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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第150回 第116章 朝の早よから車で来客

 フランケン(Franken)医師がそろそろ某研究所で極秘研究の副産物として精製された若草色の夜光塗料を塗った大型車でやってくるはずだった。DNAのぶち込みに成功して粘菌の性質の一部を獲得させた生体塗料であるため、塗装後数週間で塗面が次第に波打って隆起し、あちこちにツタのような脈が浮き上がってくるのである。覆面検問中の警官の律儀な職業的敵愾心を否が応でもかき立てざるを得ない目立つ特徴である。闇の中、車だけがくっきりと光って疾風の亡霊のように移動して行くのであるから。ただし、覆面警官と言っても、字義通りに覆面をしている場面は見かけたことがない。
「本官は黄覆面であります」
 今日もあの9歳の娘さんを連れてくるだろうか。一番下の息子さんはまだ小さくて長距離ドライブは無理なようだ。2月の支笏湖、6月の札幌、7月の大沼・駒ヶ岳、9月の網走、すべての季節の美瑛、すすきの、ラーメン、ビール、ジンギスカンと小学生たちの登下校時の笑顔でのおしゃべりが大好きになって北海道に居着いた背の高いオランダ人の奥さんとのハーフ(あるいはダブル)で大層利発な子である。この子自身、同じ年齢の日本人より7cmは背が高いだろう。パリコレのモデルみたいに脚の長いこと、いたずらの度合いと頻度の過ぎること。国際結婚でよくあるように、名前が2つの言語、具体的には、聖書ヘブライ語と日本語の両方でつけられている。日本名は小春(Koharu)である。ヘブライ語の方は発音が難しくて、私にはうまく言えない。息を吸い込みながら発音しているようなオランダ語の単語も外国人には苦手なものが多いようである。
 朝早いのでこの子はまだきっと助手席で眠ったままだろう。まさか、いたずらを企んで狸寝入りをしているわけではないだろう。いや、どうか分からないな。何度も「前科」があるからな。この子はすでに立派な俳優であり、起きていても眠っていてもつくづく可愛い子である。
「わしゃあ、小春は誰にもやらんけんのお」
 今回はボクは自分の車は使わず、このフランケンの車に同乗させてもらうことになっている。
 われわれの行き先はヒ・ミ・ツ! いや、そういうわけにもいかないだろう。あなただけに、そっと打ち明けよう。札幌市内のジェット機が最近ようやく定期就航した小型空港に近い自宅から、日本海沿岸を北上して行くのだ。
「どこに行くのさ?」
「遠いとこだよ」
 来週、主翼の上にエンジンを取り付けた奇抜なデザインの新鋭機がシアトル、アンカレッジ経由でやってくる予定になっている。何千回、何万回風洞実験を繰り返したのか知らないが、あの形状と構造を導き出した努力は称賛されるべきものである。相当多数の航空オタクが集まるだろう。栄町駅は混雑するだろう。

第117章 増毛のあの子はどうなった https://note.com/kayatan555/n/nee3c7af450e4 に続く。(全175章まであります)。

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