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NOAH武道館大会と小川良成の話

小川良成が大事にする基本とは?

2月12日にプロレスリング・ノア(以下NOAH)の11年ぶりとなる日本武道館大会が開催されます。武道館はNOAHにとって、全日本プロレス時代からの聖地とも呼べる場所。武道館から撤退を余儀なくされた低迷期のことを考えると、再び聖地でビッグマッチを開催できることは、素直に喜ばしいことだと思います。

今回の武道館は特別な大会である一方で、特別ではない大会にしていかなければいけないなと感じています。全盛期は年5〜6回の武道館大会が当たり前で、丸藤選手やKENTA選手、力皇選手や杉浦選手、鼓太郎選手といった若い選手たちは、大舞台を経験するたびに飛躍的に成長していきました。大舞台で大観衆の前で闘うことで、大会場の器を持つレスラーに育っていったのです。

今のNOAHには清宮海斗選手、稲村愛輝選手ら生え抜きの若手はもちろん、武道館を経験していない移籍組も数多く存在します。彼らは頻繁に大舞台を経験すればもっと伸びていきます。そしてそれは団体としての力になっていきます。だからこそ、今回の武道館大会は、今後継続して開催していくための第一歩となることを期待しています。

さて、今回のnoteでは、この武道館大会でGHCジュニアタッグの防衛戦(王者組=小川良成&HAYATAvs挑戦者組=鈴木鼓太郎&日高郁人)をおこなう小川良成選手の話を書いていきたいと思います。

小川選手はキャリア35年、現在54歳の大ベテランでありながら、ジュニアのタイトル戦線で活躍しています。古くからのNOAHファンの方なら三沢光晴さんのタッグパートナーとして、並いるスーパーヘビーとも渡り合っていた姿を覚えている人も多いでしょう。

もっと古い話をすると、小川選手の若手時代は190㎝オーバー、130Kgオーバーの怪物のようなレスラーが溢れていた時代で、あまりにも小柄で細身の印象でした。さらにケガも多く、同世代もおらず(ジャパンプロレスの若手には佐々木健介がいた)、決して恵まれた環境とはいえませんでした。

しかし、小川選手はこの環境を恵まれていないとは思っていませんでした。試合では連日キャリアの離れた先輩と闘うことができ、たった一人の若手で外国人係を務めていたことから、来日していた多くのトップレスラーから直接学ぶことができたからです。ドリー・ファンクJr、ダイナマイト・キッド、テリー・ゴーディ、テッド・デビアス…といった、錚々たるレスラーからプロレスのイロハを学んだことが、今の小川良成を形成しています。

そんな小川選手が何より大事にしているのは基本です。NOAHでも若い選手に基本をしっかりやることを徹底して指導しています。基本がしっかりしていれば、初来日の外国人など、未知の部分が多い相手との試合でも対応ができます。こうした自信があるから「オレは誰が相手でも合わせられる」という言葉が出てくるのです。

運動神経抜群の選手がどんなにトリッキーなことをできたとしても、プロレスは相手がいるので、それだけでは試合は成立しません。誰もマネできない技をできる選手よりも、誰が相手でもできる技を持っている選手のほうがレスラーとしての力量は断然上。基本がない選手の派手な技はただの自己満足で、技のバーゲンセールほどつまらないプロレスはありません。まずは誰とでも闘えるために基本が必要なのです。

では、基本とは何なのか? 一つわかりやすい動きから紹介しましょう。NOAHで一番の若手・矢野安崇選手は、デビュー半年足らずでまだまだ技のレパートリーは少ないですが、小川教室の教えを守った基本に忠実なレスリングをします。私が彼の動きで一番好きなのがドロップダウンからのドロップキックです。

矢野選手はドロップダウンをするとき、可能な限り相手の足もとに深くもぐり込むようにしています。こうすることによって、相手は嫌でも伏せている矢野選手を飛び越えることになります。深くもぐり込んでいるため、飛び越えて反対側のロープに飛んだ相手とは十分な距離ができます。これにより、矢野選手は余裕をもって立ち上がり、タイミングを見計らって攻撃(ドロップキック)ができるのです。

プロレス初心者の方には、よく「なんで寝てる人を飛び越えるの?」と聞かれます。矢野選手のドロップダウンを見ればわかるように、足もとにもぐりこまれたら、転ばないためには飛び越えるしかないのです。ドロップダウンを「型」としてなんとなくやるのではなく、基本を守って効果的な武器としてしっかりやること。こうしたことを小川選手が教えているわけです。

この話を頭に入れつつ、小川選手の試合を思い出してみてください。相手のドロップダウンが甘いときには、小川選手は絶対に飛び越えません。フットスタンプで踏み潰したり、あるいはヘッドロックを仕掛けたりして、必ず切り返しているはずです。これが小川選手のプロレスに深みを与える基本技術の一つです。

試合を通した組み立てで説得力を生む


こうした技術を一つずつ説明していくと、めちゃくちゃ長くなるので、割愛させていただき、続いては全体の試合運びについての話をしましょう。これは本人にも話したことがあるのですが、小川選手の試合はとても解説しやすい試合です。それはプロレスにしっかりしたセオリーがあるからです。

たとえばサッカーにはチーム戦術という型があって、どうやって相手からボールを奪い、どうやって守備を崩してゴールを決めるかというチームの約束事があります。ゴールの形をあらかじめデザインしておき、戦術を完遂することによって得点を決めるのが一番の理想です。もちろん、相手のミスや苦しまぎれのシュートやクロスから得点が生まれることもあります。ただ、偶然は何度も起こりません。だからこそ、意図して点を取るための戦術、得点パターンが必要なのです。

小川選手の試合セオリーは、ここでいうサッカーの戦術と同じです。相手のタイプや出方、タイトルマッチなら前哨戦を踏まえて、無数にある戦術の中から闘い方のベースを考え、フィニッシュへの形をデザインながら試合を進めていきます。腕を攻めるにしても、足を攻めるにしても、あるいはタッグマッチでタッチのペースを早くするにしても、狙いを持ってやっているので、解説をしやすいというわけです。

若手時代に小川選手や三沢さんから学んでいた丸藤選手や鼓太郎選手にも同じことが言えます。彼らの試合は一見派手に見えて、実は緻密なセオリーのもと進行されるので、解説で喋るのがとても楽しいです。名前をあげた選手とは違う流れですが、大原はじめ選手も、試合ごとにいろいろな組み立てを考えています。なかでも昨年6月の大原vsマサ北宮戦は、解説するのがとても面白い試合でした。小川選手の言葉を借りるなら「頭を使う」解説をさせてくれる試合は喋っていて面白いのです。

話を戻しましょう。試合には相手がいるので、必ずしもデザインされた通りのフィニッシュへの流れにはならないときもあります。それを想定して、プランB、プランCと次の矢を用意しておくことで、試合がブツ切れにならない。派手な大技や危険な技を使わなくても、フィニッシュに説得力が生まれるのは、そこまでの組み立てにムダがないからです。「これだけ足を攻められていたらギブアップするよね」という納得感。「これだけ動かされたら丸め込まれても仕方ない」という納得感。一撃必殺の決め技で説得力を生むのではなく、試合を通した組み立てで説得力を生む。基本が完璧だからこそ、こうした試合をできるわけです。そして50歳を超えてなお若い選手と対等に闘える最大の理由がここにあります。

簡潔にまとめるつもりがずいぶん長くなってしまいました。数年前、年末に小川選手とは17時〜5時まで12時間二人きりで飲んだことがあります。このときは、いろいろな話をして、小川さんのプロレス論もたくさん聞くことができました。そして公の場では話していない三沢さんの話も…。その時は酔っていたこともあって、「それをメディアで話してくださいよ」なんて言ってしまいましたが、小川さんは「話せる時が来たらね」とポツリ。そのスタンスはずっと変わっていません。

小川さんにはみんなに三沢さんの話をしてほしいなとずっと思っていました。しかし、今はその必要はないのかなと思っています。小川さんは試合前の練習で、そしてリング上のファイトで、NOAHの選手たち、ファンの人たちに三沢さんのことを伝えているように感じるからです。

ずっとNOAHを支えてきた丸藤選手は苦しい時期に「小川さんが残ってくれたのがとにかく大きい」と言いました。その精神や技術はNOAHにとって大きな財産であり、いろいろなことが変わっていくなかでも、変えてはいけない伝統です。

2月12日の武道館大会は、11年ぶりの人もいれば、武道館初体験の人もいると思います。長く見ているとか、ビギナーとか、そんなことは関係ありません。ただ純粋に試合を楽しむことが一番です。そして、大会場で魅せる小川良成の妙技と色気を存分に感じてもらえたらと思います。

おわり。

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