小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0003

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【名古屋市上空】
基地を飛び立ったハルカ達戦闘部隊は、編隊を組むと一路、伊勢湾上空を目指す。

マシーンZにはタツヤ、サーベイヤーランドにはエンゲツ、サーベイヤーアクアのアームワゴンコクピットにはソラ、司令コクピットには、本来指揮官が座乗する筈だが何故かアマネが、そして各カプセルジェットコクピットには、アワユキと指揮官ハルカが搭乗している。

メンバーの中でも、今回が初陣となる三人の隊員達――エンゲツ,ソラ,アマネ――は、皆一様に強ばった顔をして緊張を隠せないでいた。

「い、いよいよ実戦だな」
「あぁ、本当にこの日が、く、来るとはな」

一見すると度胸のありそうな風貌のソラが、モニターを介してエンゲツに話し掛けるが、その声は上ずっていた。答えるエンゲツも、クールに平静さを装おうとしたが、さすがに声は誤魔化せず、心細さを露呈させてしまった。

本来、作戦行動中の通信は封鎖されるか、必要な物だけを最小限にとどめるのがセオリーだろう。しかしコーカサスにおいては、現場責任者が支障をきたさないと判断するギリギリのラインで、出来る限り自由に行う様にと、〔基地司令通達〕がなされていたが、これはアメノに任せっきりの普段とは違い、数少ないジクウ自身の立案に拠る物だった。

それは司令部などコーカサス基地内も例外では無く、おしゃべり好きのアゲハなどはこっそり大歓迎したものだが、アメノには頭痛のタネの一つとなっていた。そして戦闘部隊では、やはりと言うべきか、隊長のハルカが全く無頓着だった為、見かねたアワユキが隊員達をたしなめる事も度々あった。

エンゲツは、二枚目を自称する自分の失態を隠そうと、ソラ自身に話題を振った。

「と、所でソラ、震えている様だが、もしかしてビビっているのか?」
「ち、違うって!こ、これは武者震いだよ!そう言うエンゲツこそ、さっきから髪いじくってばかりで、落ち着かないじゃないか!」
「な、何を言うんだ!だ、男子たる者、戦に臨むに当たって身だしなみに気を使うのは、と、当然の事だ!」

思わぬ反撃をくらって狼狽するエンゲツを見て、多少は余裕が出たのか、ソラは話を続ける。

「判った判った、まぁ落ち着けよ、エンゲツ……そう言えば、思ったんだけどさ……何だって俺達コーカサスだけで、奴らの相手をしなきゃならないんだろうな?」
「それが俺達に課せられた、特別な任務だからさ」
「そうじゃなくって、どうして富士本部とかの支援を受けられないのか?、って事だよ」
「それは俺達が、独立部隊だからさ」

キザでカッコつけなくせに、妙に抜けた所のあるエンゲツの反応に、ソラは思わず苛立った。

「あー、ったく!……だから、俺が言いたいのはさ!特務部隊って言う割には、装備は少ないし、人員は殆どが俺達みたいな、実戦未経験の戦後世代で構成されてるし」
「あぁ」
「そんな弱小部隊に特別任務を任せておきながら、支援は無し、なんて、一体どうなってるんだ?って事だよ!」
「確かに、言われてみれば」
「もっとも、俺達が配属された時にはもうこの体制は出来ていたし、これ程の事態も今日が初めてだったからさ、今迄改めて考えた事なんて無かった、って言うのが本当の所だけどな」
「そうだな」

二人はつい忘れていたが、編隊内の通信回線はフリーモードだった為、この会話は編隊内の全員に筒抜けだった。実は、フリー通信を徹底させる事も、ジクウが通達した命令で定められていた。そして更に、むしろ第三者が聞く事の出来ない〔個人回線〕こそ、使用者の権限の大小に関わらず、使用には細心の注意を払う様にも定められていた。

これについては、アメノやアワユキら常識派は首を捻ったものだ。何故、士気や統率に関わる恐れのある、私語等を助長する様な〔フリー通信〕を徹底させる一方で、作戦実行や機密保持の為、有効と思われる〔個人回線使用〕を自粛させるのか?

しかし、通達を見たハルカなどは、
「自由の中にこそ、真の責任がある……本当に、司令の出す課題は難しいなぁ」
そう言いながら頭を掻くと、アワユキに向かって苦笑してみせた。

調子づいて来たのか、ソラの声は徐々に熱を帯びてきている。

「こんな事なら、他の所に配属された方が良かったかもな……でも富士本部とかは、上の人が歴戦の勇者ばかりだから結構大変だろうな。本部の通信オペレーターで、いつもバーンズ長官に怒られてる隊員もいるらしいしな……確か、ローレンスって言う名前だったかな」
「それじゃ、ウチのアゲハだったら、毎日怒鳴られっ放しだな」
「でもサテライトなんか憧れるけどな……SPコート処理されたボディって、結構カッコいいもんな!」
「しかし、あそこはとても狭き門で、晴れてSPコートを受けられるのはほんの一握りだけ、脱落者が後を断たないらしいぞ」

『確かに、俺達コマンド3号の中じゃ、最も優秀なタクマが、一番乗りだったな』
タツヤは思わず苦笑した。

「そうか……じゃ、それに比べれば、ノーザンライトなんかは結構型破りで自由な気風らしいぜ。何たってアイン司令は優秀な上に話が判るって評判だ」
「それは、俺も聞いた事がある」
「でも、仕事は凄くハードで、ヤワなミクロマンじゃ持たないらしいし、副司令を務めるアヤって人が、司令同様やっぱり優秀なんだけど、とてもおっかない、って」
「らしいな。何か、ウチの司令補佐なんか目じゃ無いと言う話だった」

『全く、この子達は……』
アワユキは、隊長であるハルカが何も言わない手前、隊長補佐である自分が差し出口を挟む訳にも行かず、仕方無く黙っていたが、優秀な才媛で自分が尊敬するアヤやアメノの事を、〔おっかない〕呼ばわりする二人に、思わずムッとしていた。

「そう考えると……スペースコロニー・タイタニアなんかいいかもな……ミクロマンとミクロ化された地球人が、仲良く二人三脚で暮らしてるって話だし」
「しかし、土星圏の探索はやりがいこそあるが、未だ未知の領域があって危険が伴うし、逆に外宇宙から見れば、タイタニアは最前線も同然だからな、やめた方がいいぞ」

『何甘えた事言ってるのよ!大体、タイタニアの人達に対して失礼でしょ!!』
アワユキと同様の理由で黙っているアマネだったが、彼らの会話に対してだけでは無く、何か別の理由もあってイライラしている様に見える

「外宇宙か……そう言えば、宇宙に飛び出して行ったミクロマンがいたらしいな。バスターって言う、正に名前通りの凄い肝っ玉の持ち主らしいって」
「バスター……そう!バスターと言えば、実は意外な噂を聞いた事があるぞ」
「何だよ、一体」
「昔、そのバスターって人とウチの司令が、仲が良かったって話なんだが……」

エンゲツの言葉を聞くや否や、ソラは〔信じられない!?〕と言う顔で切り返す。

「冗談だろ!?大体考えても見ろよ。そんな気骨に溢れた人と〔昼行灯〕が釣り合う訳無いって!……あ、もしかすると……」
「もしかすると?」
「〔昼行灯〕がバスターって人のパシリだったって事だろ!これなら納得行くぞ!」
「ふむ……しかし何故、ニュアンスが違うんだ?もし、ソラの言う通りなら、そのまま噂になればいい筈だが……」

『バスターさんか……荒っぽい中に勇気と優しさに溢れた心を持った、とても大きな人だった……もう一度逢ってみたいなぁ……司令も、きっとそう思われているだろう』
先程からずっと眼を閉じ、両手を頭の後ろで組んだままのハルカは、昔を思い出していた。

ハルカはジクウの部下だった関係で、バスターと面識があった。初対面の時、バスターはハルカを一瞥しただけで何も言わなかったが、恐らく〔冴えない奴だ〕とでも思ったに違いない。

やがて少しはハルカの事を認めてくれたのか、多少は相手にしてくれるようになり、バスター直々の訓練に誘われる事も何度かあったが、そのハードなシゴキに、いつも音を上げるばかりのハルカだった。

そう言えば、バスターはミクロ化された地球人の少年を連れていたが、訓練には必ず少年の姿があった。全身傷だらけになりながらも、泣き言一つ言わず黙々と訓練をこなしていたあの少年……彼は今、どうしているのだろうか。

ソラとエンゲツの会話は続く……

「結局、ウチが一番楽って事か。特務部隊とは言うものの、実際は教育と訓練だけで毎日が過ぎてくんだし」
「本来、特別任務と言うのは、大変な物が多いからな」
「特命の作戦なんか、命が幾つあっても足りないらしいしな……所で、昔の話なんだけど……不思議な事が起きた作戦って、知ってるか?」
「いや、どんな話だ?」
「何でも、アクロイヤーの秘密工場に潜入する作戦って言うのがあったんだけど、工場の最深部に突入した部隊が消失しちゃったらしいんだ。まるで掻き消す様に跡形も無く……」

まるで、怪談話の様なノリで話すソラとは反対に、内容を冷静に受け止めたエンゲツは、ふと、自分の考えを口にした。

「それはまるで、〔ムーンベース〕の事故みたいだな……」
「え?それは関係無いだろ、規模も違うし……ちなみに、その後の調査でも何も判らずじまいで、消えたメンバーは登録抹消されたらしいんだと。俺が知ってるのはここ迄なんだけど……」
「そうか……」

そこ迄話すと、二人は押し黙ったが……再び、ソラが口を開いた。

話戻るけどさ……俺達〔特務部隊〕なんて大層な肩書付いてるけど、実際の所は〔左遷部隊〕なんじゃないのかな」
「司令官が〔昼行灯〕だからか?」
「それもあるけど、さっき話してた他の部隊に比べても、全然大した事やってないだろ」
「しかし、そう言う任務だってあるさ。普段は楽でも、いざと言う時には……」
「今がその、〔いざと言う時〕って言いたいんだろ?でも俺達の相手ってホント、なんなんだろうな……もし〔敵対勢力〕が現れても、そいつらは後回しで、奴らの相手する事になってるけど」
「あぁ」
「結局は、俺達だけで相手出来るレベルって事だぜ、〔大した奴らじゃ無い〕って言ってる様なもんじゃないか」
「確かに、そう言う理屈にはなるが……」
「大した事無い奴らを相手にするのを〔特別任務〕って言ったり、その任務に着く弱小部隊の俺達を〔特務部隊〕って呼んだり……何か違うだろ?」

ソラの言葉を聞いて、エンゲツも自信を無くしていた。だが、自称二枚目――他人に格好良く見られたい――と考えている彼は、ソラの様に本音を喋れなかった。それは〔弱い自分〕を他人に見せる事になり、自分の美学に反する。更に、自分が所属する部隊や課せられた任務を、〔大した物では無い〕と認めるのも許せない。所詮は安っぽいプライドかもしれないが……だから、自分を奮い立たせる為にもエンゲツは言った。

「……しかし、奴らが武力を保有している事と、俺達の行く手に姿を現した事は、紛れもない事実だ。違うか?ソラ」
「……い、いや、その通りだ」
「そして、奴らが存在する限り、俺達の部隊は必要とされている。そうだろう?」
「……そうだよな」
「ここ迄来て、今更迷う訳には行かないんだ。だから、もう一度確認するぞ。いいか?」
「……判った」
「俺達の相手は、前の戦い終結後の大規模演習中、突如、仲間からの離反を宣言し行方をくらませたミクロマン達だ!」
「あぁ」
「そして俺達に課せられた特別任務は、奴ら離反者の組織である、自称〔エリュシオン〕の監視と、奴らが逸脱した行動を取ったと判断された場合にそれを抑止する事だ!」

エンゲツがそう言い切ると、今迄黙って二人の会話を聞いていたハルカが、眼を開いてキャノピー越しに空を見据えて、他人には聞こえない程小さな声で、ゆっくりと呟いた

「そう……それが我々、特務部隊……タスクフォース・コーカサスの役目さ」

エンゲツの言葉のお陰で、ソラは多少気を持ち直していた

「そうだよな……とにかく、やるっきゃないんだよな、俺達」
「あぁ、そうさ」
「畜生ーっ!こうなったら〔コーカサス魂〕、見せてやるぜっ!」
「あまり突っ走るなよ。訓練と同じに、ベストよりベター、だぞ」
「あぁ、判ってるって……そう言えばさ、タカキ達は大丈夫なのかな?未だに反応が無いけど……」
「そうだな……多分、ジャミングされた宙域から、抜け出せないだけだと思うが……」
「そうか……なら、いいんだけどな……ただ……」

『!?』
ソラが疑問の言葉を呟いた瞬間、アマネが体を少し震わせた。不安と苛立ちの混じった表情に、一段と陰りを落として……

「ただ?どうしたんだ、ソラ」
「……あのさ、タカキって結構、要領悪くて鈍臭い所があるだろ?」
「確かに、それは否定しないが……でも心配ないさ、多分……それにたまたまだったが、司令も同乗されている事だから……」
「だからこそ、余計心配なんだよ。悪いけど、タカキと〔昼行灯〕の組み合わせじゃ、いい方向に考えろってもな……あぁッ!?」
突然、ソラは大声を出した。

「な、何だ!?急に声を上げて……びっくりさせるなよ」
「も、もしかすると、今頃はもう、二人とも……う、海の底なんじゃ……」
「そんな!?まさか……げ、撃墜されたのか?」

悪気が無いにせよ、エンゲツとソラは、最悪の予測を口にしてしまった。

『幾ら何でも、このままでは……』
『やれやれ、こりゃマズい雰囲気だな……』
『……』

流石にアワユキは二人の放言に限界を感じ、タツヤはこの場をとりなそうかと思い立ち、しかし、ハルカは何も考えず傍観していたその刹那、重苦しい空気を破ったのは……

「二人ともいい加減にしてよッ!!タカキや司令は、まだ無事に決まってるわ!頑張ってるに違いないでしょ!……それなのに……何よ、縁起の悪い事ばっかり言って!どうして仲間の事、そんな風に言えちゃう訳!?薄情者ッ!!二人こそ、今すぐここから墜っこちればいいのよ!そうすれば、海に浸かって反省出来るわよッ!!……大体ねぇ、今は出撃中だって言うのに……皆が黙ってるのをいい事に、無駄口ばっかり叩いて!一体何考えてるのよ!?ホント、どうかしてるんじゃないの!?……もう、知らないわよッ!!バカッ!!ロクデナシッ!!オタンコナスッ!!」

今迄我慢していた堪忍袋の尾を切って、大声で罵声を浴びせたのはアマネだった!

「ご、ごめん!!アマネ……」
「お、俺も!!……すまなかった、つい悪い方に考えてしまって……」

アマネの激しい剣幕に気圧されて、ソラとエンゲツは消え入る様な声で謝った。

「あたしに謝ったって、しょうがないでしょ……謝るなら……タカキ達に直接しなきゃ……」
「……そ、そうだよな、早く二人の元に駆け付けて、謝んなきゃな……」
「……そ、それに、仮にもタカキは、戦闘部隊隊員だ。サーベイヤースカイも実戦装備でフライトしている。幾ら相手がベテラン揃いのエリュシオンでも、そう簡単にやられる筈が無い……」

大声を出したお陰で多少は落ち着いたのか、アマネはそう呟くと、元の落ち込んだ状態に戻ってしまった。そんなアマネや自分達自身を励ます為に、ソラとエンゲツは明るくポジティブに話を続けるが、それも空回りしている様だ。

「タカキ……ジクウ司令……お願いだから、無事でいて……」

アマネは視線を落として、少し前の事を思い出していた……

【数刻前・コーカサス基地内通路】
「……早くインストール終わらせないと、アワユキ隊長補佐に怒られちゃう……全くドコ行ったのよ、皆は……」

タカキが哨戒任務に発つ少し前、アマネは同じ戦闘部隊の仲間を捜し回っていた。

「アマネ、どうしたの?何か捜し物?」
その声にアマネが慌てて振り返った先には、声の主である防衛部隊隊長補佐アジサイと、維持部隊隊長補佐アリアケがいた。どうやら、たまたま通り掛かって、声を掛けたらしい。アマネは二人の元へ駆け寄った。

「はい!実はウチの隊員達なんですけど……ご存じありませんか?」
「ごめんなさい、私は見掛けてないけど……アリアケ、あなたは?」
「そうですね……昨晩なら見掛けましたけど」

とぼけた返答を、おっとりした口調で返すアリアケ。もちろん本人は、ふざけたり皮肉を言っている訳では無く、いたって真面目その物である。

しっかり者のアジサイとおっとり者のアリアケは、全く正反対の性格の為、一見合わない様に思えるが、実際は仲良し姉妹同然に付き合っている。こう言った〔正反対の組み合わせ〕が思いの外多く、かつ上手くいっているのが、コーカサスの特徴の一つだった。

「……あなたねぇ……別に、昨日から行方不明になってる訳じゃないのよ。そうよね、アマネ?」
「ハハハ……あの、ご存じ無ければいいんです、すいませんでした。もう、ドコ行ったんだろ、ウチの男子ドモは……」

アリアケのボケにお互い苦笑しつつも、人捜しにいささかくたびれた様子のアマネを見て、アジサイは同情した。

「全く、男の人は困るわね。ウチのムゲン隊長も、捕まらない事が多いのよ。どうして、一声掛けてから席を空ける位の、簡単な事が出来ないのかしら」
「私の所のバンリ隊長でしたら、その点は心配ありませんわ。むしろ私の方が捕まらなくて叱られる位ですから」
「そうよね……本当、バンリ隊長の爪の垢でも煎じて飲ませたい位だわ。大体ウチの隊長ときたら……」

しっかり者のアジサイの短所は、愚痴っぽい所だった。もし、うっかり相槌でも打とう物なら、たっぷり付き合わされるのは目に見えている。

「……あ、あの……そろそろあたし、失礼します」
「……ちょっと待って、アマネ……」
「は、はい……」

早々に退散しようとしたアマネを、案の定アジサイが呼び止める。気を悪くされてしまったかと、身構えるアマネに……

「……見つけた人の事、何があっても離してはダメよ……」

瞳の中に真剣さと不思議な光をたたえて、アジサイは告げた。アマネは、まるで自分が〔女預言者に運命を宣告された迷い人〕にでもなった様な気がしたが、すぐにそれも消え去り、むしろ意味深に聞こえる言葉に、顔を紅潮させた。

「……や、やだな!アジサイ隊長補佐ったら……あたし、別に恋人とかを探してる訳じゃ無いですよ……」
「……そ、そうよね……つい、そんな事が浮かんで……ごめんなさいね」
「……いえ、いいんです。それじゃ……」

赤面したまま、逃げ出す様に駆け出していくアマネを見やった後、アリアケはアジサイの方を向くと、一層真面目な声で問い掛けた。

「……アジサイ?もしかすると、今の……」
「え?気のせいよ……本当、あたしも苦労性だから……そんな事より……アリアケ、今日の調理メニューって、どうなっていたかしら?」

そう言って否定するアジサイだったが、時折、彼女が口にした言葉が未来を言い当てる事があるのを、アリアケは知っていた。それが〔予知能力〕なのか、単なる〔虫の知らせ〕なのかは定かでは無いが……

「……アジサイ隊長補佐も、変な事言うんだから……大体、ウチの〔ガキんちょ連中〕なんか、あたしのタイプじゃ無いのに……」
ようやく頬も冷めて落ち着いたアマネは、やがて見覚えのある、ボーっとした姿を見つけた。

「あ、いたいた!タカキーっ!!」
「……ん?何だよ、アマネ」
「インストールのやり方で、判らない所があるのよ、お願い、教えて!」

そう言いながら、愛らしいがどこか芝居掛かった〔お願い〕ポーズをするアマネに、タカキは両手を振って答える。

「えー!?俺、もうすぐ哨戒任務の時間だから、ダメだって!エンゲツかソラにでも……」
「皆がいないから散々探し回って、ようやく今タカキを見つけたのよ!時間ギリギリ迄でいいから!ネ?」
「……ったく、しょうがねえなぁ……じゃあ、早いとこ済まそうぜ」
『ラッキー!これで仕事も片付くわ……ごめんネ、タカキ』

頭を掻きながら、まるで妹のワガママに振り回される兄貴の表情で答えるタカキと、又も芝居掛かった調子で彼の腕にしがみついて、見られぬ様にこっそり舌を出したアマネは、連れ立って歩き出した……

……そして今は、唇を噛み締め、眼に涙を溜めて、うなだれるだけのアマネだった。

「ほんのついさっき、タカキはあたしのすぐ横で、インストールを手伝ってくれてたのに……こんな事になっちゃうなんて……」
言い終わるや否や、涙が溢れて頬を伝う……それを他人に見せたくないのか、慌てて手の甲で乱暴に顔を擦った。

「……もし、アジサイ隊長補佐が言ったみたいに、タカキを引き留めれていれば……」

そもそも、あいまいな理由で引き留める事など出来る筈が無く、もちろん、アマネに責任は無い。しかし、タカキと直接逢っていた自分が何かしていれば、状況を変えられたのでは無いか?それは、彼女の思い上がりであるとも言えたが、その純粋な心から発せられた気持ちを、誰も咎める事は出来無いだろう。

「……タカキ……ジクウ司令……」
ただ、今となっては、それは〔後悔〕以上の何物でも無いのも、事実だ。アマネが先程から苛立っていたのは、そのジレンマ故だった。

戦闘部隊内は、アマネの感情が伝染したかの様に、重苦しい空気で満たされていた。ソラとエンゲツは元より、タツヤやアワユキでさえ、言葉が見つからず黙り続けるしかなかった。そんな中ハルカが、今度は良く通る声でゆっくりと口を開いた。

「……アワユキ」
「は、はい、隊長!何でしょうか?」

彼のお陰で、重苦しい静寂が破られた事に、安堵感を覚えながらアワユキは答えたが、ハルカは彼女が予想だにしなかった事を尋ねた。

「今日の夕食の献立に、カレーはあったかな?」
「え?……は、はい!!確か……あった筈です!」

ハルカの問いもさる事ながら、〔今日の献立〕を即答するアワユキに、他の者達は驚きを隠せなかったが、彼は更に思いも掛けない言葉を続ける。

「じゃあ、夕食迄には終わらせないといけないな……なんたってカレーは、私の大好物だからね」

あっけらかんとした調子で、そう言うハルカ。行く手に待ち受ける実戦も、今の彼には〔倉庫の整理〕か〔壁のペンキ塗り〕程度でしかないのだろうか。

「なぁんだ、気が合うなぁハルカ!実は俺も大好きなんだよ、カレー!」
ハルカの本心を察してか、はたまた元々同じ神経の持ち主なのか、タツヤも負けじと明るく呑気な口調で言った。

『は、はぁ?カレーって一体……』
『こんな時に何を言ってるんだ?この人達は……』

もしかして、隊長達はどうにかなってしまったのか?揃って凍り付いてしまったソラとエンゲツ。もしも彼らを見る者がいたなら、悪いとは思いつつもその唖然とした表情に失笑してしまっただろう。そしてアマネにとって、ハルカとタツヤの会話は、再びナーバスになる為の材料でしかなかった。

「隊長にタツヤさん!?こんな時にふざけるなんて……」
「アマネ、あなたの言いたい事は判るわ。ここは私に任せて!」
「隊長補佐……」

二度目の爆発は、アワユキによってどうにか封じ込められたが、アマネの味方と思われた彼女の瞳には、悪戯っぽい光――司令部でアケボノがアゲハに見せた微笑みと同じ様な――が浮かんでいた。

「それでは……少しでも無傷で戻られた方に、私の分のカレーも差し上げる、と言うのはどうでしょうか?」
「うん、そいつはいいね!」
「よーし、アワユキ君の分も俺が頂きッ!」

アワユキのおどけた提案に、無邪気な顔で答えるハルカとタツヤ。これには、さすがのアマネも我慢の限界を越えて、大声で泣き出した。

「何なのよッ!?隊長補佐まで一緒になってッ!!……バカッ!もう皆なんか、知らないッ!!」
「ごめんなさい、アマネ!まさか、そんなに怒るなんて……」
「ア、アマネが泣いた所、初めて見たぜ……」
「あ、あぁ、意外と脆い所があったんだな……」
「おいおい、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ、アマネちゃん。泣きやんでくれよ……」

アマネは堪えていた気持ちを吐き出し、アワユキは少し慌てて、ソラとエンゲツは仲間の意外な一面に驚き、タツヤは優しく宥める……いつの間にか、重苦しい空気はどこかに吹き飛んでいた……そして頃合いを見て、ハルカが苦笑しつつ声を掛けた。

「ハハハ、まいったな……済まなかったアマネ、機嫌を直してくれないか……それじゃ、夕食も決まった事だし、そろそろ打ち合わせでもしようか、皆」

【伊勢湾上空】
ハルカは、自身のプランを全員に語り終えた。既に編隊は、伊勢湾上空にさしかかっている。

「……と言う訳だ。まぁ、最終的には、私がうまくやれるかどうかなんだが……」
「その様なプラン、私は絶対反対ですッ!!」
「アワユキ……」

一通り話し終えたハルカがもう一言付け足そうとするが、アワユキの高揚した声がそれを遮った。困った様子のハルカに、タツヤが呆れた様な声で追い討ちを掛ける。

「よくもまぁ、そんなプランを……やっぱり、基地を出る前から決めてたのか?」
「まぁね」
「見てる分には、面白そうだけどなぁ……さすがに俺も、アワユキ君に賛同するよ」
「やれやれ、タツヤも私の味方をしてくれないのか、まいったなぁ」

溜め息混じりに頭を掻くハルカ……そしてソラ、エンゲツ、アマネに至っては声も出せない状態だった。

『そ、そんな無茶苦茶な……』
『た、隊長……あなたは何と言う事を……』
『し、信じられないわ……』

彼らの心の声を聞き終わったかの様なタイミングで、再びハルカは話し始めた。

「……私としては、現状においてベターな方法であると考えたんだ。もちろん、別の方法があるのかもしれないが、どうも私の頭ではさっぱり思い付かなくてね……皆、他に何かいいアイデアはあるかな?」
「……」

かねてからハルカは、職制や年齢の上下に関係無く、自由に発言出来る雰囲気を好み、また奨励してきた。それが、コーカサス戦闘部隊独特の、自由な気風を生んでいた訳でもある。だから、今の問い掛けに対して誰も答えられなかったのも、遠慮等では無く本当にアイデアが無い為だった。そして、タツヤが降参するかの様な口調で、呟いた。

「……確かに、後は呼び掛けて説得する位しか、手は無いか」
「説得については、ジクウ司令がされている筈だ。しかし〔状況〕に変化は無く、今もって進行中だ。司令が説得出来なかった相手を、私達が説き伏せる事など、とても無理だと思うよ」
「成る程な……だとしたら、いよいよハルカのプランしか無い訳だ……判った、俺はその手に乗る事にしたよ」

タツヤが頷くと、今度はアワユキがぽつりと呟いた。

「……私が賛成出来ないのは、隊長だけにそんな危険な事をさせたくないからです……」
「一見するとそう思えるかも知れないが、実際は、私より皆の方が大変なんだよ。大体、自分一人だけ苦労するのは嫌だし、そんなの私らしくないだろう?」

虚勢も張る訳でも偉ぶる訳でも無く、穏やかな声で優しく諭す様に話すハルカ。そんな彼を信じて全てを任せたい自分と、不安に押し潰されそうな自分との葛藤に苦しむアワユキ。絞り出した声は、僅かに不安が優っていた様だ。

「……でも……隊長……」
「とにかく私のプランは、今ここにいる全員の協力が必要なんだ。だから、一人でも反対者がいれば実行は困難だ。そして私達は、彼らが通り過ぎるのを、黙って見送る事になるだろう……」

もう、躊躇している時間は無い。ハルカは、この場の責任を負う者の務めを全うする為、全員に告げる。

「もし、他にいいアイデアが無ければ、私のプランに賛成か否か、改めて皆の答えを聞きたい。出来れば、満場一致で賛成だといいんだけどなぁ……」

呑気な声でそう言ったハルカだったが、その瞳には、深く熱い闘志を静かにたたえていた。

(22/05/08)

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