二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(4-4)

 絶対に私はお父様とお母さまの子供だ。
 目の前の男に尋ねれば、ひどい陰口だと噂を一蹴してくれるはず。それでも、メルシアは魔術師のフードに隠れた顔を見ることができず、足元に視線を落としたまま告げた。

「お父さまは私の目が邪眼の目だっておっしゃったわ。赤い瞳が恐ろしいって」

 魔術師が身じろぐ気配が伝わり、歯ぎしりが聞こえた。
 メルシアはハッとして魔術師の顔を見上げたが、館の方を睨み据えた魔術師の表情が怖くなり、また一歩後ろに下がる。
 それに気が付いた魔術師が、かろうじて口の両端を上げて笑みらしきものを浮かべた。

「私があなたを女王にして差し上げましょう。それにはミレーネ姫を立てるフリをして、仲良くしなければいけません。周囲の人間がいくら愚かでも、怒りや蔑みは心の中に隠して、表面上は優しく接してください」

「どうして、そんな面倒くさいことをしなくてはいけないの? 魔術でミレーネを消して、みんなを私に従わせればいいじゃない」

「城にいる者すべてに魔術はかけられません。大魔導士でも無理な魔法量です。ミレーネさまを消すのは簡単ですが、それではあなたが疑われるか、首尾よくいったとしても、あまりにもメルシアさまに人徳がないと周囲の者たちから意見が出れば、次の君主候補は、王位継承権がある者の中から選ばれる可能性もあります」

「それは嫌! 分かったわ。ミレーネに優しくして、私の命令に従うように手懐ければいいのね」

 魔術師は大きく頷いた。
 先ほど父親から否定されたメルシアは、おおいに自尊心を満たされて、フン、簡単なことだわと嘯いた。

「それから、どうすればいいの?」「メルシアさまもミレーネさまも、まだ子供で先が長い。一つずつこなしていきましょう」

「ええ。絶対にうまくやってみせるわ。ねぇ、あなたの名前を教えて」

「追放された者の名前を知っていては、メルシアさまにご迷惑がかかることがあるかもしれません。名乗らない代わりに、この命に代えても、私はあなたを唯一裏切らない存在だとお約束しましょう」

 メルシアは、深く頷いた。
「信じるわ。でも、私が困ったときに、あなたをどう呼び出せばいいの?」

「もし、簡単に私を呼び出せるようにすれば、あなたは何かにつけて私を頼ってしまうのでは? 私には小さなころいただいたあなたの髪がありますので、それを使って状況を把握できますので、安心してください」

「何よ! 味方だと言いながら、結局は私のためには何もしてくれないじゃない。口だけうまいこと言って、本当は魔術が使えないのでしょ」

「すぐに癇癪を起すのは感心できませんね。他人を操るには、まず自分の心を冷静に保たなければなりません。ミレーネ姫を手懐けるのでしょう?」

 顎を引いて憎々し気に男を睨みつけるメルシアに、男はローブの懐から出した手のひらサイズの瓶を渡した。

「この中の白い粉は、メルシアさまが思う形になり、あなたの思う効能を発揮します。呪いを顕著にした物ならば、目的と犯人を魔術師に見破られますが、使い方次第では痕跡も残しません。ただ使い切るまでに同じ願いでなければ効き目を失うので、じっくり考えてから使ってください」

「難しいわ。毒薬なら一度で済むけれど、魔術師じゃなくても私が犯人だって分かりそう。あなたが言ったように、一つ一つ時間をかけてこなしていく方がよさそうね。じっくり考えてから使ってみるわ」

「では、お手並み拝見といきましょう」

 フードに隠れた男の目が一層赤々と色味を増して、ボッと火を点火したように光を放った。
 驚いたメルシアが瞬いた次の瞬間、男の姿は目の前から消えていた。
 メルシアはあたりを見回したが、人影はおろか足音さえ聞こえない。
 ただ、メルシアの手のひらに残された瓶が、魔術師がいたことを物語っていた。


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