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1996年からの私

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週刊プロレス7代目編集長・佐久間一彦が、三沢光晴、小橋建太、髙山善廣らプロレスラーに学んだ日々の記録。
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#週プロ

1996年からの私〜第16回(05年)2つのヘッドハンティング

少し話が前後しましたが、2004年の挫折から立ち直らんとした2005年に話を戻しましょう。編集次長として、現場のエースとして、この頃は充実期だったと言っていいでしょう。この年、3月のNOAH武道館大会での小橋建太vs力皇猛のGHC戦の試合リポート「変わること、変わらないこと」は、週プロ在籍時の私のベスト原稿だったと思っています。 ただ、仕事が安定していたぶん、週プロでの活動は正直あまり記憶がない1年です。二度にわたるNOAHのヨーロッパ取材、前年のリベンジに成功した東京ドー

1996年からの私〜第17回(06年)プロレス専門誌(紙)の危機

週プロの危機と小橋建太の腎臓がんBBMでは各雑誌ごとに月に一度、社長をはじめ、編集局次長、販売、広告、宣伝、資材など各部長が出席する実績会議というものがありました。これは簡単に言うと売上げの推移を見ながらの反省会です。週プロからは編集長のみが出席していましたが、2006年から本多編集長に「一緒に出てほしい」と同席を求められ、私も編集部側として出席することになりました。 2000年以降、週プロ(というより雑誌全体)の売上げが右肩下がりで、この実績会議はハッキリ言えば吊るし上げ