見出し画像

生活のなかで実感する体験の学び はじめ塾 和田正宏&麻美さん夫妻 (前半):クリエイティブ・ペアレンツへのインタビュー第13回

今週は小田原の『はじめ塾』の塾長を務めるご夫妻、和田正宏さんと麻美さんにお話をお聞きました。和田さんご夫婦は二人の娘さんと二人の息子さんをもち、はじめ塾寄宿生の学生さん数十人と共に、小田原をベースに暮らしています。

『はじめ塾』は、均一化された教育ではなく、一人一人の特徴に応じて生き方そのものを仲間と体得してゆくような学びの場です。生活を通して生きていくための必要な力をそれぞれの子が身につけていく教育活動の場として、神奈川県を中心に、日本の教育界に長きにわたって影響を与え続けています。正宏さんの祖父で、教育家として知られた和田重正さんの自著『教育は生活から』というタイトルに示されているように、若い人たちと人生を共にして生活を続けるために設けられました。私はニューヨークから帰国して間もない頃から、『はじめ塾』の方針をベースとした NPO法人子どもと生活文化協会(CLCA)が主催する生活体験合宿などの多くの催しに2歳の長男とともに家族で参加しました。CLCAは、正宏さんの父の重宏さんが始められたもので、重宏さんの言葉を借りると「未来に生きる子どもの命を育む「生活・文化」を大切にし、子どもが健全に育っていくために「生活を通して大人と子どもが一緒に様々な実践活動」を実際に生活を共にする中で行っています。

私たちも参加した体験合宿は、山北の山にある古民家・市間寮をベースとして、週末に幼い子から大学生までの異年齢の子どもたちが、親・大人とともに生活します。朝の掃除から始まり、薪でご飯を炊き風呂を沸かす。田んぼや畑、森での活動など、食・農・学を中心に体験し、様々な学びを生活の中で実感していきます。我が子も幼い時に自然の中で様々な人たちと交わりながらおもいっきり感性を広げる機会をもらいました。親の私たちにとっても東城百合子さんの自然療法を始め、ホリスティックな生き方の基盤となるものを学ぶかけがえのない機会となりました。就学前の幼い子どもから、不登校になった子も含めて大学生まで、生活をベースに育っていく環境を作られている和田ご夫妻のお話は、人新世と呼ばれ、社会形態が激変しようとする中で訪れたこのコロナ禍にあるわたしたちが生き方や生活を見直そうとする際に、大事な生活の根を示してくれる真にクリエイティブなヴィジョンです。


スクリーンショット 2020-11-05 10.51.16

スクリーンショット 2020-11-05 10.52.06

スクリーンショット 2020-11-05 11.07.04

[わたしたち家族が参加していたころの市間寮での体験合宿の様子]


− 始めにご家族について話してもらえますか?これはインタビューするみなさんに聞いているのですが、親から子への初めての贈り物である『名前』はどのようにつけられましたか?

麻美さん(以下A)「二人の娘と二人の息子です。長女は11歳で『香穂』カホと言います。長男は8歳で『篤宏』アツヒロ、次男は7歳で『理宏』トシヒロで、次女は4歳で『千穂』チホと言います。」

正宏さん(以下M) 「周りからは、早く名前を決めたらと言われたりしましたが、生まれて顔を見れば浮かぶだろうと思っていました。どの子も初めて抱いた時に浮かんだイメージから名づけました。長女は稲刈りの時に生まれたこともあるのですが、生まれて初めて抱いた時に「カ行」が合うなと思いカ行から漢字を選びました。長男を抱いた時に「ア行」だと思い『篤宏』と名付けました。『篤』と言う漢字の構成も好きでした。お胎にいた時に、香穂が赤ちゃんとは言えなくて「あ〜ちゃん」と呼びかけていたこともあります。「宏」は、僕も含めて父も弟も宏がつきます。宏にこだわらないのも良いとも思いましたが、僕の母が「男の子は宏をつけるのでしょう」と言う話もあり、つけることにしました。次男は音では、「タ行」が浮かびました。『理』は曽祖父の和田八重造が自然科学の言葉をつくり理科教育の先駆者祖であったのでそれにちなんでつけました。八重造は、自由学園の「生活を大事にする」という礎も築いた人でもあります。次女の『千穂』も抱いた時の音のイメージから名付けています。」

− お子さんを抱いた時に実感された感覚を大切にして名付けられているのですね。

M「野口整体の師である竹居先生からは、「単に感じるのではなくこれは『実感』なんです」と言うことをならいました。考えるより先に感覚を大事にする。いくら頭で理屈を整えて微に入り細に入り整えて自分でやっても最高の答えにはなりません。所詮自分の頭の中のことだけだからです。一番良いところに至ったとしても8〜9割で、最高のところ、10割を超えることはできません。最高のところは意識下がさせてくれる『実』なのです。先日も市間の山の合宿でミュージシャンの和田啓さんと松本泰子さん夫妻を招いて過ごしたのですが、雨だしどうしようかな〜、と思いましたが、なんとかなる、そこでできることをしようと思いました。そして日の出の時間にバリの音楽を神社の前で行うということで神社に向かいました。到着してまず竹の楽器などを鳴らし、それからケチャが始まった途端、稜線から太陽が上って神社も歌っている人たちも真っ赤になっていったのです。計算してできることではありません。準備をしなくとも自然にまとまっていく。その調度よくおさまるところに喜びを感じることができるのかが大事です。はじめからまとまるための準備をするのではなく、そこで出来上がったものをすることで、予想できないところに至っていくことを実感する出来事でした。

自分の思いや作りたいことにこだわると、自分の表現が第一で、思いの外の世界から来るものをそのまま受けられなくなってしまいます。

− 自分探しを自分の内にあることと思い自分の内を探すと見つからない。外からの色々なものを受け止めて開いていく中で、生まれてくるものですよね。世界各国の多くの若手アーティストが育つプロセスを共にしてきましたが、自身を開いて様々な出会いを生み出していける人が、伸びていくと実感しています。

M「生活は“実感”できる時間で作られています。しかし今の社会は、日々の生活で実感することが少なく、効率、ローコスト、省力化など大人の概念でつくられています。そこに価値を置いているので、子どもは関係性を学びにくい。物事の過程で関係性を学ぶことが大切なのですが、今の子どもたちは答えから入っていくので、学びの場を失っています。

− とくにその中で優等生で過ごしてきた人は、そこから外れた人を見たことがないので、一旦外れてしまうととても苦しくなってしまいますね。子どもの頃に色々な生き方をしている大人に会うことは、大事ですね。

− コロナ禍でも緊急事態宣言の時は、どのように過ごされましたか?

M「子どもが行く場がないので、はじめ塾に子どもが来てしまい、このままではお年寄りの多いご近所に迷惑がかかりますし、思い切って市間の山の家で小学校三年生から大学生までの希望者で暮らすことにしました。参加者は基本的に固定のメンバーで、好きな時に家に戻って良いが、一度自宅に戻ったら市間には戻れないというのがルールでした。メチャクチャ面白かったです。」

− 戻らないことで、外からのコロナの感染の可能性を防いだのですね。

M「子育ては止まりません。育っていかれる環境を担保する、育つ場を持ち続けるのが大切です。だからこのような場を作ることをせざるをえないと思いました。通常行なっている合宿とは違って特別なプログラムは無く、“山で生活している”ことが日々でした。だから近所の人が畑を手伝って欲しいと言われれば手伝う。そうするとお礼に鹿の肉をもらったり、セットしたものがなくただ生活しているので、どんどん繋がっていきました。目的をセットしないと完全なオープンです。クローズドでなくオープンならば繋がっていくのだと子どもたちと共に実感しました。食事もメニューを決めていなかったので、作りたい子が作っていました。はじめは作りたい子が自分が食べたいものを作れるので得だと思っていたようでした。しかし日にちが経つとそれが「みんなが食べたいものを作る。みんなで食べたいものを作る。」に変わっていきました。とても良い体験でした。」

− 一つの目的に向かうのではなく、ただ生活するということで、そしてその中で全方向にオープンであることで、様々なものにつながっていくことを体験できたのはすごい経験ですね。緊急事態宣言で「分断されている」と感じている人が多くいるなかで、それとは全く異なる“全方向のつながり”の時間となったのは、素晴らしいですね。


和田まさひろあさみ 04


− 寄宿生との生活を含めて多くの子どもたちの成長に関わられていますが、お二人のお子さんの育て方について聞かせてもらえますか。

M「4歳の次女の方は、すぐに保育には預けずギリギリまで自分たちと一緒にいることにしています。このようにめんどうみて育てられることは贅沢だと思っています。上の3人の子どもたちもみなそうしました。二年保育には来年から行かせるつもりです。それは小学校に行くのにちゃんと同年齢のこどもとの関係をつくれるようにと思うからです。」

A「そうでないと末っ子なので兄弟や寄宿生もみんな彼女にとって保護者なので。ぎゃーといえば誰かがなんとかしてくれます。自分で自分の世界をつくりはじめていくファーストステップを踏んでいく機会が大事だと思っています。」

− ご夫婦の役割分担というか連携はどのようにしていますか?

M「妻は、どうあっても子どもが安心できる存在です。」

A「正宏さんは、ひっぱっていく役目です。」

M「僕は、思いついたらどっかに行ってたり、好き勝手に動いています。それも妻の安心できる存在があるからです。できるだけ子どもたちの可能性と世界を広げてあげようと思っています。長女は、長男が強くなる前にできるだけ色々な世界を広げておきたいと思い、3歳の時にママを置いて、塾の子と旅をしました。幼くてもママを置いてでも出かけられるのは、ママと言うどっかりとした安心があるからこそできるのだと思います。」

A「長女にとっては、パパはいつも後ろにいてくれて自分の味方になってくれる存在です。下の弟妹が次々と生まれると私の気持ちは赤ちゃんに向かいがちでそれに長女は気づいていますが、そんな時に私にはパパと言う強い味方がいてくれると思えることは、とても大きなことです。男の子二人は、パパはすごいと思っているので、パパと一緒ならなんでもOKです。たとえその場にパパがいなくとも、生活の場にパパが居るという、言葉で言えない存在感と安心感を持っています。4人それぞれ、自分の味方はパパだと思っています。」

M「男の子二人にとっても、ママの存在が安心となっていますし、両親どちらにも安心感を持っています。」

− 両親の存在感とどっかりとした安心感を子どもたちが持って生活できるとは、生きる根っこをどっしりと持って育っていけますね。

− 子育てで難しいと感じられていることはありますか?

M「親子で一番難しいことは、こちらが投げかけていることと子どもが受け取るものが違うということです。たとえば次女は、ママにダメと言われたことは、パパに甘い声で話せばなんとかなるとどこかで学習しています。僕はそのようなことを学ばせないようにしてきたつもりでしたが、4人それぞれに同様なことが見受けられるのです。親は他人より我子のことをよく知っていると思っていますが、親の目がいかないところ、わからないところがあります。親も好きなように情報処理してしまって捨ててるところがあるので見えない子の姿があるのです。よくわかっていると思っているから、わかっていないことに気付かないのです。知ってることは多いけど、知らないところがあるのです。教育相談を受ける中で「子どものことが良くわからないのよ!」といったそばから、「あの子は、こうなのよ」と矢継ぎ早に話し始める方がいます。僕たちは仕事上、様々な年齢の子の育ちを見ているので、親がわかっていないところがあるという距離感を我子との間でも持てます。しかし親がそのように気づくことは、なかなか難しいことだと感じています。」

− どんなことにもわかっていないところがある。それは親子の間にもわかっていない、見えていないことがあると認識していることが、大事なのですね。なかなかその距離感を保つことは、親子だからこそ難しいと思いますが。

− 寄宿生と一緒の家族の生活で難しいと思うことは何かありますか?

A「生活の中で、寄宿生も家族もゴチャッといるので、家族だけの時間がありません。そのことが、子どもたちにとってどうなのかと思う時もあります。特に区別する必要はないと思っていますが・・・子どもたちも寮で生活している人たちの年齢に近づいています。ふとした瞬間、家族のしばりについて思うことがあります。」

M「妻の実家の丹波に家族と行く時は、普段親子だけの状況が少ないので、とても大切にしています。僕も生まれてからずっと寄宿生と一緒に生活してきたのですが、自と他を分けてとらえる年齢、思春期になった時、友人の家で目にしたもの、親子でご飯を食べる時の様子などあまりに違うので驚きました。自分にとっての親子の関係との違いに、今まであった常識が崩れたことがあります。そして崩れたものを再構築しました。でもそれもラッキーなことと捉えています。大学生になって一人暮らしをしたりする中で認識する周りとの差異を、思春期の入り口できちんと捉えることができたからです。」

− 小さい子から大人までの異年齢で生活することを市間の山の中の“子どもと生活文化協会”による生活体験合宿に、私たちも家族で参加しました。その体験でとても大きかったことは、生活の中で人とのタイミング、間合いというものを自然に学んでいくことです。少子化で核家族化が進む状況では、異なる人との様子や間合いを知る機会は少なくなっています。しかし急速に変化する社会では、新しい領域を開くために異業種が協働することが求められています。協働するには、単なる言葉のコミュニケーションだけではなく、他人の気持ちを読む、それも自然な間合いを持てることが、大事になっています。

M「塾には色々なゲストに来てもらっているのですが、話をしてもらった後に、一緒に食事をしてもらうようにしています。食事をしていると自然に話が進みます。多くの子どもたちは、大人に対して一歩退いて構え、自分を守ろうとしてシャッターを降ろしていたりします。自分の小窓から覗くようでもあります。それは距離感がわからないからです。はじめ塾の子どもたちは、大人に対してこわごわ接したりしません。それは大人との出会いの機会を多く持つことで、自然に大人に対して安心できる実感を持つようになるからです。」

− 食事を一緒に取っていくことは、自然な間合いが生まれる流れを作ったりしますね。小さい時から色々な人と出会うことで、色々な関係や間合いを自然につかんでいくことは、一つの財産ですね。

目的でなく、全方向に開く生活の中で様々なことにつながり、自然に実感する体験は、予測不可能な時代だからこそ、子どもたちが未来を開く宝ですね。頭で色々考えるだけでなく、開いた感覚を大事にし、色々なことをそのまま受け入れることで、予想もしなかった最高なことが生まれていくことを実感していく。人は知らないことがたくさんあり、親子の間でも知らないことがある。そして何よりも両親がどうあっても子どもが安心できる存在であることが、子育ての大事な根っことなるのですね。


和田まさひろあさみ 05


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

"連載『クリエイティブ・ペアレントへのインタビュー』シリーズ"

子どもがクリエイティブに生きるには、

クリエイティブな生き様に触れることが一番です。

しかし、これは子育てだけでなく、

わたしたち、親やすべての世代のひとに言えることです。

クリエイティブな生き様にふれることで、

こんな道、こんな生き方があるんだ

と励まされたり、確信をつよめてさらに自分の道を歩いていけます。

このnoteでは週末を中心に、いろいろなクリエイティブ・ペアレントの方のインタビューを連載しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?