二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第二話 二人のプリンセス (1-2)

 東西に広がる大陸を二つに分断するように南北に走る山脈の南側には、いくつかの王国がある。
 イゾラデ王国はその中でも最も南にあり、気候も温暖で農耕に適し、コバルトブルーの海からも海の幸を得られる恵まれた土地だ。
 一年中咲き乱れる花々から作られる香水はこの国の特産品であり、その他にも美術品やデザイン性の高い服飾などが有名で、他国から商品を買い付けにくる商人たちで賑わっていた。
 そんなに恵まれたイゾラデ王国を、自国の領土下に置きたいと進軍してきた国もあるが、いまだに独立した王国でいられるのには理由がある。
それは、イゾラデ王国が精霊に愛され、守られている国だからだ。
 これまで侵略を企み進軍してきた軍隊は、山脈で遭難したり滑落事故にあったり、また他の国の軍隊は森の同じ箇所をぐるぐる歩き回り、イゾラデ王国に辿り着けないばかりか、野生の動物の大群に襲われて命からがら自国へ引き返していった。
 敵意がなければすんなりと通れて、交易が図れることから、精霊に守られたイゾラデ王国の噂は遠い国にまで伝わり、この国を侵略しようとする国は無くなった。
 イゾラデ王国に伝わる伝記によると、最初にこの地を見つけて住み着いた人々と精霊たちの間にできた子供が、精霊たちの加護を受けて魔力を持つようになり、やがて人々を統べていったのが、イゾラデ王国の始まりだとか。  
伝記を裏づけるように、王族や血縁者たちは、個人差こそあれ魔力を保持している。
 王弟の娘メルシアと王の娘のミレーネも七歳と三歳ながら、小さな体に魔力を秘めていて、日々の遊びにも使われていた。

「メルシアお姉さま、見て! きれいなチョウチョよ」

 王宮の庭園に咲いた花々の間を飛び交う蝶を見たミレーネが、緑の瞳を輝かせ、陽の光に輝く銀髪を揺らしながら追いかけていくと、栗色の巻き髪を両肩に垂らしたメルシアが、そんなもの簡単に捕らえられるのにとうんざりした顔で呪文を唱えた。
 その刹那、バチッと音がして蝶が空中で震えた後に、木の葉のように舞い落ちる。ミレーネが驚いて駆け寄り、恐る恐る蝶を掌に載せた。

「チョウチョさん動かない。メルシアお姉さま、呪文を言ったでしょ。どんな魔法を使ったの?」
「あなたのために蝶にショックを与えて、落としてあげたのよ。そんな批難するような目で見ないでほしいわ」
「メルシアお姉さま、チョウチョがかわいそうです。生き返らせて」
「気絶しているだけじゃないの? そんなに虫が好きなら、特別な標本を作ってあげるわ」

 メルシアがまた呪文を唱え、手を庭の木や花にかざす。すると、蜂やバッタやカマキリなど、あらゆる虫が葉陰から飛び出して、木に張られた蜘蛛の巣に次々と張り付けられていった。
 ミレーネと侍女たちが悲鳴をあげる。
 ミレーネの教育係として付き添っていたアイリスが、メルシアに怒りの声をあげた。

「何て下品で残酷なことをするの! メルシア姫、ミレーネ王女の前で無暗に殺生をするのはやめてください」
「あら、アイリス嬢、未来の女王に向かって口答えをしていいと思っているの?」

 メルシアが赤い目を眇めて顎をツンとあげ、十歳も年上のアイリスを睨みつけると、後方で控えるメルシアとミレーネの侍女たちが顔を見合わせて、ひそひそと囁きあった。

「あら、まだご自分が、第一位の王位継承権を持っているとでも思っていらっしゃるのかしら」
「そのようね。国王の第一子のミレーネさまが筆頭であるのを誰も教えてあげないなんて、ある意味おかわいそう」
「そんなこと伝えてごらんなさい。こちらが親切のつもりでも、逆恨みされかねないわ」
「ほんとね。あんな意地悪で冷たい方が女王にでもなったら、この国はおしまいだわ」
「もし、ミレーネさまがご誕生していらっしゃらなくても、メルシアさまは王位を継げないんじゃないかしら。だって王族たちは金髪や銀髪で、青や緑の瞳が多いのに、あの方だけブルネットで赤い目でしょ。取り換えっこだとか、子宝を授かるように祈祷させた黒魔術師の子供だという噂もあるわ」

 アイリスが侍女たちの無駄口を咎めようとしたが、遅かった。


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