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『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第25回 第22章 伝言ゲーム (前半)

 では次に、2つ目のゲームである伝言ゲーム1問をお出しして、答えの発表をして、私はさっさと引っ込みます。それでいーのだ。
 親戚の中2の子から、学校祭のアジア料理研究会の企画で、体育館のステージで小学生選抜チームも含めた何チームかの対抗戦をやってみて大いにウケたと聞いたので、今日こちらでもお楽しみいただけるのではないか、と考えました。最初に出されたことばが、間に何人かを挟んでいるうちに、誰も予想もしていなかったであろう違うことばに変わってしまうことが多い意外性が売りです。調理師免許を持っているというので会の顧問にされていた保健体育の先生が両手両足のダンベルを上下させている前で、どんな伝言をしてみたいのか説明させられたんだそうです。この先生は理事長の甥で、大学時代ひどい成績だったのにコネで採用されたという噂でした。部員をランダムな順番に座らせて次々と隣に小声で伝えるプレゼンをしてみたところ、前の週と前日の計2回リハーサルをしておいた成果が現れて、この先生も最後まで聴いてくれて、いくつか修正させられただけで企画自体も出題する設問も基本的に全部OKになりました。両親がイベント会社を経営していて、子どものころから人心掌握術や組織作りをいろいろ仕込まれていた策士の部長の作戦がうまく行ったのでした。14歳の中学生ではなくて、まるで41歳のやり手の会社社長みたいな腕前でした。
 ただし、生徒のほとんどが知っている学園理事長の愛人のプライベートな情報をほのめかした文字列は、部員たちが危惧していた通り、『だ め に き ま っ て る だ ろ』と、即・却下されました。副部長が慌てて、後で自分で飲もうと思って鞄に入れておいた、その日の朝、地下鉄駅の近くでタダでもらった新製品発売キャンペーン中の缶コーヒーを渡して取りなしてその場を収めました。でも、ひょっとすると、そこまで部長の作戦だったのかも知れません。もしそうだったとしたら、顧問の先生だけでなく仲間までも手玉に取った大した技ですが、どんな大人になって行くのか先が思いやられもします。
 問題数は少し余裕を見て多めに用意しておく必要がありました。学校の掲示板、ネット上にもこのイベントを告知しておいて、予定通りに学校祭が始まりました。当日は晴天になり、学校の名称である七対一学園(ちーといつがくえん)にちなんだ数である7発の花火が、湿気ることもなく午前7時7分7秒に上がりました。
 観客が折りたたみ式椅子に座って待つ中、ゲームが予定時刻ぴったりに始まりました。部長はなんとタキシードを着て舞台の袖から出てきました。将来、クイズ会社でも作って社長になるつもりなんでしょうか。このゲームは学校祭の後のアンケート調査集計で全企画の中で一番の人気を集めていました。以下、会場の反応を見ながら出題した例題の中で、元の語句からかなり離れた回答例を紹介します。
 最近国語で習ったばかりの『樋口一葉』は『樋口一派』に(失礼ですね)、親戚の結婚式に呼ばれたんでしょうか『華燭の典』は『過食の貂』に(何か美味しい餌があったんでしょうね)、『柴犬』は『紫犬』に、『次は我が身』は『次はワカメ』に変わりました。(次はどこのワカメじゃ?)。フランス語で即興を意味する『スポンタネ』は『スッポンだね!』になりました。『食事後』は三国時代の『蜀魏呉』になりました。解答者は諸葛孔明のファンだったんでしょうか。
 中国繋がりですが、『臥薪嘗胆』が『ガチョーン、皮蛋(ピータン)』になったのはご愛敬としても、誰も予想できなかった答が飛び出したのが次の1問でした。片方の親が中国からの移民の部員が提案した、文革の時の『造反有理』という、中学生はまず知らないことばでした。これを元の表現にしてスタートしたところ、1つのチームの最後のボードには『ゾウさん有利』って書いてあったんだそうですよ。思わず応援したくなりますが、幼稚園かどこかのお遊戯で、カバさんとかキリンさんとかライオンさんとかと一緒に何か競走をしたんでしょうか。ゾウさん、がんば。パオ〜ン、ぱお〜ん。
 続いて、『断捨離』でスタートした回は、どこでどう聞き違えたのか、『銀シャリ』に変わってしまい、『纏足』は『天職』『短足』『豚足』という3つの答えに分かれました。銀シャリだなんて、滅多に聞かない言い方ですよね、それとも解答者はお腹が空いていたのでしょうか。他の教室から、バザーのスープカリーやパンケーキやクレープの香りが漂ってきていたからかも知れません。私立名門校の学園祭っていいですね。ちょっぴり権威も感じさせるリゾート施設並みに立派な校舎が、明るくて楽天的で安心感のある弛緩した空気に満ちています。樹齢100年は軽く超えているらしい大木も敷地内に何本も生えていてお寺みたいです。今日は勉強も赤点も模試もなしです。校長先生はあごひげがはみ出してバレているのに、イタリアのプルチネッラの黒いマスクをして廊下を歩いて行きました。纏足の方は、メンバーがもうひとりいたら、『豚足』からさらに『豚骨』になっていたかも知れませんよね。私も食欲を刺激されます。今日のシメはラーメンにしようかなあ。
 さらに、『マシュ・ケ・ナダ』は『増毛だな』に変貌し、イベントの時間切れ間際に出した『老婆心』は『六馬身』になってしまいました。それほど先頭馬との間が離れていたら、勝てっこないですよねえ。日曜日になるとお父さんに連れられて双眼鏡を片手に競馬場に行っている中学生だったんでしょうか。馬と言えば、漱石はバケツを馬穴と書いてみせましたね。何という当て字でしょうか。私は岩波のあの全集の装丁が好きで、高校生の時に全巻無理して購入しました。試験の前の夜にある巻を再読し始めてしまって、そのせいで世界史の点数がうんと低くなって、遠戚でもあった先生に『いのだは世界史は勉強しないのか』って聞かれてしまいました。その次の回は満点近く取ったんですけどね。ああ、この口が止まらない、休まない。私もこんなに蛇足ばかり言っていると、とんだ馬脚を現してしまいそうです。

第22章 伝言ゲーム (後半)https://note.com/kayatan555/n/n5290bc5cc610に続く。(全175章まであります)。

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