二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第二話 二人のプリンセス(2-2)

 メルシアが蜘蛛の巣に手を翳して大きくなれと呪文を唱え、昆虫ごと蜘蛛の巣を網のように巨大化させると、侍女たちを捕らえるように命令する。
 固まってひそひそ話をしていた侍女たちは、まさしく一網打尽にされてしまい、悲鳴をあげながら大きな昆虫やクモと一緒に網の下でもがいた。

「お許しください。メルシアさま」
「ひ~っ。大きな蜘蛛が襲いに来るわ。助けて!」

 メルシアがいい気味だと言いながら、高笑いする。人間の頭ほどになった蜘蛛が糸を吐いて、侍女たちをぐるぐる巻きにするのを見たアイリスは気を失って倒れた。
 ミレーネは小さな体を震わせながら、メルシアのシルクのドレスを引っ張り、ダメダメと首を振る。メルシアはその手を振り払って、冷たく言った。

「あなたなんか生まれてこなければよかったのよ。一緒に蜘蛛の餌食にしてあげましょうか?」

 わ~ん。と泣き出したミレーネの声を聞きつけ、衛兵や女官たちが何事かと集まってくる。メルシアが冗談よとミレーネの頭を撫でるが、その目は笑っていなかった。
 集まってきた者たちは、巨大化した昆虫を見て動揺し、女官たちは腰を抜かすが、アイリス同様に気を失ってしまう。
 衛兵は剣を抜き、八本脚の下でもがく侍女を救おうと蜘蛛に立ち向かうが、背を向けた蜘蛛が尻から水鉄砲のように糸を噴出して、衛兵は剣ごと絡めとられた。
 他の衛兵たちが蜘蛛を取り囲む。まさに剣が四方八方から突き出されようとした瞬間、ミレーネが待ってと叫んだ。

「蜘蛛さんも、この虫さんたちも悪いことをしてないの。呪文が分からないけれど、元に戻してって、妖精さんにお願いしてみる」

 ミレーネが”Return to original !”と何度も何度も呟きながら、蜘蛛に手を翳す。
 すると、ミレーネのてのひらが発光して、蜘蛛と蜘蛛の巣に引っかかっていたほかの昆虫たちも、小さく、小さく縮んでいった。
 侍女たちをぐるぐる巻きにしていた蜘蛛の糸も細く小さくなったために、自然に千切れて風に舞う。
 見事な復元魔法を目のあたりにした者たちは、感嘆して膝をつき、ミレーネを敬った。
 アイリスも目を覚まし、ショックのあまり呼吸困難に陥った侍女や、女官たちに治癒魔法を施して、症状を和らげた。

「アイリス、ありがとう」
「とんでもございません。ミレーネさま。フロリア王妃殿下の治癒魔法に比べると私の魔力は低いですが、このくらいなら私一人で大丈夫です」

 ミレーネの母フロリア王妃はイゾラデ王国の出身ではない。イゾラデ王国の隣の大国トリスタナ王国を超えた先にある、グリーンフィア王国の王女であり、その国には、王族に限らず治癒魔法が得意な者が存在する。フロリア王妃の侍女であったアイリスもその一人だ。
 グリーンフィア国とイゾラデ王国の両王族の血を受け継いだミレーネが、まだ幼いながらも披露した魔力の強さと生き物に対する優しさに、周囲の者たちはこの国の未来を思い描き、自然と口元に笑みを浮かべた。
 ところが、笑みとは反対に口をへの字に曲げた者がいる。人々の輪から離れたところに立つメルシアが、こぶしを握り締めて、憎々し気にミレーネを見つめているのに誰も気づかなかった。


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