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最近話題になったニュースから英語を学ぶ(2)

前回いくら文法を勉強してもネイティブが違和感を覚えない英語が書けるようにはならない、話せるようにはならない話をしました。その理由は「文法的かどうかの判断は、その言語を母語とする話者の直感に頼っており、客観的な評価は要求されない」ということです。そこでつい最近読んだイザベラ・ディオニシオさんの勉強法が、日本人の英語や外国語の勉強法にそのまま当てはまると思ったので紹介します。彼女はイタリア人ですが、日本語をネイティブと同じレベルと言ってもいいくらいマスターしています。

イザベラ・ディオニシオさんの略歴:

1980年、イタリア生まれ。ヴェネツィア国立大学で日本語を学び、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)修了後、日本でイタリア語・英語翻訳者および翻訳プロジェクトマネージャーとして活躍。

1.      ライターの日本人女性と知り合って、1週間に1回、授業をしてもらうことになった。毎回、2000〜3000字程度の作文を書いて、彼女に添削してもらった。彼女は日本語のプロの先生ではなかったが、文章を書くことを仕事としている人だったので、日本人好みの文章の書き方や内容を教えてもらえたことが、すごく勉強になった。

(トマス・ピンチョンという世界的文豪がいますが、私の娘が彼の息子とたまたまマンハッタンの学校で同じクラスだったので、ピンチョンとかなり親しくなりました。謎の作家として知られていますが、ピンチョンと親しくなったのは娘のおかげと言っても過言ではありません。毎日娘を学校に送ると、彼は息子を送ってくるので、そのあと30分くらい話しました。お互いに影響し合ったのですが、ときどき自分が書いた英語のエッセイを直してもらいました。こんなことは普通あり得ません。直してもらうと超ベテランの作家の文章になりますが、それは文法では全く説明できません。すべてピンチョンの直感です。その直感にどれだけ近づくかが、ネイティブの英語に近づくことを意味します。ピンチョンは「アメリカ人は外国語臭い、不自然な英語を異常に嫌う」と言っておりましたが、それは文法では説明できない、とも断言しておりました。

 日本人で、「文法」的に正しい英語とネイティブの英語を比べて、なぜ自分の英語が不自然なのか、と追及する人がいますが、それはほとんどの場合説明できません。だから追及しない方がいいのです。それは日本語にも当てはまります。文法で説明できないことがほとんどですから。)

2.      文章の構成や書き方は、国や言語によって変わる。私の頭のなかに完璧なイタリア語の文章があったとしても、それを日本語に置き換えるだけでは、日本人にはウケないと思う。当時は文法だけでなく、「日本人のように書く」アドバイスをもらったので、それがすごく役に立った。

(この「日本人のように書く」というのは、<ネイティブのように書く>ということです。これは日本人が頭のなかに完璧な日本語の文章があっても、それを英語に置き換えるだけではネイティブにはウケない、と言っているのと同じです。通じればいいと言っても本当は通じていない可能性が高いのです。)

3.      とにかく読んで、吸収する。

昔は、本を読んで知らない単語や面白い言い回しに出会うたびにメモして、自分が文章を書くときに積極的に使ってみる、ということもしていた。言語はゼロから生み出されるものではない。誰かが使った言葉を学んで、自分なりに自由に組み合わせていく。だから、たくさん頭のなかに知識を入れておくことはとても大事だと思っている。大学生のときは、向田邦子さんの『父の詫び状』を何度も何度も読み直して、ほとんどすべての単語を調べ尽くした。

(自分が気に入っている作品を語彙、表現、文体まで徹底的に深堀りすると、かなり上達した気分になります。この気分は非常に重要で、空回りしていない自覚につながります。私の場合、東京外語大時代、大学の授業以外で毎日英語の短編を一つ読むことを自分に課していました。なぜ短編か。それは早く完結して達成感を味わうことができるからです。さらに長編よりも短編の方が文体が凝っていることが多いので、自分の英語にも役立つからです。ピンチョンの作品はほとんどが超長編ですが、短編と長編のどちらが書くのが難しいか、と聞いたことがあります。回答は短編でした。もちろんこれは作家によるのであくまでもピンチョンの場合です。)

4.      いまでも月に4、5冊は日本語の本を読んでいる。純文学からミステリー、話題の新刊まで、なんでも幅広く読む。

(ディオニシオさんは平均的日本人よりも日本語の本を読んでいると思いますが、作品を通じて学習すると、その単語、イディオムはこの作品のこういうシーンで出てきたというふうに脳に入ります。このようなエピソード記憶は長期記憶に分類されていますが、さらに実際に書いたり、話したりするときに使うことでアクティブ語彙になります。)

5.      現代語訳で『枕草子』を読んで、この部分がすごく面白いから古文でも読んでみよう、となるんです。古文の表現を調べながら読んで、作者の気持ちや登場人物たちの気持ちを妄想するのが、すっごく楽しいんですよ。もちろん、人によって興味の対象は違いますが、こうした「オタクっぽさ」があると、語学の上達は早いかもしれませんね。

(ここで重要なことは“すっごく楽しい”ことです。「オタクっぽさ」も重要です。何事もそうですが、のめり込まなければ上達しません。冷めた気持ちでやっている限りは上達しません。)

語彙や表現を脳に浸透させる効果的な方法

さきほどエピソード記憶の話をしましたが、私が語彙や表現を脳に浸透させる方法としてやるのが、「感心する」ことです。例えば7月19日付のFinancial Timesの”I’m not supposed to be here”: Five key points from Donald Trump’s acceptance speechの記事にこういう表現が出てきます。

Trump was flanked by nearly all of his close family members as he formally accepted the Republican party’s nomination for president.

(トランプ氏は、共和党の大統領候補指名を正式に受諾する際、ほぼすべての近親者がそばにいた)

このflankはto be at the side of someone or somethingという意味ですが、自分が同じ状況を英語で書く場合、このflankという単語は出てこないなーとつくづく感心するのです感心したことで脳に浸透します。そして同じ状況が出てきた場合、すぐにflankを使います。これを”Nearly all of his close family members were beside him as …と書けば、ダサい文になりますね。Trump was …. as heと主文と従属文の主語を一致させる方がいい。besideを使っても文法的には正しいですが、ダサい文です。ここが重要で、限りなくネイティブの英語に近づけるには、同じ意味だったらどちらでもいい、と開き直ることは最もやってはいけないことです。

Financial Timesについて一言いうと、英語の新聞では最も語彙や表現が洗練されています。New York Timesよりもはるかにそうです。同じニュースでもFinancial Timesで読んだ方が勉強になります。ちなみに私が目を通す新聞は、Financial Times以外ではGuardian(ピンチョンが最も信用している新聞)、New York Times, Wall Street Journalです。他にもAxiosなどオンラインニュースとして、メールされてくる媒体が複数ありますが、主なメディアはこれらの媒体です。長文のコラムとしてUnherd, The Atlanticもよく読みます。分析が深く、文も凝っています。Christian Science Monitor Weeklyも読みますが、文章はかなり洗練されています。

では今回もいろいろな役立つ表現を紹介します。

まず前回 <撤退する>の表現を取り上げましたが、もう一つ追加表現をどうぞ。

<撤退する>の追加表現

Rep. Adam Schiff of California called for Biden to bow out of the race in the midst of growing party fears of steep down-ballot losses. (発音はボウではなくバウです)

  (Wall Street Journal, July 18, 2024 Top Democrats Turn Screws on Biden)

 “turn the screws on”は<締め付けて圧力をかける>という意味で、ここはタイトルに使われているのでtheを省いています。      

英語の短所の一つが綴りと発音が一致しないことが結構あることです。また同じ綴りでも発音が異なると意味が異なる単語があることです。まさにbowがこれに当たります。

bowは<ボウ>のときは<弓>ですが、<バウ>のときは動詞では<おじぎする、屈する>名詞では<船首とか蝶結び>の意味になります。

ここで重要なことはこういう細かいことをいいかげんにしないことです。いいかげんな覚え方をすると永久に上達しません。        

では、最近MAGA(Make America Great Again)やドナルド・トランプの暗殺未遂に見られるpolitical violenceがよく記事に出てきます。その関連の記事からいくつか紹介します。

1.      Some of San Francisco’s life-long Democrats believe the trend is being overplayed, the work of a small number of influential figures with big megaphones. “It’s a handful of west coast financiers doing what Wall Street bankers have long done —feathering their nests,” says Michael Moritz, the billionaire former leader of Sequoia Capital.

(Financial Times Has Silicon Valley gone Maga? July 20, 2024)

feather one’s (own) nest は(特に不正に)私腹を肥やす、という意味ですが、それだけを単独で覚えるのではなく、<ウォール街の銀行家たちが長年やってきたこと>という文脈の中で出てきた、というふうに覚えると、脳に浸透します。また<鳥が自分の巣に羽を敷く>という元の意味から、実際に鳥が巣に羽を敷いているのを想像します。そして、今度<私腹を肥やす>と言いたいときにこの表現を使おう、と強く思うことが重要です。

2.      “Political hostility and animosity contributes to a climate of fear and violence,” says Joe Bubman, founder and executive director of Urban Rural Action, who cut his teeth working on violence reduction in conflicts in Africa and Asia. Now he applies these skill sets closer to home.

(Christian Science Monitor Weekly week of July 29, 2024 Toward Politics Without Vitriol -Or Threats of Violence)

cut one’s teethは<歯が生える>という意味ですが、そこから比喩的に<~で〉最初の経験を積むとか〈~から〉始めるという意味になります。

She cut her teeth in the fashion industry as an intern before landing her dream job as a designer. ( Collins)

Both reporters cut their journalistic teeth on the same provincial newspaper. (Longman)

こういう一見簡単なそうに見える表現でも、日本人はなかなか使えません。でも少し意識して、洗練された英語を書きたい、話したいと常に思うだけで英文を見る目が変わります。

She began her career as an intern in the fashion industry before landing her dream job as a designer.と言うよりも、She cut her teeth in the fashion industry as an intern before landing her dream job as a designer.と言った方がはるかに洗練された表現です。何回も言いますが、意味が同じであればどちらでもいい、と開き直るのではなく、洗練された表現を見つけたら、今度それを使ってみようと思うのです。そうすることで洗練された表現が使えるようになり、話すときにも出てくるようになります。ちなみに<仕事・職にありつく>のときの<ありつく>は”land”が頻繁に使われます。こういう簡単そうにみえる動詞にも常に注意しておくと実際に使えるようになります。同じ状況で、ネイティブが頻繁に使う表現はそのまま使うのがベストです。それが自然な英語です。前にも言いましたが、日本語の発想を知らないネイティブは、不自然な英語に対して拒否反応を示します。不快と感じるのです。ネイティブからみると、文法的に正しいというのは、自然な英語であるという意味です。それは日本語でも同じです。パトリック・ハーラン氏が不自然な日本語ばかり話していたら、仕事は来ないでしょう。

3.      Tom Cassara, a college student who is the youngest volunteer, says misinformation about the Civil War stokes political division. Others chime in to suggest that civics education could help.

(同上)

chime inとは to interrupt or speak in a conversation, usually to agree with what has been said  という意味ですが、"It's very difficult," I said. "Impossible," she chimed in.(Cambridge Dictionary)のように使います。会話に口を挟んで同意するときに使います。つまり、上の文ではTom Cassaraが言ったことに対して、公民教育が役立つかもしれないと指摘する声もある、ということになります。こういうときに”chime in”がさっと出てくるのはしゃれていると思います。Others suggest that …という文より、Others chime in to suggest …の方がしゃれています。

4.      Christian Science Monitor Weeklyは私の好きな媒体で毎週読んでいますが、上記と同じ記事の中でいくつか、便利な表現・語彙を紹介します。

Mr. Vance, a first-term senator just shy of his 40th birthday, is one of the youngest vice presidential candidates in U.S. history.

shyには<不足している>とか<目前に>という意味があります。shy of fundsは<資金不足>で、このjust shy of~は<~の直前に>という意味です。これも非常に便利な表現です。<誕生日を目前に控えた一期目の上院議員であるバンス氏>という意味です。

こういう一見簡単そうに見える単語でさえ、いろいろな意味があり、知らないことでまったく理解できないことがあります。

ここで重要なことは、自分が知っている意味がすべてではない、と思うことです。そうすることで脳が柔軟になります。

5.      What is clear, however, is that candidates who have little or no experience in government have become increasingly attractive to voters, who distrust the compromises involved in governing and prefer neophytes who haven’t blemished their records with hard choices.

 neophyteは<新米、初心者、新参者>という意味で、newcomer, noviceという単語でもいいのですが、こういうときにneophyteをさっと使えることがしゃれているのです。

neophyteの<neo->は<new>の意味です。最近語源に関する本が出て関心を集めておりますが、私の意見はこうです。

 語源はある程度語彙が増えると自然に想像がつくようになります。そのときに確認の意味で覚えるのはいいですが、語源から入って語彙を増やそうとすると、文の中で使えるようにはなりません。語源に関心を持つことはもちろんいいことです。語彙を増やすことにも役立ちますが、そこから入らない方がいいでしょう。

 6.      As was made abundantly clear at the opening of the Republican National Convention, as vice president Mr. Vance would play second fiddle to the main act, a politician who has perhaps the world’s greatest brand recognition, for better or worse.

 play second fiddleも非常に便利な表現です。直訳は<第二バイオリンを弾く>ですが、そこから<~に対して端役をつとめる>ことを意味します。<主役をつとめる>はplay first fiddleになります。

 7.       With more and more party leaders and donors urging Biden to quit, publicly or privately, in recent days, the president cut a deeply isolated figure. After the announcement, in contrast, Democrats fell in line to describe him as a selfless American hero – and many of them echoed his endorsement of his vice-president, Kamala Harris.

(Guardian Archie Bland July 22, 2024)

cut ~ figureは <~に見える, …の姿を呈する>という意味です。

The young soldier cut a fine figure in his new uniform. (立派な姿を見せた)

  上の文で言うと、the president looked deeply isolated. というよりもthe president cut a deeply isolated figure. という文の方がはるかに洗練された表現です。

cut one’s teethにせよ、cut a ~ figureにせよ、一見簡単にみえるcutのような単語でも使う範囲は幅広いのです。

今回は以上です。英語を学ぶ上で心構えをいくつか紹介しましたが、次回も最近出た記事やコラムから、便利な表現を紹介します。

©Kazumoto Ohno (大野和基)

 

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