二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(1-4)

 王宮からほど近い侯爵家に停まった馬車の扉を召使が開けると、その手も借りずにメルシアは外に飛び出した。
 普段は取り澄ました貴婦人のように、ツンと顎をあげ、立ち振る舞いも指先にまで神経を行きわたらせているのに、今は年相応の癇癪を起した少女でしかない。 
 慌ててドアを開いた召使いの横をすり抜けて屋敷の中に駆け込んでいく。
ドレスの裾を両手でたくし上げたメルシアは、大理石の床にヒールの音が響くのも構わず長い廊下を駆け抜けて、乱れた髪を直すこともなくティールームのドアをノックもなしにいきなり開けた。

 果たしてそこには、金茶の髪を高く結い上げた王弟妃カリーナが、いつもながらに四、五人の取り巻きの貴族婦人たちと一緒にお茶を飲んでいた。
 メルシアが三、四歳の頃に同席させられたお茶会には、今の三倍以上の貴婦人がいた記憶がある。当時はメルシアを未来のクイーンとおだてたて、芝居がかったお辞儀をする婦人たちが、メルシアにプレゼントを欠かさなかったものだ。
 それがいつの間にか、お茶会の出席者が減っていき、メンバーは固定されてしまった。
 以前母に、なぜお茶会が縮小したかを尋ねた時にははぐらかされたが、今日は絶対に本当の理由を聞いてやる。
 もう二度と侍女たちにあんなことを言わせない。思い出したくもないのに、侍女たちの話が頭に蘇る。

『あら、まだご自分が、第一位の王位継承権を持っているとでも思っていらっしゃるのかしら』
『そのようね。国王の第一子のミレーネさまが筆頭であるのを誰も教えてあげないなんて、ある意味おかわいそう』

 さきほど聞いた、未来のクイーンはミレーネという話が本当なら、用済みになったメルシアに礼儀を尽くす者たちが減ったのも頷ける。
 でも、私の方が先に生まれて、国の未来を担う者として大切にされていたのよ。
 横取りなんてひどいわ!

「お母さま、お話があります」
「まぁ、メルシア。走ってきたの? そんなに息を切らして、いったい何があったというの? プリンセスはいつも毅然としていないとだめだと教えたでしょう? 忘れてしまったのかしら」

 取り巻きとの優雅なひと時を邪魔されたカリーナ王弟妃は、ハシバミ色の目を眇め、メルシアの無礼な行動を叱った。

「お、覚えているわ。お母さまは、私の未来に備えていつもプリンセスらしくしなさいとおっしゃるけれど、私の未来は変わってしまったのはないの?」

 カリーナが青ざめ、取り巻きたちも表情を強張らせて視線をさまよわせる。張り詰めた空気を破るように、カリーナがコホンと咳をして、メルシアに鋭い視線を向けたが、その胸は薄くなった空気を求めるように大きく上下していた。
 それでも、さすが侯爵家から嫁いだ淑女だけあって、取り乱したりはしない。忙しなく扇子で顔を扇ぎはするが、ばかなことをとぎこちなく笑ってみせた。

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