アルファポリス投稿作品より

『焚書』

 殺気!!
「部長、なんですか? 目が怖いです・・・」
 部長の目にみるみる涙が溢れ出ると泣き崩れてしまった。
「私の、ともじ君が・・・・ あおいさんが・・・・ 龍之介くんが・・・・」
 お気に入りのBLのキャラクターの名前を呼んでいる・・・・、いつもの病気が始まったのか? 普通に考えてキャラクターたちは部長なんて眼中にないのだよ。毎度まいど同じネタで泣き崩れても、次のページをめくれば、復活するんだからさっさと先を読み進めば良いのにと思うけど、ここはひとつ・・・、
「部長の彼氏たちに男でもできたんですか?」
「だまれ! そんな、そんな事じゃない。私の、ともじ君が・・・・ あおいさんが・・・・ 龍之介くんが・・・・」
 これってもしかして、千載一遇のチャンスかも。日頃の傍若無人に神の裁きを下す時がきた。
「ひょっとして、部長の彼氏たち消えてなくなってしまった?」
 泣き崩れていた部長の動きが止まった。やおら振り向くと真っ直ぐ睨みつけてくる。ヤバイ、殺される。
「冗談ですよ。部長の愛をいつも応援しているじゃないですか・・・・」
「そうか、やっぱりお前か。私のともじ君を消し去ったのはお前か! 私のあおいさんを消し去ったのはお前か!! 私の龍之介くんを消し去ったのはお前か!!!」
 部室の隅に追い詰められる・・・僕。ダメだ、このままではホントに殺される。
「どうやって、部長のスマホから彼氏を削除できるんですかぁ? 肌身離さずスマホを持っているじゃないですかぁ?」
 部長の動きが止まった。今がチャンス。もうひと押し。
「放課後まで顔合わせていない僕に、何をされたと言うんですかぁ?」
 部長の目つきが普通になった。疑いは晴れたらしい・・・。
「ピンクなんて可愛いですね。それにしても、ゆるくないですか?」
「どこ見てるの!」
 グーパンチが飛んできた。
「痛いですぅ だから三次元なんか嫌いですぅ」
 部長の怒りは収まったみたいだった。
「それで、どうやって元に戻すの?」
 まだ、僕がやったと思っているのか? なんとかしないとグーパンチが飛んでくるかも。
「えーと、その前に確認したいのですが、部長の彼氏たちと昨日の夜は一緒だったんですね?」
 部長の顔がピンク色に染まった。
「夜に一緒だなんて、そんな恥ずかしい事を学校で言えるはずないじゃない」
 そんなモジモジしたってどうせ相手にされていないし・・・・、と口が裂けても言ってはいけない。ここは冷静に話を進めなければ。
「あー、つまりスマホにはあったのですね?」
 こくりと頷く部長は、妄想の世界にいってしまった。
「それで、お昼休みは?」
 部長が涙目で訴えてくる。
「そこで、逃げ・・ なくなっている事に気がついたと?」
 部長はこくりと頷いた。危ない危ない・・・、気づいていないようだ。
「お昼休みまでに何か・・・、あったのですね」
「休み時間は大丈夫だったの。体育の授業も温かく見送ってくれたわ」
「まわりはどうでした? 例えば、恋のライバルたちは?」
 部長に何かのスイッチが入ったようだ。
「日本史の時に、泣いてるのがいた」
「その人は、その後どうなりました?」
「早退した」
「他の人は?」
「スマホを握りしめたまま動かないのがいた」
「と、言う事は、部長以外にも逃げられたのがいた?」
 グーパンチが飛んできた。
「痛いですぅ。失踪した彼氏を探すのを手伝っているのに・・・」
「ごめん、ごめん。言葉の端端に悪意を感じたから」
 どうやら、午前中に次々と削除されていったようだ。
「ところで部長、BL以外の本はどうなっています?」
 部長はスマホのアプリを開いて、電子コミックを確認している。指の動きから百冊ぐらいはあるみたいだ。
「あった。異能者もある。ホラーもある。異世界もある。なくなったのはBLだけ・・・・」
「更新ボタン押したら、出てくるのでは?」
 真剣な眼差しで、一つ一つの手順を確かめるように画面をタップしている。そして、スワイプして最後のページまで辿り着いたようだ。
「ない・・・・」
 涙目で訴えられても、どうしようもない。
「仕方がないですよ。有害図書だから・・・」
 言い終わる前に、グーパンチが飛んできた。
「ほんと、痛いですぅ。そんなんだからリアルで相手にされないですよ。知ってますよ、去年のバレンタインで玉砕してたの。その後、自転車の空気抜いていたでしょ」
 部長が固まった。なんで知っているの? なんて顔をしているけど、部室であれだけ騒げば記憶に刻まれるでしょうに。
「あ!! 昼休みに更新ボタン押した」
「それですね。サイトの方で削除されたんでしょ」
「でも、なんで・・・・ あんたの百合子ちゃんは?」
「そんなものと一緒にしないで下さい。僕のやちよさん・・・、ほら」
 僕のスマホを取り上げると、別の作品も開いていたり、更新ボタンを押したりした。
「なんで、消えないの!」
「美しいものが世の中からなくなるはずがないでしょ。返してください」
 部長は、スマホをいきなり振り始めた。
「そんな事をしたって消えませんよ。返してください」
「ちょっと待て、この飛行機のマークはなんだ?」
「あ、それですか。機内モードですよ。バッテリーの節約になりますよ」
「え? 通信できないやつか。あんたには友だちいないのかね?」
「僕には、やちよさんがいますから」
 部長が満面の笑みを浮かべた。まずい!
「部長、ほんとダメです。返してください」
 部長は、すかざす機内モードを解除すると、更新ボタンを押した。すると、スマホを投げ返した。
「あ・・・・、僕のやちよさんが・・・・」
 愛おしい、僕のやちよさんが・・・・一冊残らず消えている。

 スマホをみると、プッシュ通知が入ってきた。
 “ 昨年から活発なロビー活動を繰り広げていた『未成年を有害図書から守る会』が声明を出しました。「私たちの思いを理解して、国内の運営サイトが英断されました。これで、子どもたちの健全な環境を守る事が出来ます」 ”

『焚書されたから闇コミックを創る事になった』
1:文芸部は本日をもってアニメ研と合併しました。

 部室のドアが勢いよく開くと、部長が高らかに宣言した。
「文芸部は、本日をもってアニメ研と合併する事になった」
 部長のご乱心なのか? いや、いつもと違う。BLが世界から焚書されて日が浅いのに、もう立ち直っているとはその程度の気持ちだったんだ。と、言うよりあの部長に人望がある事が信じられない。振られればタイヤの空気を抜くし、僕の尊いものを平気で削除するし、生徒会よりもアニメ研が合併を認めるとは・・・・、何か弱みを掴んで脅しをかけた可能性が高い。あの部長だからな。
「部長、なんでアニメ研と合併するんですか?」
 当たり障りなく経緯は確認しておかないと、あとでどう言う火の粉が飛んでくるのか分からないし。
「絵を描ける以外に理由は必要ないでしょ」
「美術部も絵を描きますよね?」
 部長が不機嫌になっていく・・・・、
「山の絵を描けてどうする? ピカソ気取りの絵に何の価値がある?」
 ううう、怖いですぅ。
「イラストですかぁ?」
「お!」
 部長の機嫌がよくなった。分かりやすいですぅ。
「私のともじ君が消されてしまったのは、デジタル焚書にやられてしまったから。そこで気がついたんだよ。私のともじ君は運営サイトの手の中にあったと・・・・」
 あ・・・泣き崩れてしまった。
「部長、しっかりしてください。アニメ研と合併すれば復活できるんでしょ?」
 と、当たり障りなく慰めておかないと、あとが怖い・・・・。
「そうでした。BLがなければ、BLを創ればいい。しかも自分で創ればあの作品のキャラとこの作品のキャラとあんな事やそんな事になっちゃえるんだもん。あおいさんとともじ君に挟まれたいの・・・」
 しばらくの沈黙の後、我に戻った部長からグーパンチが飛んできた。
「痛いですぅ。だから、三次元は嫌いですぅ」
 ? アニメ研が創るのに文芸部と合併する必要があるのかな?
「アニメ研の方が、早く創ってくれるといいですね」
 また、グーパンチが飛んできた。が、にこやかに微笑んでいる・・・・。
「まさか、ストーリーを考えるのって僕ですか?」
「アニメ研はイラスト専門だよ」
「齣割りは? 背景は?」
「面白ければ、気にしなくていい」
 面白くなかったら殺される・・・・、部長の微笑みがそれを物語っていた。
「明日から作業を進めるから、プロット考えておくように」
 部長は納得したように頷きながら部室を後にした。


 部活に行ったら殺される、休んでも殺される、部活を辞めたいけどそれこそ殺される・・・・、全ては部活見学の時が地獄の始まりだった。
 文芸部に行くと、読書をしている清楚な姿が目に飛び込んできた。これこそ理想の文芸部だと思っている間に、出口のカギは閉められていた。背後の気配に気がついた時には、そのまま追い詰められ、まさかの壁ドン。
「きみ、入部届にサインしないで部屋から出る自信があるかな?」
 あの後、どうやって家に戻ったのか記憶がなかった。覚えているのは、翌日の終業ベルの直後に教室の外に部長が立っていた事だった。

 部室でプロットを書き進めている。主人公が部長と同じ性格になっているのが気がかりだけど仕方がない。ストーリーのどこにラブがあるのか分からない。こんな感じで良いのだろうか? 百合ならいくらでも書ける。ベストセラーなら一言一句再現する事だってできる。でも、ほんと百合と比べれば地獄絵図以外の何ものでもない。これで上手くいかなかったら、グーパンチの嵐・・・・、他にも何かされるかも知れない。見当が付かないだけになお怖い・・・・、
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・・」
「なにから、逃げたいのかな?」
「ぶ、部長!! いつから入らしたんですか・・・・」
「最初からだ」
 膝が震えている・・・・、そんなはずはない。部室のカギを開けたのは僕だ。
「まぁいい。この子がアニメ研のさゆりだ」
 部長の後ろに隠れるように立っていた。 ん? まさか、部活見学の時にいた清楚な人・・・。
「さゆり、こいつがストーリー考えるから、イラストは頼むよ」
「はい、お姉さま」
 え?・・・、今『お姉さま』って聞こえた。
「尊い・・・」
 グーパンチが飛んできた。
「部長・・・」
 が、お姉さまって呼ばれている。部長がお姉さま・・・、文芸部に入って良かった。
「プロット見せな」
 書きかけのプロットを取られてしまった。部長は、一瞥するとページを行き来しながら精査した。
「台詞と場面の説明だけだな・・・、よく書けているな。特に主人公のドSぶりがファン心理を鷲掴みだな。BLを読んでいたのか?」
 え?・・・・そうなのか? 部長を参考に主人公を創ったとは言えない。まさか、BLの影響であーなったのか? そんなはずはない。きっとBLに失礼だ。
「いえ、平積みからのインスピレーションです」
「ふーん・・・。さゆり、どう? 出来そうかな?」
 なんだ、この優しい声色は。これが部長の声なのか? プロット渡せばいいのに隣に座っている。部長の手がなぜテーブルの下にある? ダメだ。この部室の中でBLを考えるなんて無理だぁ。目の前の光景を一言一句書き残したい。

2:ここは天国? はたまた地獄?

 待ちに待った部活の時間。こんな文芸部のあんな部長のところで、百合の世界の中で生活ができる日がくるなんて思ってもみなかった。日頃の苦難が報われる日が来るなんて、耐え忍んだ甲斐があったとは。

 ん? この背中に感じる冷気は・・・・。

 今日も部室のカギを開けるのは、僕だ。でも、なんでカギの係なんだろう。他の部活は部長がカギを持っていると言うし・・・・、遅刻が許されない状況に追い込まれているような気もする。あの部長ならやりかねないところが怖い。それはさておき、プロットを進めなくては。

 !

 入り口近くの席にさゆりさんが座っている。いつのまに部室に入ったのか、まさか最初からだなんて部長のような事を言ったりして。それにしても、この張り詰めた空気は一体何なんだ。BLを描き進めているように見えるのに、睨みつけられているような感じがするし、少しでも動いたら警察呼ぶぞ的な圧を凄く感じる・・・・、まるで僕が性犯罪者みたいだ。
 パット見は清楚で男子の間でも人気が出そうなのに、どこのクラスなのか見当がつかない。それほど影が薄いのか? でも、この空気感なら学校で知らない者はいないだけの存在感がでると思うけどそう言う話も聞かなかったし。部長がいる時は、もう地球上には二人しか生き残っていないかのように世界を作っているし、部長に向かって「ダメですよ」なんて言っているし、僕がそんな事を言ったらボコにされてしまう。そんな事より、この雰囲気を何とかしたい。息苦しくて窒息しそうだ。
 と言っても、齣割りによっては台詞の調整が必要かなと思っている所があるから、意見を聞いてみたいけど、話しかけた瞬間に通報されるのは嫌だし、プロットが遅れて部長から・・・・、ダメだ。それだけは避けなければ・・・・、
「あの・・・・」
「だまれ!」
 え・・・・、
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 まさかの絵に描いたような完璧なツンデレ。これでは相談もなにもできない。もう一度、訊く勇気なんてない。どうしよう。
 とりあえず、そこは後回しにして書き進めていくしかない。こんな状況から逃げ出したい。
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・・・」
「どうした? なにから逃げたいのかな?」
「ぶ、部長!! いつから入らしたんですか・・・・」
「最初からだ」
 膝が震えている・・・・、そんなはずはない。部室のカギを開けたのは僕だ。でも、さゆりさんがいるのにも気づかなかった。まさかひょっとして・・・・、膝の震えがますます酷くなっていく。
「さゆり、どう? 進んでいるかな?」
 もう、部長が隣に座っている。
「はい、お姉さま」
「大丈夫だった?」
 さゆりさんの一瞬の躊躇に僕が気づく前に、部長が横に立っていた。
「なにをした? 死んで謝るなら今のうちだよ」
 部長が耳元で囁いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 部長のグーパンチの嵐の向こうに、さゆりさんの笑みが見えた・・・・。
「何か質問が、お在りのようでした・・・」
 部長の手が止まった。
「つまらない質問ではないよね?」
 高圧に押しつぶされそう。
「いえ、その・・・、齣割によっては台詞を見直した方が良いかなって、ちょっと思ったりしたので。いえ大丈夫です」
 グーパンチが飛んできた。
「作品作りで妥協は許さない。どこの部分だ」
 部長に説明すると、一から十まで説明させられた。
「なるほど」
 部長はプロットを持ってさゆりさんの横で説明を始めると、断片的に「ダメです」・・・「ここでなくても」とか、説明した内容とほど遠い言葉が漏れ聞こえてきた。
 さっきまでの張り詰めた空気は消え、夏のじわりと汗ばむ空気になっていた。プロットを考えている振りをしながら、一言一句を真剣に書き写していた。これこそ、事実は小説より美しい・・・、ちょっと違うかも。

 トン トン・・・、誰かがドアをノックしている。

 一瞬にして、部室の空気に変わった。まるで舞台セットのように。
「あの・・・、入部希望なんですけど」
 と、女子が二人入ってきた。不敵な笑みを浮かべる部長。すがるような二人。こわばるさゆりさん。
 部長は入部届をすっと、渡した。
 お互いに見合わせるとサインをした。
 用紙は受け取った部長は、
「きみたちの、入部を認める」
 安堵が広がる二人に釘を刺すように、
「文芸部の活動内容って知っているよね?」
 二人とも手が震えていた。クラスバッチを見ると部長と同じクラス。部長の性格を分かった上で入部したいとは、やはりBLが目当てか?
「うちは、創作活動がメインの部活だよ。勿論、創作の為にはインプットも必要だけど」
 部長が創作している姿もインプットしている姿も見た事がない・・・・。あ、インプットはしている。でも、創作のためなのか?
「創作はこれからですけど、創作を支える事はできると思います」
 と、お菓子の包みを差し出した。
「さゆり、どう?」
 さゆりさんは、俯いたまま一つ摘まむとゆっくりと食べた。
「はい、お姉さま」
 それ以上は何も言わなかったが、入部に反対しているのは伝わってきた。さゆりさんに賛成する理由がないのは、普段を見ていれば良く分かる。彼女にすれば僕も辞めさせたくて仕方がないのだろうけど、プロットを書いている限り部長が手放さない・・・・。さゆりさんはそれを一番分かっていた。

3:部活辞められます。

 今日も部活。作画ペースを遥かに上回る速度でプロットを書いている。細かい描写も書き入れているし、新入部員のアドバイスもあってBL小説として世に出せるレベルになっている。それなりに文芸部らしい活動は面白いけど、全ての作品は部長の管理下にあった。
 描き上がった作品は、鍵付きの書棚で管理され、鍵を部長以外は持っていなかった。紙媒体なら検索で捕まる心配はない。部室から出さなければ、ばれる心配はない。何よりも独り占めしたいのが部長の本音だった。
 新入部員の目的はBLだけだった。お菓子で部長の機嫌を取ると書棚の鍵を開けて貰う。食い入るように読み続ける。下校の時間になると部長に取り上げられ書棚に仕舞われてしまう。その時の二人の顔には、いつか殺すと書いてあった。毎日これの繰り返しだった。
 部長は、おねだりされる毎日に嫌気がさしている。見るからに口調も何もかもホント分かりやすい性格だ。おおかた、クラスで自慢をしていたら二人に拝み倒された。と言うところなんだろう。最初の優越感も慣れてしまえば、鬱陶しさしかない。
 さゆりさんは、ただただ絵を描き続けていた。部長がいない時のオーラは凄まじいものがあったけど上級生の二人の前では大人しく絵を描き続けていた。
 あの中で、ストレスが一番溜まっていたのは、さゆりさんだった。

 放課後、部室を開け一番奥の席に座るとBL小説の続きを書き進める。プロットを書いても細かいところの説明が残ってしまう。さゆりさんと話ができない以上、より詳細なプロットを書いているうちに、小説としての体裁を整えてしまった。
 次に、さゆりさんが入り口近くの席に座ると小説を基に齣割りを決めて描き進めていく。その後、新入部員の二人がやってくる。さゆりさんの進捗みたり、僕の進捗みたり、部長が来るのを待っているのは言うまでもなかった。
 部長が現れると、新入部員の二人はプライドが許す範囲で部長に媚を売り始めた。実は仲の良い友達同士ですと言わんばかりの雰囲気を出しているのが、逆に痛々しかった。
 そんなやり取りの後、二人にBLをあてがう部長だった。そして、三人がBLに没頭しているなか、さゆりさんと僕はひたすら書き進めるのであった。
 ここまではいつも通りの文芸部だった。しかし、今日は違った。

 さゆりさんが立ち上がると、部長の腕を掴んで部屋を出ていった。思い詰めたさゆりさんと困惑する部長が残像のようになっていた。僕が状況を理解するより早く、新入部員の二人の動きは早かった。
 書棚から作品を取り出すと、一人がページの隅を押さえる。一人がスマホで撮影する。
「はい、次」
 ページをめくる。隅を押さえる。スマホで撮る。
「次」
 ページをめくる。隅を押さえる。スマホで撮る。
 全ての作業が終わるのに五分も掛からなかった。書棚に元通りに戻すと部長が戻っていない事を確認した。お互いに見合わせると退部届を置いて出ていった。
 部長との雑談でも目が笑っていなかったから何時か何かあるなと思っていたけど、あっけないな。しかも、あんな簡単に退部届を出して縁が切れるなら僕も書いてしまおうか。

 バン 勢いよくドアが開くと部長が戻ってきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
 反射的に謝っていた・・・・。
 そんな事にお構いなしで、僕の目の前に退部届をおいた。
「前から辞めたがっていたよね。良かったじゃないか、願いを叶えられて」
 その場でサインをさせられる。
「部室のカギと、BLのプロット出しな」
 どちらも、反射的に出していた。
「はい、さよなら」
 気がつくと廊下に立っていた。その横をさゆりさんが笑みを浮かべて部室に入っていった。


 あれから数週間がすぎた。
 帰宅部はこんなに穏やかな毎日を送れるものなのか。放課後は図書室で読書をしたり、部長とさゆりさんのめくるめく世界を書き綴ったりしていた。
 よく分からないまま退部させられたけど、正直なところ安堵している僕だった。文芸部は結局のところ廃部になってしまった。新入部員の二人が持ち出したBLで足がついたのだった。あの二人も部長と同じく、自慢したくなる誘惑に勝てなかったようだ。自慢すれば拝み倒される。渡した画像ファイルはそのままコピーをされる。それでもメールで直接渡されている時は大丈夫だった。しかし、一人でも掲示板にアップロードすればお終いになる。画像検索の網に引っかかりIPアドレスから上流に遡ってくる。ニュースでお馴染みの方法だ。今回は画像検索に捕まってから数日で辿り着いたらしい。奥付に学校名も作者も全部書いてあったからだ。書いてなかったのは原作者の僕の名前だけだった。
 部長とさゆりさんは校長室に呼び出された。当然部長は新入部員二人の名前を出して共犯者として訴えた。そして、文芸部の廃部と四人の停学処分で幕引きとなった。
 あっけないと言えばそれまでだったけど、僕は平和な日々を取り戻していた。文芸部でやりたかった事の全てが図書室の一角で叶っているからだ。これなら最初から図書委員になれば良かった。

 校内放送が下校時刻を告げている。
 図書室から出ると、部長が待ち構えていた。心臓がバクバクする。文芸部に引き摺り戻されるのか? いや、大丈夫だ、廃部になったからその心配はない。気持ちを落ち着けてから会釈をして横を通り過ぎようとした。腕を掴まれた。
「部活がないなら、自宅で創ればいい。勿論、ゆりを書き続けて構わないよ」
  部長の笑みが恐ろしい・・・・。

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