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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第181回 第147章 再び旭ヶ丘へ Nochmal nach Asahigaoka; À nouveau à Asahigaoka; Till Asahigaoka igen; 再次前往旭丘

 市内の北東部に位置している空港近くの私の寺の実家から引っ越してきた、鬼門の正反対の南西方向にある旭ヶ丘の新居は、崖に近い傾斜地の上にある。近くの豪邸に住んでいた旧知の産婦人科医は、高校生の時の決意通り、高校卒業のちょうど50年後の68歳で廃業してフェニックス近郊に終の棲家を見つけ、向こうで元ソ連空軍パイロットの教官に習って免許を取った軽飛行機の操縦とゴルフ三昧の生活をしている。この砂漠の大都市圏は人気で、急拡大の途上にある。アメリカ社会のダイナミズムには瞠目すべきものがある。偏西風に逆らってロサンゼルスに出かけたときには、レストランで某有名人を見かけた。左ハンドルでのドライブにも慣れて、007を気取って英国製スポーツカーでフリーウェーを疾駆して、ノルウェー人の奥さんと夫婦揃ってクリニックをしている次男の広い自宅にたびたび襲撃をかけては、「孫はワシのもんだもんね」と宣言して迷惑がられている。
 数年前の真冬に大学の同期同門会があり、一時帰国して温泉で吹雪の露天風呂に入っている最中に心不全になりかけて、医学部で同期だった心臓外科医の執刀で命を救われた。その時に麻酔中に入れられてしまったペースメーカーの電池交換の時期が迫ってきていて、最近機嫌が悪い。医師を辞めてからようやく患者の弱い立場が少し分かりかけているようである。遅いんだっつうの。
 坂の邸宅跡地は2区画に分けて売りに出され、両方とも即日買い手がついた。桐の大木のあった方の敷地には小洒落たフレンチのレストランができ、パリのモンマルトルの丘ではなくアルザスのある小都市の名前が付けられている。そのせいか、エントランスの両脇には青白赤の三色旗と黒赤金の別の三色の国旗が飾られている。間を通る客の流れがライン川という見立てのようである。フランス語のAlsace-Lorraine(アルザス=ロレーヌ)はドイツ語ではElsass-Lothringen(エルザス=ロートリンゲン)である。この地名、何だか変に見えるなと思って確認したら、やっぱりこのエルザスのssは、ほんの四半世紀前まではエスツェットを使って書いていたのだ。店内で、お見合い話でも首尾良くまとまった後なのだろうか、庭に植えられているブドウの前で華やかな笑顔と笑顔がお辞儀をし合って、ひたいとひたいがごっつんこ。あははははははは。レマゲン鉄橋で指切りげんまんでござる。
 その縦窓からは、時々コルクが発射されている。オジロワシが空中でキャッチして、そのまま飛び去ることもある(刑法第254条 占有離脱物横領罪)。表面の傷んだコルクが1個勢いを失って高空から近くの旭山公園に落下してきて、鑑定の結果、ボクらがレースに参加した年に室蘭西港での優勝祝いに打ち上げられたものと判明した。10年以上も宇宙空間を回っていたのだ。ある意味、空からのタイムカプセルと言って差し支えなかった。もう1個の方はハレー彗星に遭遇できただろうか。運悪く、「あーれー」と叫びながら逸れてしまっていたかも知れない。

第148章 煙の呪いで身を固めた叔父さん https://note.com/kayatan555/n/n2e5a2bb87944 に続く。(全175章まであります)。

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