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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第24回 第21章 クラブ主催の合コン

 都内・首都圏の大学カメラ部同士の情報交換や相互協力を目的に謳った交流会が年に何度か催されていたのだ。だが、その実態は表向きのきれいごとの活動と、水面下の仁義なき男女その他の交際策動の二重構造となっていった。だってみんな若かったんだもん。集まった学生たちは紳士的で鷹揚な笑顔の裏で、いかに他の競争者たちを出し抜こうかと、水遁の術を使う忍者よろしく水の中に身を潜めて蠢いており、その息継ぎのための竹が何本も水面をゆっくりと移動していた。時々その竹の上ににわか雨が降ってくるのだった。げほっ。カミツキガメでもいたら、命に関わるところだった。どうしても噛みたいのならケツ(まあお下品)の方に留めておいてくれ。
 東京は全国最大の広場であり、ここに来なければその東京出身者をも含む各地方からやってきた人間同士はまず知り合うことができない。ミニバズーカ砲のような高価なレンズを首から3つもぶら下げて、親の経済力と自らの頸の強さをアッピールしているらしき学生もいた(首長竜)。この手の学生に限って、近くに座っている女の子に気を取られて、そそっかしくビールをレンズにかけてしまったりする。怪我の功名で窯変写真が撮れるようになるかも知れない。
「これは北斗七星に見えますね。でも蛇足で8個目の星があるのは惜しい」
(じゃあ、星を1個打ち上げて追加して、星座の方を北斗八星に補正してみますか。形が整うまでに何万光年かかりますかね。それまでに他の7つがばらばらに移動したり消滅したりして、星座が崩れてしまってますかね。地球から見て一直線に並んだら、北斗一星とか北斗単星と呼ばれるようになるんでしょうね。宇宙空間で立体ビリヤード、スタート)。
 主催者側として、うちのクラブの部長が司会役を務めた。この学生の話の9割以上が無駄話である。が、それも「語学力」の一部なのかも知れない。この箇所は相当長〜いのでご覚悟を。
「こんばんは。黒澤外語大3年の猪野田です。黒外(Kurogai)のいーのだ、と覚えてください。と言っても、バカボンのパパじゃないので、鼻毛は伸びていなーいのだ。うちの部はカメラ部といいます。れっきとした写真部があるのに、その内部での主導権争いに負けて別のクラブを作ったという訳ではありません。子どものころ見たガメラの映画が好きだったので、大学に入ってガメラ部ってありませんかって聞いて回っていたら、なくて、そんだらカメラ部さこしらえればよかっぺって県人会の寮のおばさんにそそのかされまして。アホみたいでしょうが本当です。
 一攫千金狙って、お笑い芸人目指してます。そして超美人と結婚するのが夢です。桁の多い通帳を印籠みたいに見せてみたいですね。お笑いと言えば、スーパーに外国人が入ってきて、不自由な日本語で、けだものどこですかって聞くのは富澤さんの方でしたっけ。果物を獣と言い間違える、というネタですが、私感心して聞いていたんですよ。天才だ、この2人って。いつ良いネタを思い付くか分からないので、私、ネタ帳、いつも持ち歩いてます。もう2回も落としたんですけど。どこに行ったのかなあ、すごくいいアイディア書き込んでいたのに、悔しいです。
 ご挨拶はなるべく手短に終えてから皆さんで乾杯しましょう。もうビールが来ていますか? 韓国旅行のガイドブックの用語集に、メクチュ・ジュセヨ、って書いてありました。私にとっては、あのことばで一番大事な表現ですね。意味は、ビールください、です。ひい、ふう、みい、よう、いつ。ああそうだ、自己紹介を始めた途端に余談ですが、と言って私の話はほとんど余談だけなんですが(不要不急の私です)、ABCDの発音って言葉によって違ってますよね。英語だったら、エイ、ビー、スィー、ディー。シーと言わないところが外国語の大学でしょう。矢沢永吉だって日本語でもラジオじゃなくてレイディオウって書いてくれれば英語でも困らないってどこかで言っていなかったですか。ああ、どうもありがとうございます、教えていただいて。『成りあがり』でしたか。レイディオウじゃなくてレイディオですか。違う本だったような気もしますが、たぶん実家に置いてあるので帰省したら調べてみます。そのエイ、ビー、スィー、ディーが、ドイツ語だとアー、べー、ツェー、デー、フランス語だとアー、べー、セー、デーでしたね。ところが、昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに行き、お婆さんはその隙に、はばかりに、あっ、話を間違えました。女性たちに不義理の限りを尽くしていた男がいました。その男は、復讐を恐れる余り、ABCDを「あ べ さ だ」って読んでしまったんだそうですよ。ああ、口が止まらない。一気にお下品な話になってしまいました。話を戻します。
 私の名前ですが、イノシシ、田んぼ、の猪田さんはたまにいますが、ボクのは中に野原の野が入っています。風が吹き渡る草原のイメージ、この私の容貌のように爽やかでいいでしょう。あははっ、あははははっ。失礼いたしました。一瞬田舎を思い出して、東京でプラズマのように抑圧されている魂をうっかり解放してしまいました。ああいった場所、英語ではmeadowって言いますね。美しい風景を脳裏に喚起させる単語です。ミードウじゃなくて、メドウと読みますね。英語の単語って、同じ文字列でも発音が同じとは限らないので、特に中学生は勉強するのが大変ですね。いのだは、いやだ、なんて言わないで下さいね。こういう語呂合わせで、皆さん偏差値の高い大学に入れたんじゃないですか?(「いいえ、あなたとは違うんです」)。実家は海無県の造り酒屋です。渋いでしょう。創業は1688年、「長い18世紀」の始まった年で、ちょうどマウンダー極小期のころでした。純日本風の酒蔵が良かったのか、最近外国人がたくさんやってくるようになって、この5年で売り上げが8割もアップしました。輸出も好調です。跡取りは長女がやってくれることになっているので、ボクは木の枝にぶら下がっているツタと在来線と新幹線を乗り継いで東京に出てきました。おねえたまーん、あんがと。早く婿取ってね。いや、来ないか、あの怖さじゃ。あ、失礼いたしました。家族の内輪話をしてはいけませんね。
 日本の新幹線って世界最大の地下鉄網ですね。トンネルの断面積を狭く留めることができたので、総工事費の抑制ができたんです。フランスやドイツの高速鉄道のように、先頭車、最後車だけが機関車になっていて、間に挟んだ客車を引っ張るんじゃなくて、客車自体にモーターを付けているのも技術的な優位です。
 では、今日は新年度のまだ2回目ですので、お近づきの印としてゲームを2つしませんか。最初は替え歌の本歌を当てるゲームです。2曲出題します。歌ってしまうとメロディーで分かってしまいますから、いや、私が音痴だったら分からないかも知れませんが、ただ歌詞を読み上げるだけにしますね。正解者には粗品を提供します。
 1曲目。女性歌手の歌った古い曲です。まだまだ大学進学率の低かった時代の歌なので、これを聴かされるだけでそのような恵まれた学生生活を謳歌することのできた学生、特に地方から上京した学生に対してルサンチマンを覚えざるを得ない人たちも少なくなかったようです。さて、その歌詞の言い換えはこういったものです。
『トードの顔が、(中略)隔世遺伝』
 はいっ、正解です。よくお判りになりましたね。失礼ですが、お爺さんかお婆さんと同居していらしたんですか。
 次は、ドラマのテーマ曲でした。
『コブラツイスト決めたら、あのレフリー飛んできて、(中略)、ズルい外人レスラー、凶器を隠し持っている』
 あ、そちらの方、よくお判りで、おめでとうございます。今日は講義の後、筑波エキスプレスでいらしたんですか、それとも充電バイクでとろとろと。日本中、筑波のようにすっきりとした街並みで、緑も多い環境にできないでしょうか。あの秋葉原の駅、ずいぶん深いですよね。筑波市にはうちの叔父さんの会社の主要工場と研究所があります。上京してきて23歳で自分の発明で特許を取ったんですよ。一代で、どの国でも不可欠なある基幹分野で世界シェア45%のナンバーワン企業に育て上げまして、はい。たいていのスマホに入っている部品も製造しています。親戚を褒めるのはちょっとあれかも知れませんが、研究学園都市構想が発表される前に、都内の手狭になっていた創業時の本社・工場から、将来の世界展開まで考えて谷田部に土地を買って工場建設を始めていたのですから、優れた経営者だったと言えるでしょう。雇用も生み出しました。
 今の正解のおふたりには、それぞれこちらを差し上げます。

第22章 伝言ゲーム(前半) https://note.com/kayatan555/n/nbbf827476506 に続く。(全175章まであります)。

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