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水曜日のひだまり 昭和のなごり

先生の元には、美術館から次の展覧会のオープニングパーティーの招待状が届く。私が助手に就いてからはそれに私を誘ってくれた。
辺鄙な田舎にあった大学から、電車やバスを乗り継ぎ二人して美術館へと向かう。ちょっとした午後からの遠足のようだ。他愛もない話をしてすぐに着いた。各々絵を観て回ると、ロビーには立食パーティーの準備がされていた。次から次に先生の所には誰かしらが挨拶にやってくる。先生はそつのない挨拶を交わし、飲み物と少しの御馳走をお皿にとって食べ終わると、すぐに帰ろうとした。
「ぼく、絵描きが嫌いやねん。」
と言う。自分だって絵描きなのに…。
「さ、行こか。」
そう言って向かうのは、いつも行きつけのお店だった。若い私が友達とは行かない風情のあるお店だった。派手ではないが、きれいに盛られた小鉢をいくつか頼み、先生はビールを飲んだ。ほとんど手を付けず、私に食べさせた。
周るお寿司屋さんではないが、敷居の高い高級すし屋でもない、絶妙な位置のカウンターのお寿司屋さん。
透き通ったお出汁に浸かった、とんでもなくしみしみのおでん屋さん。
サラリーマン御用達の串カツ屋さん。
先生が連れて行ってくれるお店で大阪の夜を少し垣間見た。それも昭和の夜を彷彿とさせた。その時代に生きていたわけではないのに、その空気を感じられたような気がした。派手なネオンの街を歩いて、路地をひとつ曲がった途端、あるいは古風な暖簾をくぐった途端、ふっと空気が変わる気がした。それがいやに居心地よく感じたのを覚えている。

そして、お腹が落ち着いたころ、最後に必ず行くのがバーだ。重みのある扉を開けると、大人…それ以上に大人の世界だった。先生はホームに帰って来たかのように、バーテンダーに右手をひょいッとあげて挨拶する。
「おひさしぶり。」
すると、小さくてきりりとしたひっつめ髪の婦人が奥から出てきた。ママである。先生と同世代だと思う。全くチャラけた雰囲気のない穏やかな空間に、背筋が伸びた。こういうところで、真の大人は静かにお酒を嗜むのか…と思った。私はお酒が強くない。それでも必ず一杯はご馳走になった。それで少しは大人の仲間入りできるかと考えたのだ。実際はそんなことでは仲間入りなどできるはずもないのだけれど、ここでウーロン茶だの、ジュースを頼むのは返って失礼な気がした。カクテルの名前も知らない私は、甘くなくてグリーンの…だの、甘いけどスッキリしているオレンジの…と変な頼み方をして遊んだ。
落ち着いた店内が急に騒がしくなったと思ったら、オープニングパーティーに同じく出席していた人が入ってきた。昭和を生きた絵描きが良く来るお店なのかもしれない。
「こんでもええのに…。」
笑顔で会釈しながら、小声で先生は言った。
「絵描きってな、あんな感じやろ?…だから絵描きは嫌いなんや。」
何をもってそう言ったのか、私には分からなかった。ただ、声は大きかった。大きいけど何を話しているかは分からなかった。そして、明らかに先生とは正反対の生き物だった。
そして、そっとママにアイコンタクトをして店を出た。

随分、あの街へ行っていない。そもそも夜の街へ出かけることも…。とても健全な生活をしている。未だにお酒は強くない。家にいて、夏にモヒートを、冬にホットラムを少しだけ飲むくらいだ。カクテルの奥深さは興味津々だが、次の日の頭痛に耐えられない。私は未だにおこちゃまなのだ。
先生との思い出のお店にはいつかまた行きたいと思うが…。過ぎた時間を数えれば、あの雰囲気はもう残っていないかもしれないな…とも思う。あの当時でひっそりと残っていたものだ。まだ残っているだろうか?人も街も新しいものにリニューアルされていく。綺麗でおしゃれでインスタ映えだってする。でも、綺麗に生まれ変わった街を見るたび少し寂しい。
先生も若い私を連れながら、昔を懐かしんでいたのかもしれないな…。

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