小さな巨人ミクロマン 創作ストーリーリンク 「タスクフォース・コーカサス」 0005

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【伊勢湾上空】
蒼き大海原を眼下に臨み、ただ一機、神の放った銀の矢の如く、ベースロケッター2は行く。

「……あなたには感謝しています、ジクウ」
ジザイはそう呟くと、視線を右前方に向けた。悠久の空の下、海鳥の群れが舞っている。

「私と兄さんが己の信念の為に、仲間達と生きる道を捨てて同志を集め、離反を宣言して行方を眩ませた後……彼等が我々を危険視して、討伐しようと言う動きが起きても、何の不思議も無かった。むしろ当然の事だろう」
その群れから、二羽の海鳥が離れて海面に向かっていく。

「そう、もしあのまま行けば……ミクロマンとアクロイヤーの様な、結果的に別々の道を歩んでしまった者同士では無く、正に純粋な同族同士によって、流血さえも辞さず争うと言う、滑稽な事態に至っていたかもしれない……もちろん我々〔エリュシオン〕は、その覚悟で袂を分かったが」
群れの方は高い空を進み、二羽の方は海面間近を滑空しつつ遠ざかっていく。

「だがあなたが、我々を監視する特務部隊〔コーカサス〕を自ら設立して、間に入る形となった事で、取り敢えず最悪の事態は回避された」
群れの中から、今度は一羽の海鳥が飛び出した。そして、海面の二羽を追いかけようとするが……

「しかし、あなたが私達兄弟と親しかった為、エリュシオンに合流する可能性も否定出来ない事から、充分な装備やベテラン人員の配備は叶わなかった。その上、直接的な支援も受けられず、味方から孤立同然になってしまった。気の毒にも」
二羽に追いつこうにも既に遅く、元の群れからは離れすぎて、結局一羽は独りぼっちで別の方向へ飛び去っていった。

「ジクウ、あなたは本当にお人好しで甘い人だ。だからこそ私は、あなたをエリュシオンに誘わなかったのかもしれない。兄さんは、残念がっていたが……」
ジザイはその一羽を見届けて、視線を正面に戻した……口元には寂しげな微笑みが浮かぶ。

「ただ……離反する事を打ち明けた所で、あなたが賛成する筈は無かったでしょうが」

<ビーッ!>
コクピット内に響くアラームが、ジザイを現実に引き戻した。モニターに眼をやり、情報を確認する。

「前方にサーベイヤー1タイプ!……恐らく、コーカサス所属機だな……つまり、サーベイヤーランドか」
感傷に耽った表情は影をひそめ、冷徹で策謀に長けた男の顔に戻るジザイ。

「先程と同じく、その機体ではベースロケッター2を止める事は出来ない。もっと、まともな航空戦力が配備されていれば、余計な苦労をせずに済む物を……」

優秀なベテランを擁するエリュシオン。当然、彼らの諜報活動もレベルが高く、コーカサスについては、所在地を初めとして、その全容をほぼ把握していた……しかしコーカサス側にしてみれば、司令官であるジクウが、機密の守秘に関して敢えて徹底させていなかった為、どのみち情報は筒抜けだった。そんな状況に危機感を持ったアメノが、機密守秘の重要性を訴えた事があったが……

「隠さなきゃならない様な物なんか、ここには無いでしょ。まぁ、ご婦人は何かと困るかもしれないけど、〔鉄壁〕のアメノさんみたいに、ガード固くしてれば問題無いと……」
そこ迄言って、ふとアメノの顔を見たジクウは、血相を変えて土下座で平謝りしたと言う顛末だったが、これは余談である。

ジザイはオートパイロットを解除すると、憐れむような表情で呟いた。

「もっとも……彼らが余計な苦労をしなければならないのも、全て我々のせいなのだがな」
その時、通信機がサーベイヤーランドからの警告をキャッチした。

「前方のベースロケッター2に告ぐ!こちらはタスクフォース・コーカサス!ただちに武装を解除して指示に従え!繰り返す……」
若い男の高ぶった声が、ジザイの耳を打つ。ジザイは知る由も無かったが、その声の主はエンゲツだった。

「相手が自発的に従う様に、ただ促すだけ……そんな生易しい姿勢では、結局何も守れない……全て失うだけだ!」
ジザイの側が発信回線を閉ざしている為、無情に言い捨てるその声は届かなかったが……まるでそれに答えるかの様に、エンゲツは叫んだ!

「行くぞ!光波キャノン、発射ッ!!」
サーベイヤー1のミサイル砲を換装した、サーベイヤーランド専用火器が、続けざまに火を吹く!

「どこを狙っている!?素人同然の腕だな……エネルギーシールド、前面に展開!」
ジザイの操るベースロケッター2は収束率の低い攻撃を余裕でかわし、数少ない直撃もジザイの固い信念を具現化したかの様な〔壁〕が、敢なく弾き飛ばすが……

「大した威力では無い!?……出力を絞った、威嚇攻撃か!……全く、どこまで甘ったるいのだ……貴様らは!!」
自分が舐められている事に憤りを覚えたジザイは、冷静な普段とは違って感情を露にしていた。

互いの距離は、みるみる狭まって行く。だが、最初に遭遇したサーベイヤースカイとは違い、サーベイヤーランドは一向に回避機動を取る気配が無い。ジザイの頭の中を、ある考えがよぎった

「……まさか……〔カミカゼ〕か!?」
ジザイは、迫り来るサーベイヤーランドに恐怖した!……対するエンゲツはいつものクールさを脱ぎ捨てて、昂る衝動に身を任せながら向かってくる!

「シールド全開!行けェーッ!!」
「馬鹿野郎がッ!!」

下に潜り込む様に突っ込んで来たサーベイヤーランドを、すんでの所でかわすジザイ!……急上昇を掛けるベースロケッター2を襲うGに、全身を締めつけられて意識が遠のくが、かろうじて持ち堪えた。

「……ち、地球人の……無謀な行為を真似して……悲劇のヒーロー……気取りか!?」
苦しそうに言葉を絞り出しながら、何とか機体を水平に立て直して、巡行状態に戻そうとするジザイ。

<ビーッ!>
しかし、そんな彼に休む間を与えないかの様に、アラームが新たな反応を知らせる!

「……ぜ、零方向に反応?……上か!!」

まだ呼吸の落ち着かないジザイが見上げた天頂から、蒼き稲妻の如く一直線に降下してくるのはマシーンZだ!そして、鋼の戦士が己の体内に宿す一心同体の命――コマンド3号タツヤ――の瞳には、先程までの柔和な光は無い。勿論、恐れも迷いも無く、ただ熱く蒼い炎が煌めく。

「……チッ、そう言う事か!!」
頭を押さえられる事に危機感を覚えたジザイのベースロケッター2に狙いを定めて、蒼く鈍い光を放つマシーンZが迫る!

「デェスゥトッ、ビィーームッ!!」
タツヤの叫びと共に、マシーンZ頭部の双角が眩い光を発し、やはり出力を絞った破壊光線が、ベースロケッター2めがけて放たれたが……

「マシーンZの機動力をもってしても、今更、私を止められはしないッ!」
今度は機体を急速反転降下させて、回避機動を取るベースロケッター2に、遠く攻撃は及ばなかった。

「まだ判らんのか!〔専守防衛〕に殉じた所で、笑い者になるだけだと言う事に!」
そう叫ぶジザイを乗せて、ベースロケッター2は海面間近を行くが……彼は海中に潜む〔影〕の存在に、まだ気付いていなかった。

【数刻前・伊勢湾海中】
「……サーベイヤーアクア、浮上開始!」
「了解!サブエンジン、始動!サブブースター接続、噴射!」

海中に潜む〔影〕――サーベイヤーアクアの漆黒に包まれた機内に、指揮官ハルカと操舵手ソラの声が響き渡る。機体は海面目指してゆっくりと浮上を始めた。

「サブエンジン、出力上昇!」
「……本艦後方、サーベイヤーランドを振り切ったベースロケッター2に、間も無くマシーンZが接触します!」

ソラに続いて探査手アワユキが、あらかじめ海上に敷設された探知機からの情報を伝達する。

「海面まで約60秒!サブエンジン、出力最大!」
「……光子コンデンサーへのエネルギー充填、完了!」

ソラの報告を追って、彼と同様に張りつめた声を発するのは火器管制手アマネだ。

サーベイヤーアクアが海中に潜航していた理由、それは光子エネルギーをエンジンとコンデンサーの二系統に振り分けてチャージする時間を稼ぐ為だったのだ。

「光子エンジン、始動!」
「……マシーンZがベースロケッター2に接触!現在攻撃中です!」

ソラの宣言と共に、光子エンジンが唸りを上げる。その振動に身を委ねながら、アワユキが最新の状況を伝達する。

「光子エンジン、出力上昇!」
「……〔磁力波動砲〕のチェック完了、両舷とも異常無し!」

緊張に彩られながらも、それぞれの責務を慎重に遂行するソラとアマネ。

サーベイヤーアクアの指令タワー両側面に装備された主力火器は、サーベイヤーランドと同様に、サーベイヤー3の光子ロケット砲から、マシーンタンクと同性能の磁力波動砲に換装されている。

「メインブースター、接続10秒前!」
「……マシーンZの攻撃を振り切って、ベースロケッター2が降下!速度がダウンしています!」

ソラやアワユキの顔に差し込む、揺らめく陽光が徐々に明るさを増す。海面はもうすぐだ。

「5、4、3、2、1、メインブースター接続!噴射!!」
サーベイヤーアクア後部のメインブースターが眩い光を放ち、轟く噴射音を響かせ、大小無数の泡を生み出した。

【伊勢湾海上】
「サーベイヤーアクア、発進!!」

ハルカの声と共に、海面を割って浮上するサーベイヤーアクア!!最大戦速で左右に高々と水飛沫の壁を築きながら、誇らしげな雄姿が海上を行く!

突然、ベースロケッター2前方の海上に現れたサーベイヤーアクアの後姿に、ジザイは思わず眼を奪われた。

「今度はサーベイヤー3!?……いや、サーベイヤーアクアか!小賢しい真似を!!」
そう言いながら、ベースロケッター2を加速させるジザイ。サーベイヤーランドやマシーンZに攪乱されて減速してしまったが、序々に追い上げを掛け、サーベイヤーアクアの上空を追い越した。

「そんな鈍重な機体で、追い付けるものかッ!!」
ジザイの言葉通り、ベースロケッター2は徐々にサーベイヤーアクアを引き離して行くが、まだ推定射程圏内からは抜け出していない。

「……追い付けないとなると、光子ミサイル砲か!?どうやら〔専守防衛〕の信念をかなぐり捨ててでも、私を止めるつもりだな!だが、機動力で勝るベースロケッター2には当てられんよ!」

この場の勝利――追撃を振り切る事――を確信していたジザイだったが、彼は二つの事実を知らなかった。一つは、サーベイヤーアクアの火器が〔換装〕されている事。そして、もう一つは……

【伊勢湾海上】
「光子エンジン、出力最大!全機能、オールグリーン!」

最大戦速で上昇し続けるサーベイヤーアクア。機体が無事に持ち堪えているのを確認して、ソラは安堵した。そして、アマネはこれからが正念場だ。

「……磁力波動砲、発射用意!!光子コンデンサーから波動砲へ、エネルギー充填!」
光子コンデンサーへのエネルギー充填が予め行われた理由、それは共にエネルギーを消耗する最大戦速と波動砲発射を、同時に実行する為だったのだ!

「……何故、すぐに攻撃を仕掛けて来ない?……今を逃せば、手遅れだぞ」
ジザイにしてみれば、敵の心配をするなど無駄で馬鹿げた事だ。だが、この妙な胸騒ぎは何だ?多くの戦いをくぐり抜けてきた彼の勘は、〔何かがおかしい〕とざわついていた

「エネルギー、充填完了!ターゲットディスプレイ、投影!!」
アマネが眼前に投影されたターゲットディスプレイを見つめる。しかしそこに、ベースロケッター2の姿は無かった!?

「目標、後方機体推力線!!海面迄の射線クリア!安全装置、解除!」
ジザイが知らなかった、もう一つの事実……それは、サーベイヤーアクアの波動砲発射口が両舷共〔後方〕を向いていた事だった!

「リコイルアブソーバー、解除!!発射10秒前!総員、衝撃に備えよ!」

リコイルアブソーバー、それは磁力波動砲発射時の反動を相殺するシステムである。もしそれを解除すれば、強大な反動が生み出す運動エネルギーによって、機体が発射方向の反対側に飛ばされてしまうだろう。そして今、発射口はサーベイヤーアクアの後方を向いている。それは即ち!?

「5、4、3、2、1、発射ッ!!」

アマネの叫びと同時に、二つの眩い光球がサーベイヤーアクアの後方に生まれ、すぐに長い光条に変わると海面に向かって伸びる!その瞬間、サーベイヤーアクアの巨体は消えた!?いや、信じられない猛加速で、天空に向かって跳躍していたのだ!!

「ぐはッ!?」
「はあッ!?」
「ううッ!?」
「くッ!?」

ソラ、アマネ、アワユキ、そしてハルカが、急激なGに顔を歪ませる!しかし、気を失う訳には行かない。まだ、戦いは終わっていないのだ。

「なッ、なにィーッ!?」
後方を振り返ったジザイが全てを悟った時は、既に手遅れだった。ベースロケッター2の背後に、サーベイヤーアクアは迫っている!手を伸ばせば、掴めるかもしれない距離まで……

「今だ!射出ッ!!」
ハルカの叫びと共に、彼の駆るカプセルジェットが飛び出した!予めアームワゴンのパワーアームを左右に装備していたカプセルジェットは、ベースロケッター2に向かって全速力で突進する。そう、〔手を伸ばしてベースロケッター2を掴む〕為に!

<ガシィッ!!>
「うおッ!?」

激しい音と衝撃に、思わず声を上げるジクウ!カプセルジェットのパワーハンドが、ベースロケッター2の尾翼と右主翼を掴んだのだ。もし相手が地球人の航空機ならば、掴んだ部分をもぎ取るだけだっただろう。正に、ミクロマンマシン相手ならではの芸当だった。

今や運命共同体となった、ベースロケッター2とカプセルジェットを残し、サーベイヤーアクアは高度を下げながら離脱して行く。気が付くと、マシーンZとサーベイヤーランドも戻っており、三機は元通りに編隊を組んで、反転して行く。

「ハルカ!!後は頼んだぞ!」
「頑張って下さい!!」
「俺達も頑張ります!!」
「負けないで!!隊長!」
『どうか、ご無事で……』

タツヤ、エンゲツ、ソラ、アマネが各々の思いをハルカに送る。そしてアワユキは涙を堪えながら、胸の内で祈りを捧げた。彼らはこの場をハルカに託し、サーベイヤースカイを救う為、飛び去って行った。

【伊勢湾上空】
サーベイヤーランドとマシーンZによる攪乱、そしてサーベイヤーアクア本体をブースター代りにしたカプセルジェットによる強襲。それを聞いたタツヤが推察した通り、このベースロケッター2攻略プランは出撃前の時点で、既にハルカの頭の中にあった。彼が司令タワーでは無くカプセルジェットに乗り込んでいた事を始めとする、出撃メンバー各員の適性を考慮した配置がその証だった。

「無茶な事をッ!あくまで〔専守防衛〕に則ったと言う訳か!?」
ベースロケッター2の高い推進力のお陰で、カプセルジェットに取り付かれながらも、かろうじて機体を立て直したジザイは、こう言って切り出した。それに対しハルカは、ふらつく頭を擦りながら、あくまで自身の要求を突き付ける。

「……先程から、通告していますが……ただちに武装を解除して、指示に従って下さい」
「尾翼と主翼を切り離しても、この機体の推力なら、充分飛べるぞ!」

そう言って、ハルカの行動など意に介さない事を、強調するジザイだが

「慣れない事をしたせいか、指が強張って〔光波マシンガン〕のトリガーから離れないんですよ。このままでは、いつトリガーを引いてしまうか判りません」

まるで他人事の様に淡々とした口調で、ジザイにプレッシャーを掛けるハルカ。確かに、後部に取り付いたカプセルジェットの主火器――光波マシンガン――の射線は、ベースロケッター2のメインエンジンを至近距離に捉えている。翼を切り離されるより早く、致命傷を与える事が出来るだろう。

「……地海底ミサイルを含め多くの武装を満載した、正に火薬庫とでも言うべきこの機体を撃てるか?撃てば君も、只では済まないぞ?」
ハルカが一筋縄で行かない相手であると思い知らされたジザイも、彼に負けじと予期される事実を突き付けるが……

「いえ、武装は全部、ダミーでしょう」
ハルカは、ジザイの言葉をあっさりと否定した。

「ほう……何故、そう考える?」
「勘です」
「そんな非論理的な事は、理由にならないだろう」
「では……今回、あなた達が正式に武装蜂起したとは、考えられなかった、と言い換えてもいいです」

ジザイは、ハルカの思考に興味を持ち始めた。

「それは、どう言う事だ?」
「我々に対し、通告もせず行動を起こす事は、〔あなた達の正々堂々とした性格〕からして、到底有り得ない、と考えました」
「しかし……昨日迄有り得なかったからと言って、今日も有り得ないとは言い切れないのではないか?いわゆる〔乱心〕の可能性も否定出来ないだろう?」

一触即発な現状をどこかに押しやり、二人は会話のキャッチボールを楽しみ始めていた。

「それにしては、あなた達は正面から威風堂々と現れました。正に〔あなた達らしさ〕を感じる他ないですよ。大体、あなた達が本気を出せば、我々などひとたまりもないですから、わざわざ奇襲に頼る必要はありませんし」
敵である自分達を、臆面も無く褒めるハルカに、ジザイは苦笑せざるをえなかった。

「フフフ……随分と高く評価された物だ、我々も」
「よって、〔実戦を想定した訓練〕か〔単なるデモンストレーション〕のどちらかであると判断しました」
「成る程……」
「ただ、デモンストレーションが、それだけでは終わらない事もあります。又、エリュシオンの内部分裂発生や、この状況を〔第三者〕が利用する可能性もあるので、早く終結するに越した事は無いと考えています。どうか、指示に従って下さい、お願いします」

ジザイは、ハルカの要求を飲む事にした。だが、敗北感や悔しさと言ったネガティヴな感情は無く、むしろ清々しささえあるのが不思議だった。それは、ハルカの勝ち方に納得したからなのか、彼の柔和な物腰のせいなのか……

「判った……どうすればいいかな?」
「そうですね……反転して、お仲間の所へ引き返して下さい……ちなみに、カプセルジェットが振り落とされない様、旋回はゆっくりお願いします。まだ、トリガーから指が離れませんので」
「……あぁ、慎重にやらせて貰うよ」

呑気な口振りや態度とは裏腹に、したたかで気の抜けない相手だ……ジザイは、言葉通り丁寧に、ベースロケッター2を旋回機動に入れた。それを確認すると、ハルカはちゃっかりした様子で一言加えた。

「最後にもう一つ……〔速達〕でお願いします、本当に急いでいますので」

ジザイはハルカへの好奇心に勝てず、自分から会話を続けた。

「それにしても……君自らが、危険を冒してまで乗り込んでくるとはな。やはり〔弟子は師にならう〕か……」
「こんな事、部下には頼めないですからね。もし私が上官から命令されたら、海へ飛び込んででも逃げ出しますよ」

フザケて聞こえる言葉の中に、ハルカの人柄が見え隠れする。部下思いの上官である事、自らの行動で責任を果たす事、その穏やかで掴み所の無い印象からは想像し難いが、智将であり、猛将でもある事だ。

「本当に面白い男だ、君は……そう言えば、あの時もそうだったな……覚えているか?」
「すみません、いつの事でしょうか?」
「私達が共に名古屋支部にいた頃の、シミュレーション演習の時だ」

かつて、彼ら――他にジユウや、ジクウを始めとするコーカサスの幹部らベテラン――は、名古屋支部に在籍していた事があった。

「はい、覚えています。私とあなたが、対戦した……確か、最初で最後だったと思いますが」
「そう、まだ終戦直後で戦後世代もいなかった頃だ……元々、君には〔地味で目立たない男〕と言う印象を持っていたのだが」
「よく言われます」
「演習開始後の豹変振りには、正直言って驚いたよ。私の強固な防衛ラインに対し、君は苛烈な一点攻撃で緩急無く畳み掛けてきたな」

つい昨日の事の様に、ジザイの眼前にその情景が浮かぶ。

「あなたの守りは固くて、突き崩すのは至難の技でした」
「だが君は、私の防衛ラインを突破した。その後、一気に本営迄突き進んで、圧倒的優位で速やかに決着を付けるかと思いきや、今度は悠長に構えて」

「はい」
「隣の副官に向かって、『今日の夕食の献立に、カレーはあったかな?』と、全く関係ない事を聞いていたな。こちらは、首の皮一枚でつながっている生殺し状態で、決着の付かないジレンマに悩まされていたと言うのに」

その副官とは、当時着任して間も無いアワユキだった。先程、戦闘前にハルカが同じ質問を問い掛けた時、彼女の脳裏には、きっとその頃の記憶が甦っていた事だろう。

「どうも、すみませんでした」
「いや……考えてみれば、まだ挽回する方法は幾らでもあった筈だが、君の悠長な振る舞いに冷静な判断力を失って、自らチャンスを閉ざしたのは私自身だった。敗けるべくして敗けた訳だ」

自嘲気味に話すジザイに対し、ハルカは静かに反論する。

「失礼とは思いますが……あの時のあなたは、本気では無かった。大体、あなた程の戦略家が、私などに敗けるはずがありません」
「あぁ、確かに本気では無かった。何故なら〔君〕と言う人間を見抜けず、見くびっていたからな……つまり、戦う前から敗けていたと言う事だよ……もっとも、君も後の対戦で敗けて、優勝する事は叶わなかったが」
「えぇ。あの時優勝されたのは、たまたま名古屋支部にみえていた、エックス参謀でしたね」

エックスはコマンド部隊の参謀で、多くの者から信頼を集めているベテランである。

「そうだったな……それはともかく……君と私の勝負は、これで君の2勝、私の2敗になった」
「いいえ、今回もあなたは本気では無かった。だから、私はあなたに勝てた訳では無いですよ、勿論あの時も」

そして、暫しの沈黙が流れ……ジザイが口を開いた。

「いつ迄もそんな所にいるのは、なんだろう?こちらに来ないか?」
そう言って、ベースロケッター2の後部座席にハルカを誘ったが

「遠慮しておきます。ハグレに続いて、私まで人質になる訳には行かないですから」
ハグレはスパイマジシャンで、ジクウ直属の諜報員としてコーカサスの諜報活動を担っている男だ……ちなみに、ハグレと同期だったハルカとダイチが、〔ある理由〕の為に自らスパイマジシャンを退任していた事は、リョウヤが口にした通り、事実だった。

「……知っていたのか」
「あなた達の動きがあったにも関わらず、彼からの連絡が一切入らなかったので」
「君達に充分な人手があれば、ペアで行動出来るのだがな」
「まぁ、どちらにしても彼は一人が好きですから。所で……彼は今、移動基地にいますね?」
「本当に、君には何でもお見通しだな……だが、今迄の推理で一つだけ外れた事がある……それは、ベースロケッター2の武装はダミーなどでは無く、全て実弾だと言う事だ」

しかし、ジザイの告白に何ら驚く様子も無く、ハルカはあっさりと答える。

「えぇ。幾ら訓練やデモンストレーションとは言え、あなた達が実弾を装備せずに、出撃する筈は無いですからね」
「……全く、君と言う男は……私は、後悔しない事を信条としているが……君を仲間にしなかった事に関しては、その信条を撤回しなければならない様だ」
「私は、あなた達の役には立てませんよ。何と言っても、私は怠け者ですから……」

ハルカは謙遜する訳でも無く、本心からそう告げた。

(22/09/17)

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