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2泊3日の北海道旅行 いいことも悪いことも vol.051

Kayo Osumi

◯これはインド現地採用から帰国し、2018年10月からIT企業に入った筆者が同じ時期に入社した外国籍エンジニア40人との日々を綴るマガジンです。


昨日、2泊3日の北海道旅行から帰ってきた。先週末3日は、雪まつりが開催されていたのだ。


昨年10月に日本にやってきたインドメンバーにとって、雪をみるのははじめてのメンバーもいて、去年の秋から「いま日本で一番したいことはなにか」と聞くと「Snow Festivalに行きたい」と答えるメンバーは多かった。


11月くらいから2月の航空券のチケットを手配していて、今回の3日は皆がとても楽しみにしていたのだ。

「Kayoさんも行きますか?」と誘ってくれたので、実は大学時代4年住んでいたこともありながら、久しぶりに北海道の冬に帰ろうかなと、参加することにした。


しかし、旅行とはトラブルがつきもので、今回はたまたまではあるけど、初日東京で雪が降ったため、行きの空港券のチケットがキャンセルされたところから、いろいろな事件が起こった。


そしてついに、

初めて「旅行で喧嘩」した。笑


今日はそんなエピソードから皆に気づきをシェアしたい。

今回、最悪な状況に至るまで数々のエピソードがあった。


1.行きの航空券キャンセル

金曜日の時点で皆も知っている通り、今週末3日間は天候が悪いため、既にいくつかのフライトが欠航になっていた。私達も、その便の中の一つで、土曜日の時点で札幌行きのチケットはキャンセルされており、今回の旅行そのものが絶望的だった。

日本人的には、交通網が麻痺した時点で「諦める」ことを選択すると思う。震災等の自然災害を沢山経験していて「危機管理能力」が長けているため、こういうときに下手に移動することより、諦めて交通網が回復することを待つことのほうが健全だ。

でもインドメンバーは違った。

彼らは長距離の移動にも慣れているし、交通機関が遅延することなんて日常茶飯事だ。だから彼らの考えは「飛行機が止まったなら陸路で行けばいい」になる。日本より大きな国土で、長時間の移動に慣れている彼らは、なんの迷いもなく新幹線のチケットを手配してきた。

13時発、22時札幌駅着の陸路のチケットだ。

「僕が帰省するときは電車で26時間かかるんだ。たった9時間で北海道に行けるなんて」とメンバーは誇らしげに言った。


2.行きの電車で起きたこと


これは既にマガジンの前の記事で書いたけど、簡単に言うと、車内で私達がうるさかったため、近くに座っていた日本人のおばさんが激怒した。「日本にいるのだから日本のマナーに従え」とキレた。地方に行けば行くほど、外国籍の彼らの存在は「珍しい」存在として写る。

彼らはびっくりして萎縮してしまったし、私はその人から「日本人の貴方が彼らに注意するべきだ」という叱咤をもらい、ついつい「彼らが気に入らないなら、貴方が英語で直接注意すればいいのではないの」と返したくなった。

国籍で相手を判断する会話の運び方も、私的には気に入らなかった。

初日の時点で、既に疲労を感じていた。


3.言語の壁

今回、参加する予定のメンバーは、日本人3人、インド人5人の予定だったのだけど、上記の通り交通機関が麻痺したため、2人の日本人は早々に旅行を諦めた。「お金(キャンセル料)かかってもいいから行かない」と。

だから私は日本人一人だったのだけど、5人揃うと皆、ヒンディー語で会話をしだす。だから私は、終始会話の外にいた。

最初はそれでもいいし、冗談で「私わからないから英語で話してよ」と言ってたのだけど、それでも盛り上がると、皆ヒンディー語になる。

それで私も会話に入れず、つまらなくなってしまった。一人で音楽を聞き出してしまった(笑)


4.雪玉

そして今回、これが一番キレたポイントだったと思う。メンバーの一人が、はじめての雪に嬉しくなって、いたずらで雪玉を私に投げてきた。最初はそれでもよかったのだけど、いたずらはヒートアップした。

気づいたら顔面に雪玉が飛んできて、雪が服の中に入って冷たかった。雪がちっとも嬉しくない私の逆鱗に触れた。

前、インドメンバーの家に遊びに行ったときにも、冗談でクッションが飛んできて、それは一瞬ドメスティックバイオレンスを彷彿させてびっくりしたことを思い出した。

日本では暴力的な冗談はやめて」ときちんと伝えたのだけど、今回、雪にはしゃいですっかりストッパーが止まってしまったのも、わからなくもない。

でも私は嫌だった。だから「嫌だから口を聞きたくない」と正直に伝えた(笑)


2日目のこの時点で、私は彼らに優しくなれない自分の器の小ささにびっくりした。疲労が溜まってきたんだなと思った。


5.食事

いつも問題になる食事。ベジタリアンのメニューをどうするかという問題だ。正直、北海道に来てまで、食の我慢をしたくないというのが私の本音だった。

だって寿司とかラーメンとか、北海道の名物じゃん。


「寿司どう?」「I cannot eat Non-Vegetarian food...」

「ラーメンどう?」「I cannot eat Non-Vegetarian food...」

「ジンギスカンどう?」「I cannot eat Non-Vegetarian food...」


私「Why do you come to Hokkaido??!


今回はベジタリアンメニューのカレー屋に2回行って、結局、最終日の夜は、


私一人でラーメン屋に行った(笑)


皆は皆で、カレー屋に行ったらしい。


これが皆の幸せだ。



2日目にして、私は彼らに優しくなれなかった。自分の都合を優先して、自分勝手に動いてしまった…。

私は人より、こういった異文化の違いは寛容だと思っていたのだけど、今回はなんだか受け入れられなくて、2日目の夜に一人行動をしてしまった。

ここは良くも悪くも、協調性はそこまで重視されないので「Kayoが一人になりたいなら、一人になってもいい」と受け入れてくれた。


言語の壁、トラブルが起きたときの対処法、食事、文化の違い…。


これこそが、異文化理解が得意でない人、コミュニケーションに壁を感じている人が嫌がることなんだろう。


一瞬の楽しい交流はいいけど、向き合い続けると、大きなギャップにたまにしんどくなってしまう。交わらないところは交わらないもののして、別の時間を過ごすことも、大切なのかもしれないと考えたりもした。


…。


でもやっぱり私は違和感を感じた。

一人になったとき、とても反省した。



メンバーの中には、私が会話に入れないことを配慮してくれるメンバーもいた。

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皆が今回感じているアウェイ感は、皆が会社の中で感じている疎外感と同じなんだろう。

会社の中のコミュニケーションは、日本語ではなくて英語で話してほしい」という彼らの主張の重みをリアルに感じた。



多様性が進む社会で、個人の見解とは別に、想像力を働かせ、多様性を重んじれる振る舞いは、一種のビジネススキルだ」というビジネスマンがいた。


多様性の理解とは、現社会においてスキル。そのとおりだ。


うまく言語化できないけど、私は申し訳ない気持ちになって、2日目の夜は皆より少し早く宿泊先に帰るときに、六花亭のお菓子を買って家で待っていた。


最終日、他のメンバーはスノボや街の散策に行きたがっていたのだけど、この日自分の10年以上の親友である旭川の友達に会いに行くことにした。

札幌から往復3時間の電車8500円、往復5時間バス4000円、どっちにしようか悩んだ。

社会人的には前者を選ぶのだろうけど、貧乏性の私は、余った2時間、特にすることもないのと、どちらにしろ滞在時間が3時間に限られていたため、後者ののんびりコースを選んだ。


そしたらインドメンバーの一人が、僕も旭川に行きたいと言ってくれた。

コスパ悪いし、3時間しか旭川にいないし、他のメンバーと遊びに行ってもいいよと伝えたのだけど、せっかくKayoさんの親友に会うのだし、ぜひ会いたいと言った。


旭川の親友は、もう子供も2人産んでいて、仕事からもしばらく離れている。彼女は英語も話せない。大学時代、一番仲が良かった親友なのだが、私が日々六本木で見ている世界と、今彼女が住んでいる世界は、まるで違うだろう。


でもそんな彼女にこそ、本当は、私が今一番大切な仲間を紹介したかった。だからインドのメンバーが、私といっしょに旭川についてきてくれることを、とてもうれしく思った。


滞在時間の3時間のうち、lunchの1時間が終わったら、残りの2時間は彼女と日本語でお茶をしたいからとワガママを言って、インドメンバーには別のところで2時間自由に過ごしてもらった。



この2時間は私にとってすごく幸せな時間だった。


でももっと大切な時間は、往復5時間のバスの中で、いっしょにインド映画を観ていた時間だったかもしれない。

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無事に東京に帰ってきたときは、ホッと一安心した。


今朝、朝から「緊急インシデントに対応する時、言語の壁をどうするか」というテーマの議論があった。海外メンバーから「緊急のインシデントの対応はすべて日本語でされていて理解が追いつかない。言語のやり取りについて考えてほしい」という意見だった。


今日ほど「社内公用語英語にしたい」と思った日はなかったと思う。


もちろん全てはいきなり変わらないのだが、少しずつでいいから変わってほしいし、変えていきたい。


今日はインド人との北海道旅行のエピソードをシェアした。まとまりのない話になったけど、一旦ここで締めてまた追記したい。

いつもより寛容になれない自分と、そんな自分を受け入れてもらった貴重な時間が流れていた旅だった。

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Kayo Osumi

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