだ。配達帰り、波波屋へ集金に行ってこいよ。サーフィンのことでも聞

【短編選集】‡3 電脳病毒 #128_307

「どう?ほんの書きだしだけど」 「どうと言われても・・・」 「コミカルなスパイ小説にするつもり」静琉は納得したように頷く。 「そうですか」 「リアリティーが欲しいわけ。取材して。新聞屋の住み込みバイトだよね。きみ」 「そうですけど・・・」 「バイトしたい。住み込みで」 「え?」 「夏休み。休暇採る人、いない?」 「さあ?聞いてみますか?」 「お願い。一挙両得なんだ。朝夕刊配って、昼間は書き物できるし。それに、夏休みの収入源にもなる」 「朝、早いですよ。朝といっても、夜中には起

【短編選集】‡3 電脳病毒 #127_306

十七 新聞店住み込みスパイ  同級生の彼女。静琉という名だ。文章を書くことを趣味としている。誰彼を問わず、自分の書いた小説を披露していく。 「新聞店住み込みスパイ。米軍キャンプ地に近い新聞配達所に、留学生の住み込みアルバイトがやってきた。彼の名はマルケサスといい、キューバからきた若者である。彼の本来の目的は留学にあるのではなく、キャンプ内への新聞配達や集金を通じ、米軍キャンプの情報収集活動を行うことにあった。マルケサスは先輩にあたる中国人留学生の孫の指導を受け、新聞配達兼スパ