二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(3-4)
パシッと乾いた音がして、頬を抑えたメルシアが床に倒れた。
その瞬間、カップの中の紅茶がぶくぶくと泡立ちながら沸騰し、悲鳴とともに婦人たちの手から落ちたカップが床で割れる音が重なった。
「お前はなぜそんな禍々しい魔法ばかりを使うんだ。メルシア、白魔術は人に役立てるものだ。怒りや復讐などに使ってはならん」
メルシアは、炎が燃えているような赤い瞳でヘンリーを睨んだ。
カリーナが慌てて駆け寄り、両者の間に入って仲裁をしようとしたが、ヘンリーは吐き捨てるように言った。
「なんという恐ろしい赤い目だ。邪眼の目とはお前のような目をいうのだろう。私の青い瞳とは似ても似つかぬ。部屋に行って今日お前が仕出かしたことを反省しないのなら、今夜の食事は抜きだ」
カリーナが真っ青になって震える傍らを、メルシアは走って通り過ぎ、廊下を通って突き当りの書斎から裏庭に出た。
春の花々を蹴散らして、メルシアはバラのアーチを潜って奥庭に行き、ガゼボのベンチに突っ伏して泣いた。
すると、視界にゆらりと動く黒い何かが映る。メルシアが涙に塗れた顔を上げると、黒いローブのフードを目深にかぶって顔半分を隠した男が、ただならぬ気配を漂わせながら立っていた。
「メルシアさま、いかがなされましたか」
「あなたは誰? 守衛たちがいるのに、どうしてここに入れたの?」
泣きすぎてぼ~っとした頭で尋ねながら、メルシアは幼いころにこの黒いローブが常に母の隣にいたことを思い出した。
ベッドから降りて、ゆっくり男に近づいていく。フードで隠れた顔も、子供の身長から見上げれば、はっきりと分かる。メルシアはヒッと息を飲んで、後ろに一歩退いた。
「メルシアさま、私を怖がる必要はありません。私は唯一あなたを守るもの。誰もがあなたを見放しても、私だけは裏切りません」
「ほんと? あなたはローブを着ているから、魔術師かしら? 私の願いも聞いてくれる?」
「はい。何なりとおっしゃってください」
メルシアは赤い瞳を爛々と輝かせながら、語った。
「私は女王になるべく生まれたのよ。それなのに王さまの娘が邪魔をするの。ミレーネを消してほしいの」
ふむと言いながら、魔術師は腕を組んで頭を傾げた。
「人を消すなどと簡単におっしゃってはいけませんな。まぁ、本当なら私の呪術で王の子供は生まれないはずだったのですがね。王弟ヘンリーが私とカリーナさまの不貞を疑って、私を追放しなければあなたはただ一人の王位継承権者でした」
「お父さまが、あなたを追い出したの? 不貞ってどういう意……」
意味を尋ねかけて、メルシアはひょっとしたら、知らない方がいいのかもしれないと思い、途中で口をつぐみ魔術師から視線をそらした。
今ここで自分のアイデンティティーが揺らいだら、今まで自分が未来のクイーンだと主張してきたことも物笑いの種にされる。ずっと屈辱を味わいながら生きていくのなんて、まっぴらだった。
それでも容赦なく、侍女たちの言葉が頭をかき乱す。
『もし、ミレーネさまがご誕生していらっしゃらなくても、メルシアさまは王位を継げないんじゃないかしら。だって王族たちは金髪や銀髪で、青や緑の瞳が多いのに、あの方だけブルネットで赤い目でしょ。取り換えっこだとか、子宝を授かるように祈祷させた黒魔術師の子供だという噂もあるわ』
そんなことあるはずがない。国王夫妻と両親は、長い間子供を授かることができず、とても悩んでいたと聞いたことがある。だから、メルシアが誕生したときには、王族だけでなく、国中が喜びに湧いたのだと。
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