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水曜日のひだまり 着物

何でだったか覚えていないが、先生に絵手紙を送ったことがあった。その頃、墨を使って絵や文字を書くことに凝っていたからかもしれない。日本髪を結って着物を着た子を描いた。
こう書いていて思い出した。竹久夢二の絵に出てくるような女の子を描いたのだ。祖母の影響だった。祖母も絵を描くことが好きだったようで、祖母の家の古い本ばかり並んだ本棚の中にボサボサの…今でいう、スケッチブックのような冊子を見つけたことがあった。そっと開くと、竹久夢二の絵に似た絵が描かれていた。どうやら、練習しているかのようで、何度も横顔や手が描かれていたり、描きかけで終わっているものがいくつかあった。
「これって…」
と祖母に見せると、恥ずかしそうに、自分が若い頃に描いたものだと教えてくれた。その時、それを私は他の従妹たちには内緒で譲り受けたのだった。

休み明け、学校が始まり最初の先生の授業の時、
「はがき、くれてたな…。ありがとう。」
と、先生に言われて、急に恥ずかしくなった。先生は私の絵や作品を見たことが無かった。敢えて、見てもらったこともないし、その機会はなかったからだ。工芸学科からきた、美術学科のデザイン担当の先生につく助手で、週に一度自分のデッサンの授業につく…という私しか知らないのだ。
「絵が描いてあったな。着物姿の。あれ、あんたか?」
と、にこりとした。
「かも、しれないです。着物着るの好きなんです。」
と、答えた。
日本髪には結わないが、着物を着るが好きなのは本当だった。その機会がなかなかないが、お正月に無理くり着て過ごしたり、出かける先によっては着物を選んで着たりした。母が若い頃に着ていた着物を喜んで着た。今の鮮やかでPOPな着物よりも、昔の色や柄が好きだった。祖母の若い頃の大正ロマン…それこそ竹久夢二の絵の少女たちが着る着物にはより心惹かれた。年をとったら、長い帯は大変だから、付け帯に作り直して簡単にサラリと着て過ごしたい…そんなことを考えていたりもした。今はそんな優雅で粋な夢もずっと遠くへ行ってしまったように感じる。でも、今でも着物は好きだ。
先生は、まじまじと私を見ていた。
「着物着れるん?」
「練習して、着れるようになりましたよ~。」
「ぼく、着物上手に脱がせられるで。」
「・・・。」
「それで、上手に着せられるで。」
「・・・。」
どういう意味かと一瞬、考えてしまったが、先生はどうにも色っぽくなかった。同様に私も色気とは無縁だった。先生もそれを自覚したように顔を赤らめて、二人して吹き出してしまった。前回登場した先生の親友であるKさんにそう言われたら…、ちょっとした覚悟をしたかもしれない。しかし、先生はもうすでに仙人のようだった。先生は断固否定するかもしれないが、そうだった。

着物は色気を掻き立てる要素があるかもしれない。
着物を着る時、所作を意識するようになる。そのしぐさもその要因かもしれない。
色気は別にしても、時々着物を着て、背筋を伸ばす楽しみを持つのもやっぱりいいな。

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