譲れないもの

「やっぱり味噌汁は必須よね。」

ファミレスで”モーニング”を食べながら姉に言った。

いつもは和定食なんだけど、
今日はサラダにお味噌汁をつけるだけにしておいた。
暑すぎるせいかいつもの食欲がない。


私たち姉妹は、休日の朝決まって”モーニング”に出かける。
最近はファミレス。

以前は、近所のビジネスホテルのビッフェだった。
660円という驚愕の金額なのに、お味噌汁がはんぱなく美味しくて
「これだけで660円の価値がある。」というのが私の毎度のセリフだった。


そんな素敵なホテルビッフェに異変が起きて、
私たち姉妹は近所のファミレスに場所を変えている。

毎週土日、どちらかは必ず(下手したら両日)行くもんだから、
当然フロントのレディースとも顔馴染みだった。

彼女たちは、キッチン担当とフロント担当でお互いを助け合いながら、
チェックアウトのお客さんとキッチンを上手に回していた。

「新しいパンが入ってきて、それがすごく美味しいんですよ〜。食べてみて。」とか、
「今日は団体さんが出たところだから、ご飯ちょっとだけ待ってくださいね。すぐ炊けるから。」とか、
いろんな情報をフロントで教えてくれた。

馴染みになる前から愛想の良い素敵な方だったので、
私たち姉妹は彼女のことを
勝手に「パートリーダー」と呼んでいた。

ゴルフ場が近くにあるので、前泊する男性が多いらしく、
「今日はみなさん、ゴルフ!だから。」と、
笑顔で素振りの真似をしながら教えてくれたり。

流石の接客。パートリーダー。

私たちはいつも感心していた。


そんな素敵なパートリーダーが突然いなくなった。

パートリーダーがいなくなった途端、
他のフロントレディースもいなくなった。

そして、突然現れたハゲたおじさんがキッチンを一人で回していた。
フロントには偉そうな女の人がいた。

キッチンはてんやわんや。

私にとって肝心要のサラダが空になっていたり、
姉のわんぱくプレートに欠かせないウィンナーやベーコンがなかったり、
ご飯が空っぽのまま放置されていたり、
と、
トラブル続出だった。

ハゲたおじさんは、一つ一つの動作も荒く、
バンバン音を立てながら、あっち行ったり、こっち行ったり。

明らかにテンパった様子で、フロアと厨房を行ったり来たり。

「コップがないからください。」と言ったらキレ気味に対応された。

まぁしょうがないよね。慣れてないんだろう。男の人だし。

ワンオペは大変よね。
と、やさしい目で見守った。

1週間後、
ワンオペキッチンに慣れてきたのか、おじさんの荒い動作がましになっていた。

フロントには以前からバイトかと思っていた若い男の子が立っていた。
二人体制になった様子。


そんなある日、
姉の皿のサラダから髪の毛が出てきた。

「ハゲてるから抜けやすいんだね。毛根が弱いんだろうね。」
と、姉。
なんでそんな発想になるんだろうと大笑いする私。

「抜けがち。」
と、また笑かせにくる。


ことを荒立てずに、静かにお皿を返した。
(ひどいことを言ってはいるが)


だけど、すぐに2回目の抜け毛にでくわした。

「ストレスでさらに毛根弱くなってるね。」
「うん。ストレスが一番くるからね。抜けがち。」

と、また静かにお皿を戻した。

とはいえ、流石に3回目はないなと思い、
帽子を被るかなにかして欲しいと本部に丁重にお願いをした。


結果、
抜け毛対策はなにもされないままに一ヶ月が過ぎた頃、
事件は起きた。

その日はフロントにおじさんが立っていて、
私たちは支払いを済ませ食堂に入った。

サラダから順に取っていき、ご飯に辿り着いたが釜の中にご飯がない。

ちょうど、焼き鯖の補充で男の子が出てきた。

「ご飯が空なのでください。」とお願いしたところ、
「ちょっと待ってください。」
と、厨房へ。

戻ってきて、
「まだ炊けてないからあと30分くらいかかります。」と言った。

は?
だったらフロントで言ってくれよ。
そう思った。

なんだか言い方がいやだった。

待つのが当たり前かのように、
全然こっちのミスじゃないっす、的な。

「じゃあ他行こうよ。」と私。

じゃあ出ます。と、
お皿を置いてファミレスに行くことにした。

フロントいるおじさんに、
抜け毛の対処してもらえないの?というクレームも入れた。


お味噌汁と明太子の力は大きくて、
今まで諸々あったけれど、
いつも機嫌よくホテルを後にしていたのに、こんな気分ははじめてだ。


実は、
「なんとなく、今日はジョイフルにする?って言おうと思ったんだよね〜。」
「マジで?私も。」

そう言いながら、私たちはビッフェでサラダを取っていた。

そしてお互い
「まぁいっかぁって思って言わなかったんだよね〜。」と。


車でファミレスまで移動しながら、
「なんとなくって大切にしなきゃだね〜。」
「ね〜。」

「ふと思ったことって言った方がいいね〜。」
「そうね〜。」

「ま、いっか。って思っちゃったもんね〜。」
「ね〜。」

と、お互いに「まいっか。」をやめようと誓い合った。


その後はファミレスに場所を変えてモーニングを楽しんでいるのだが、
いかんせん、味噌汁はビジネスホテルのアレには敵わない。


とはいえ、
ファミレスだとなぜか長くなる。
8時のオープンと同時に入って、10時を過ぎたことも合った。


ドリンクバーがあるからだろうか。
それならビジネスホテルも同じだ。

答えは、「居心地の良さ」だろうということになった。

なんだかんだで、あのファミレスのソファーは心地いいのではないだろうか。

広いテーブルを前に、
広いソファーにでーんと座って、
なんだかすごくリラックスしている気がする。

「ビジネスホテルは会議室みたいな机と椅子だったもんね。」
「この椅子に慣れると、もう会議室には戻れないね〜。」

そう結論づいた。

「でもね。」
ソファーにふんぞりかえったまま姉が言った。
「ここには明太子がないのよ。」

舌打ちが聞こえた。



最近では遠出をして、ちゃんとしたホテルの朝食に行ったりするようになった。

そもそも、ビジネスホテルの朝食は宿泊客は無料のもの。
有料の朝食を提供しているホテルをいくつか巡った。

3倍くらいの金額なので、当然全てが高級になる。

特にポイントが高いのは、サラダのお野菜の種類と果物。
レタスにトマトにオクラにパプリカに、、、
日によっては、コリンキーもあったりする。

果物はスイカが食べ放題。
この時期には最高。

そして、焼き鯖の身が3倍くらい厚い。
お値段3倍だからだろうか。

ホテルによって様々だが、他にもいろんな種類のおかずがある。

揚げ物、蒸し物、焼き物

郷土料理があったり、
カレーがあったり。

ご飯も、
白米、雑穀米、と最低2種類。


すばらしい。


ただ、高ければいいのか、というとそうではなく、
一昨日は5倍の高級モーニングだったが、二度と来ることはないだろうと意見が一致した。

デザートもケーキやソフトクリームがあったり、
全てにおいて種類が豊富。

焼き魚は、焼き鯖だけではなく、
鮭まであって、モーリング初。
イワシの丸干しまであった。

ご飯は白米、十穀米、さらにおかゆまで。

そして、いろんな丼物ができるように、
しらすやお魚、薬味もたくさん用意されていた。

もちろんカレーもある。

揚げ物、蒸し物、
郷土料理も取り揃えられていた。


でも、

「明太子、ないね。」
「ないね。」

「味噌汁なのに汁がすくえないね。」
「汁なのにね。」

「南蛮酢、甘過ぎだね。」
「酢がきかないね。」

などと、文句もチラホラ。

お腹はいっぱいになったので、
1時間くらいでホテルを出た。


「あのデザートならいらないね。」
「いらないね。」

「食べるものあんまりなかったね。」
「なかったね。」

車の中で評論家二人のジャッジが始まる。

「何故だろう。お腹いっぱいなのになんかしっくりしいないのは。」

「不本意、というやつだね。」

「なるほど。」


そしていつもの言葉が出てくる。


「味噌汁と明太子はビジネスホテルの勝ちだね。」

「だね。」


そう言った翌日に、
私はファミレスのモーニングでサラダと味噌汁を食べていて、
姉もブレッドサラダなるものを食べていた。


「味噌汁はやっぱりビジネスホテルの勝ちだね。」
「うん。あれに勝るものはないね。」
と言いながら。




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